お題「造花の花束」「色(種類自由)」「爪を短く切りすぎた」「まばたきの小さな闇」
「しまった、切りすぎたかも」
他より短くなってしまった右足の小指の爪。爪切りを右往左往させてみるが、切りすぎたものはすぐには治らない。
明日は大切な予定があるのに……。幸先がよくないなあ。
僕ははぁと心の中で一つため息をついた。
ため息を一つつくたびに幸せが逃げるとよく言うが、あれは嘘だと思う。実際はその逆。幸せが一つ逃げるたびにため息をついてしまうのだ。
だって、そうでも思わないと、やっていられないじゃないか。
僕は明日の予定を思い出し、再度はぁと深くため息をついた。
「明日、うまくいくといいなあ……」
◇
茜色に染まった校舎裏。ところどころ雲に隠れた空を飛ぶカラスが、もう帰る時間だと告げている。
ご忠告はありがたいけど、今日はまだ帰るわけにはいかないんだ。まだ大切な予定が済んでいないから。
建物の向こう側から聞こえてくる青春の汗を流せるような快活なかけ声をBGMに、僕は後ろ手に持った造花の花束を握り締めた。
そして、下校のチャイムとともに、待ち人は曲がり角の向こうから現れた。
「こんにちは。もう、こんばんは、かな? ふふっ」
彼女は艶やかな黒髪を揺らしながら微笑む。その無邪気な笑みに、僕は自然と顔が熱くなるのを感じた。
――いけないいけない。気を引き締めないと。
僕は頬を叩こうとして、花束を握り締めていたことに気づいた。
「あっ……」
「あれ? それ、お花?」
しまった! と思ったときにはもう遅い。ばっちりしっかり見られてしまった。
彼女は不思議そうに首を傾げたが、状況が状況。花束を用意して放課後の校舎裏に呼び出し。ラブコメの鈍感主人公でもすぐに気づくようなシチュエーションだ。きっと彼女もすぐに気づくだろう。
想定していた流れも台無し、考えてきたセリフも全部飛んでしまった。こうなったらもうやけくそだ……!
「あ、あの……これ……!」
「綺麗なお花だね。へえ、これ造花なんだ。全然気がつかなかったよ」
「ほ、本物の花は高くて、僕のお小遣いだとこれが精いっぱいで……。で、でも、君に合いそうな綺麗な赤色の花を選んで……」
ああもう。いったい僕は何を喋っているんだろうか。もういっそ消えてなくなりたい。
徐々に下がっていく花束を持った手を、しかし彼女の温かな手が掴んで引き上げた。
「私のために選んでくれただね。ありがとう、嬉しいなっ!」
まばたきの小さな闇を払うように、彼女の眩しい笑顔が飛び込んできた。……ああ。またこの笑みに僕は救われるのか。
僕は心を落ち着かせるように深呼吸を一つして。意を決して空いたもう片方の手で彼女の手を握った。
「ずっと前から好きでした! つき合ってください!」
「……え、でも、私たち女の子同士だよ?」