お題「大きな船に乗る」「かみをきる(変換自由)」「なんだかめんどくさくなってきた」「はじめてきく歌」
大きな船に乗るのは、これが初めてのことだった。
ゆっくりと大きく揺れる船体。乗船してからずっと部屋に籠っていたわたしは、不快感を晴らしに甲板へ出る。
広がる青空、流れゆく水面、海水独特の香りに、吹き抜ける風。それらを全身で感じながら甲板を歩いていると、どこからかふと口笛の音が聞こえた。
はじめてきく歌だ。そう思いながら、ふらふらと釣られるように口笛の聞こえるほうへと歩みを進める。
やがて船頭が見える開けた場所へ出たわたし。そこにいたのは、とても綺麗な女性だった。
長いブロンドの髪を耳元で押え、物憂げな表情で海を見つめながら口笛を吹く彼女。その美しくもどこか儚げな姿に、わたしはなぜか言葉もなくして見惚れてしまった。
その横顔を見つめることしばらく。女性がわたしの存在に気づいたようで、ばつの悪そうな笑みを浮かべた。
「ごめんなさい。うるさかったかしら?」
「いえ。はじめてきく歌だな、と思って」
「ふふっ。これはね、私のおばあちゃんから教えてもらった歌なの」
「……綺麗な歌ですね」
「ありがとう。私も気に入っているのよ」
そう言って笑う女性。しかし、やはりその表情はどこか哀しげで。気がつくとわたしは女性の隣に並び立っていた。
手すりを握り、一緒に海を眺める。静寂の間に風を切る音だけが流れる。やがて口を開いたのは女性のほうだった。
「きみ、一人でここに?」
「はい」
「女の子が一人でなんて、凄いわね」
「……そういうあなたも、一人じゃないですか?」
「私は……そういうのじゃないわ」
わたしの返しに、女性は薄く微笑む。
この女性はわたしによく似ている気がする。あてもない旅をしているわたしに――。
だからだろう。なんとなく気になって。なんとなく放っておけなくて。わたしは思わず問いかけていた。
「あなたは、どこへ向かっているんですか?」
「さあ、どこへ行こうかしらね。……なんだかめんどくさくなってきたの。しがらみとか、そういうものが、ぜんぶ。……きみは?」
「わたしも……同じです」
あてもなく、ただただ逃げ出したくてこの船に乗った。行き先なんてない。あるはずもない。
この女性のことを放っておけないんじゃない。ただ、わたしが――よりどころを探していただけなのだ。
わたしは肩にかけていたポーチを探ると、小さなハサミを取り出した。
「それ……どうするの?」
「こうするんです」
びっくりしたように目を開く女性に、わたしは微笑んで自分の髪をきる。
けじめをつけるように。それまでのわたしと決別するように。後悔とか、そういうものが風に乗って流れていく。
「綺麗ね……」
「ありがとうございます。あの、わたしも、一緒について行っていいですか? そのあてもない旅に」
「……ええ、もちろん」
わたしの提案に一瞬だけ驚いた表情を見せるも、優しく微笑んで頷いてくれる女性。
こうして初めて、わたしは彼女の屈託のない笑みを見たのだった。




