#1 最後の夜
朝、目覚めたら知らない男が隣で寝ていた。
それにしても……。
『こんなベタな展開、リアルであるんだな』
リカはなぜか感心していた。
記憶は確かだ。
昨日、初めて飲み屋で出会った男と、さんざん騒いで盛り上がり、そのままホテルへ。
素っ裸の自分に気付き、急に恥ずかしくなる。
リカはあちこちに散らばった服をかき集め、ふと男の寝顔を確認する。こんな顔だったっけ? そう思いながら、そっと髪を撫でてみる。
「うーん……」
男は短くうなってゴロンと背中を向けてしまった。すぐには起きそうもない。
よかった、とリカは思った。
サトル、だったかな。
連絡先は聞いてない。
もう会うこともないだろう。
支払いを済ませ、男をおいてホテルを出る。
まだ薄暗い早朝。来たこともない町。二日酔いで働かない頭。
「……ここ、どこだっけ?」
リカはスマホを探しながら、だんだんと現実を取り戻してくる。
そうだ、こんなことをしている場合じゃなかった、早く帰んないと!
リカは明日から、「親」になる。
大嫌いな姉が産んだ、12歳の男の子を引き取ることになったのだ。
もう夜は出られない、そう思うと少し寂しく思えて、昨日は最後の夜遊びに出たのだ。
「ここまで羽目外すとは思わなかったけど」
リカは言い訳のようにつぶやく。
まあ、いい。
今から親として品行方正になればいいのだ。親子の約束と門限を決めよう。そして、いかにも心配そうに世話を焼けばいい。
ちょっといい男だったな、リカはそう思いながら、帰り道をスマホで探った。
一週間後、リカは小学校に向かっていた。
引き取った子どもの担任から、進路の事で呼び出されたのだ。
まだ、学校には家の事情を説明していない。
リカが母親としてする、はじめての仕事だ。
しっかり教室の場所を確かめる。
南校舎の四階、6年B組、加藤先生のクラスで間違いない、よし。
教室のドアが開き、先生と別の保護者がちょうど出て来た。
「先生、では失礼します。難しい宿題お願いしますね!あら、次の方がいらしたの?すみません長くなっちゃって」
50代くらいだろうか、女性は早口でまくし立て、リカにおじぎを繰り返すと、カツカツと靴をならして帰って行った。
案外、私が誰の親かなんて気にされないんだな、リカはそう思いながら、残された先生に挨拶する。
「こんにちは、中山です」
リカはペコリと頭を下げながら、ちょっと冴えないけど、優しそうな先生、そんな風に思っていた。
頭を上げ、先生をにっこり見つめた。
先生から反応が返らない事に気付く。
直立不動?
ん?あれ?私、何か変な事したっけ?
先生の態度にあせるリカ。
「い、いつもタクミがお世話になっております。叔母の中山リカです。」
もう一度挨拶をして返事を待つが、微妙な空気だけが流れる。
固まったままの先生。
なんなの、この人?
リカは困ってちらちらと先生に視線を送るが、まるで時間が止まっているようだ。
仕方なくしばらくうつむいていると、
「叔母……?」
小さく震えた声で先生が言った。
「……あ!」
メガネしてるけど、変な髪型だけど、でも、でも、この声!
二人でしばらく固まり合っている所に、大きな音でチャイムが鳴る。