#6 口実
「先生ってさ、リカちゃんが好きなんじゃない?」
朝食のおにぎりを食べながらタクミがさらっと言った。
『……!?』
「リカちゃん、すごい顔してる」
リカがタクミに言われて鏡を見ると、綺麗に目が丸くなっていた。とっさに顔を両手で挟む。
「な、何がどうしたらそんな発想に?」
リカは顔を両手で挟んだまま、探るように聞いた。
「いや、前先生さ、リカちゃんの歳、聞いてきたんだよね」
あいつ、なにやってんの……。
リカは黙って聞いていた。
「なんか引っかかってて。すぐには解らなかったけど、『どんな人?』はいいけど、『何歳?』って変だよね」
「そ、そう? 気になったんじゃない?」
「いや、見たら大体わかるじゃん。ママの妹なんだし」
うう、子どものくせにするどい……。
「私が頼りなく見えたんでしょ、ほら、私、31にしては若く見えるから!」
リカは得意げに言ったが、タクミは無視。
「リカちゃん、先生と付き合うの?」
「は?!まさか!」
「ふーん、まあ、ダメだよね」
タクミの方がよっぽど大人だ、とリカは思った。
「だ、ダメとか以前に好きじゃないし」
リカが焦って言う。
「先生、失恋だね。かわいそ」
タクミがケラケラ笑っている。
「何いってんの、先生が、だよ!私のこと好きな訳ないでしょ?」
「……なんで?」
タクミがリカを見る。
色々心の中読もうとしてる?
なんだかリカは落ち着かない。
「なんでって……。2回しか会ったことないし、そもそも好きになるほどよく知らないし」
本当は3回だけど……、
本当は色々知り合っちゃったけど……!
変なこと思い出させないでよ、取り消すように頭の中でばばばばっと手を振った。
「先生、ひとめぼれってこと?」
「だから、好きじゃないってば!」
リカはトーストを一気に口に押し込んだ。
そう、あいつ、本当は私のことなんか好きじゃないんだ。
リカは思った。
だって、だってあれから1ヶ月も放置なんだよ?
運命とか言ってさ、あんな強引なことまでしてさ、で、会いにもこないし連絡もないってどういうこと!?
「先生忙しいんじゃない?」
タクミが言う。
この子、本当に私の心、読めるんじゃ……。
リカの目が、また丸くなる。
「リカちゃん、その顔、解りやすい!」
タクミが笑った。
「へ、変なことばっかり言わないで、早く学校行ってきな!」
「あ、やべ、本当だ。行かないと」
タクミはランドセルを背負いながら言った。
リカが怒ったように言う。
「忘れものしないでよ!」
2時間後。
リカは玄関に置いてある袋を見つけた。
あれ?
これタクミの体操服?
そういえば、昨日タクミが忘れないようにランドセルにかけていた、と思ったけど……。
リカは時間割を確認する。
えっと、金曜日だから……。
「あ!やっぱり今日体育あるじゃん!」
どうする?
今日の仕事はテレワークだから、少し席を外すくらいは大丈夫だけど。
はっとする。
「え?まさか、タクミ……」
本当に忘れた?
まさか先生と会わせるために、わざと忘れた??
いやいやいや、タクミがいくらするどいからって、わざと私に届けさせようなんてしないよね?
でも昨日、確かにタクミは準備していて……。
リカの頭は軽くパニックだった。
この事態にどう対処すべき?
部屋の中をうろうろしながら、行く、行かないとブツブツ繰り返してみた。
そうだ。
リカは気付いた。
これはタクミが忘れたものだ、タクミが責任をとらなければ。
いちいち届けていたら、いつまでも忘れものグセが直らない。甘えさせちゃいけない。
よし、行かない。
リカは決断し、少しスッキリした。