お題「はなす(変換可)」「涙の音」「初めての」「壊した貯金箱」
「これ、やるよ」
なけなしのお小遣いと、壊した貯金箱のお金を全てつぎ込んで買ったヘアピン。可愛いピンク色の花の細工が施されたそれを、僕はぶっきらぼうに少女へ差し出した。
少女はきょとんとした顔で僕とヘアピンの間で視線を行き来させる。戸惑うのも無理もない。プレゼントなんて誕生日にだってあげたことがないのだ。
しばらく経ってようやく状況がのみ込めたのだろう。少女はうっすらと頬を染めて、僕の手からヘアピンを受け取った。綺麗な黒髪にヘアピンをつけた彼女は、ぎこちない笑顔を浮かべる。
「ありがとう。大切にするね」
「……それ、ずっと付けてろよ。いつか、絶対に見つけてやるから」
「うん……」
少女の声に紛れるように、涙の音がした。
オレンジ色に染まった公園。遠くから薄らと帰宅を急かすメロディが聞こえてくる。もうお別れの時間だ。
「ほら、帰るぞ」
「ねえ、手……繋いでいい?」
上目遣いで尋ねてくる少女。僕は返事をする代わりに手をズボンで拭ってから差し出した。やがて彼女が握ったのだろう、左手が温もりに包まれる。
公園からの最後の帰り道。たった数分の道を、僕たちは一緒に手を繋いで歩いた。
◇◇
「本日はありがとうございました。また後日、お電話させていただきます」
最後に丁寧にお辞儀をして、取引先のオフィスを後にする。今日はもう遅いしこのまま直帰してしまおう、なんて考えながら、僕は帰路へ着く。
幼い頃にこの街にやってきて早十数年。初めはその喧騒に圧倒され、同時に心躍った。しかし慣れとは怖いものだ。今ではすっかり僕もこの街を回す歯車の一つとなっている。
踏切が開くのを待ちながら、僕はネクタイを緩める。
この辺りは住宅街なのだろう。カンカンという踏切の音に混じって、どこからか懐かしいメロディが聞こえてくる。
確か『夕焼け小焼け』だったか。このメロディを耳にすると、かつて住んでいた街のことを思い出す。そこでよく一緒に遊んだ少女のことも。
しばらくして踏切が開くのを確認し、再び歩き出す。
同じく仕事帰りなのだろう。線路の上でスーツを着た女性とすれ違う。その髪にはピンク色の花の細工が施されたヘアピン――。
咄嗟に振り返り、女性の手を取る。
「あの……! そのヘアピン!」
今度は離すものか。
そう伝えるように、僕は女性の手をぎゅっと握りしめた。




