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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編

悪役令嬢は婚約破棄を喜んで受けいれる

作者: 鶯埜 餡

 王立学院の卒業パーティー。

 ホールに集合した十六歳の卒業生たちは綺麗に着飾っていて、まるで社交界の縮小版のような雰囲気を出していた。


「ユリア・フォトスレッド公爵令嬢、お前との婚約をこの場で破棄させてもらう!」


 おのおのが食事やダンス、談笑を楽しんでいる最中、一人の銀髪の青年が中央で一人の凛とした金髪の少女を指さしながら叫ぶ。そのはきはきとした声はまるで支配者のような風格はあったものの、内容が内容で、全員がぎょっとしてその青年の方を見る。

 彼のそばにはふわふわとした茶髪の少女がべったりと寄り添っていて、少年に指さされた金髪の少女、ユリアは茶髪の少女と少年を交互に見ながらふむと唸り、少年に問いかける。


「あら、こんなハレの場でなされることではないのではありませんが。それに私、殿下から婚約破棄される覚えはございませんのですが」


 現在、彼女、ユリア・フォトスレッドは銀髪の青年、グスタフ王太子の婚約者である。一国を統べる一族の婚姻はそう簡単に決められるものではない。

 裁判ならともかく、こんな大勢の観客がいるところで一方的に突きつけられるのはどちらにとっても印象が良くないのではないか。ましてや一応、王太子妃、ひいては王妃となるための自己研鑽を怠ったつもりはない。

 ユリアの動じない姿に相手は焦っているのか、取り巻きから数枚の書類をひったくって彼女の目の前に突きつける。

「ええい、白々しい。お前のジゼルに対する暴言や暴行、窃盗などの悪行、いくつもの証拠と証言がある!」

「ユリア様、あたし、怖かったですけれどぉ、もう今は平気なんでぇ、あたしにしたことをお認めになって、ここで謝罪していただければ、いいんですぅ」

 ユリアをなじるグスタフに、猫なで声で謝罪を要求するジゼル。相手が相手だけにだれもなにも言わないが、立派な脅迫である。

 ちなみにこのジゼルという少女、もともとは平民の娘だったが、あるとき、伯爵の落とし胤ということがわかったため、貴族子女が通うこの学院に編入してきたのだが、勉強そっちのけで王太子をはじめ、数多くの貴族子息たちを虜にしていくという問題娘として評判だった。

 ユリアはジゼルという少女を学院内で見かけた記憶はあるが、一切の関わりを持ったことはない。グスタフが提示した『証拠』とやらは捏造されたものだろう。そう直感したが、面倒だったので反論しない。それに気をよくしたグスタフがそれ見ろとばかりに勢いこんでしゃべる。

「ほら、ジゼルは優しいんだから。しかし、そうはいってもここは王太子として、婚約者だったものとしてけじめをきっちりつけなければならない。いいか、彼女はこう言っているが、か弱き女性をいじめるなど万死に相当する」

 そうジゼルをあやしながらユリアに冷たく言い放つ有り様は、父王の雰囲気にも似ているが、どこか滑稽だった。

「だが俺は心広き人間でいなければならない。だからお前に死は求めない」

 なんだか違うような。しかも矛盾してるし。

 その場にいたほとんどはそう心の中でそうツッコんだが、グスタフ王子は気づかない。


「この俺、グスタフ・コンフェルグとの婚約は破棄とし、一両日中に王都から出ていけ!」


 自信満々な彼はそう言うと、ユリアはぴしゃりと持っていた扇を閉じる。一瞬、ひっという悲鳴がジゼルという少女から聞こえたが、彼女は微笑みを浮かべるだけだった。

「わかりました。謹んで受けましょう」

 予想外にも軽くいいでしょうと言った彼女に焦りの色を見せたのはジゼルという少女だった。

「……――ええ!? なんでそんな軽く受けるんですかぁ?」

 彼女の疑問に首を傾げるユリア。

「はい? それはどういった意味でしょうか?」

「だってぇあなたは悪役令嬢なんでしょお? だったら、激しく抵抗して処刑されればいいのにぃ」

 本気で自分の質問がわかっていない様子のユリアにジゼルが舌ったらずな口調で詰めよる。

 ふむ。

 ユリアはそこで気づく。そういえばこの娘、『ゲーム』とか『ヒロイン』とか口走っていたなと。そして、どうやら自分は彼女の中の『ゲーム』では悪なんだろうと。

 だからといって彼女はそんな小娘(ジゼル)の挑発にはのらず、事実だけを述べることにした。


「……なにを勘違いされているのかわかりませんが、私は王太子妃、ひいては王妃なんていう器ではございませんの。したくもない勉強だってしなくていいんですし。礼儀作法、乗馬、いろいろな国の歴史、国内外の貴族の関係……ああ、そうね。なにかあったときのためにって言われて学んだ体術なんて一番苦痛でしたわね」


 その言葉にぎょっと驚いたのは王太子だけではなく、その場にいる全員であり、それを表情に出さなかったのは、彼女と本当に仲がいいほんの数人しかいなかった。

 それもそのはず。

 彼女は王家と最も血縁が近いといわれるフォトスレッド公爵の一人娘で、幼いときから同い年の王太子と婚約するだろうと注目されていた。社交界に出るようになってからはどんなお茶会でも完璧な姿しか見せず、この学院に入ってからも常に主席を取りつづけた才媛。彼女にとってはきっと勉強好きで、どんなことでもそつなくこなすと思われていた。

 だから、彼女が苦手としているものが明らかになった瞬間、ざわめきが大きかったのだ。


「なによりもともとは領地で香りの研究をしたかったのに、お父様ったら陛下とのカードゲームに負けてしまうんですもの。そのせいでグスタフ殿下との婚約を引き受けざるをえなかっただけですのよ? 場は最悪ですが、実を言いますと婚約破棄してくださったのは私としては万々歳なのですわ」


 ちょっと待って。

 カードゲームで娘を差しだす親って今どきいるんですねぇ。

 というか、天下の公爵様がそんなことなさることなんですね。

 相変わらず爆弾発言をするユリアに、脳内でツッコミを入れまくる参加者たち。

 これには王太子もマジかよ、親父……とうわ言のように呟いている。

 まさか自分の父親が賭場のディーラー張りのとんでもな人だとは思わなかったのだろう。


 だから、婚約者としていろいろ勉強を頑張ってくださいませね。ジゼルさん?


「……え゛」

 ニコニコと言われた言葉に気が遠くなりそうになったジゼル。彼女は自分を美しく見せようとする努力は怠らなかったものの、勉強は苦手で、常に赤点をとっていた。

 そんな彼女にあら、わかっていたものだと思っておりましたわと悪びれもしないで言うユリアの顔には満面の笑みが浮かんでいた。



「おい、待て」

 いち早く正気に戻ったのはグスタフで、ユリアを呼びとめる。

「なんでございましょうか」

「ほ、ほかになんかないのか?」

 可愛らしく首を傾げた彼女に尋ねるが、逆にどういう意味だと返される。

「ほら、た、たとえば、ち、地位が欲しかったり、か、金が欲しかったり……と、とかは」

「ありませんわ」

 彼がしどろもどろになりつつ聞くと、これもまた満面の笑みで返される。というか、もう断罪でも婚約破棄での場でもなくなっているがだれもなにも言わない。


 しかし、怖ぇえんですけれど、この人。


 むしろその場にいた人には全員、この人(ユリア)だけは敵に回してはならないという共通認識が出来上がっていた。

「なっ……!! 可愛げのな――」

「ええ、可愛げはございませんね。そもそも殿下の妻という立場に可愛げなんて不要ですし、言いましたわよね? 私は香りの研究をしたかっただけだと。お金なら領地にいくらでもありますし、地位だって不要ですわ」

 グスタフが可愛げがないと言ったが、そりゃ当然ですともと当たり前のようにユリアは返し、地位やお金が要らない理由をつらつらと述べていく。

 最後にどちらもあったところで持て余すだけですからね?と可愛らしく微笑んで締める。


 あの笑顔には騙されたくない。

 そう心の中で誓った者がいたとかなんとか。



 そんなユリア・フォトスレッド公爵令嬢の断罪現場、もしくは婚約破棄現場……と言っていいのかわからないが、そんな現場に一人の空気を読めない乱入者が現れた。

「お嬢様、お待たせしましたっ!」

 その乱入者、黒髪を風になびかせた青年はこの場にはふさわしくないほど爽やかに登場し、ユリアの元まで進んでいった。

「あら、遅かったじゃないの」

「申し訳ありません。陛下に婚約撤回の示談をするのに少々時間を取られまして」

 彼女はあと少し早ければ面白いもの見れたのにと残念そうにつぶやくと青年、フリードリヒはいえいえ、これからも見れるのではと笑顔で一枚の書類をかざす。それを見た瞬間、その場にいる全員が凍りついた。

「『示談』だと?」

 しかし、グスタフにとってはその書類よりもフリードリヒが言った『示談』という言葉に引っかかりを覚え、恐る恐る尋ねるとええと先ほどのユリアばりに爽やかな笑みを浮かべるフリードリヒ。

 その瞬間、だれもがさらにやばいという戦慄を覚えるが、彼は止まらなかった。


「ええ。お嬢様は香りの研究のために隣国へ行かれることが決まっておりましたので、浮気性(・・・)の殿下の醜聞にならないように手をまわしておいただけですよ?」


 うぐ。グスタフは思いっきりその言葉に否定できなく、その場に蹲る。

 その一方で、その場にいた全員はなるほどと納得してしまった。この少女、ジゼルと関係を持つ前にもほかの女子生徒に手を出しそうになったことがあって、なんとか王家とフォトスレッド公爵家の力で抑えこんだが、どうにもできなくなってしまったようだった。

「ですので、お嬢様。そこにいる殿下とお嬢様の婚約は撤回、お嬢様の隣国への留学費用の国費負担、あと殿下の再教育(・・・)について認めてもらいました」

「あら」

 青年の言葉に結構、私たちに有利じゃないのと驚くユリア。

「そりゃそうですよ。殿下の日頃の言動はお嬢様を貶めるものでしたので、それの『証拠』を手土産にしたんですから」

「なるほどねぇ」


 ふふふふ。

 おほほほほ。

 ユリアとフリードリヒの笑みは真っ黒なものだ。未来永劫、この二人を絶対に敵に回してはならないとだれしもが確信した。


「皆さま、お騒がせして申し訳ありませんでした。彼の言うとおり、私はこれより隣国への留学が決まったようですので、下がらせていただきますわ」

 後は皆さまで楽しんでくださいませ。


 そう言って、では、ごきげんようと黒髪の青年ともども爽やかにホールから去っていったユリアとフリードリヒは、着替えもせずに隣国行きの馬車へ乗りこんだ。

「さて、お嬢様」

「なにかしら?」

 隣で笑うフリードリヒを見つめるユリアの視線は主人という立場のものではなかった。

「僕の活躍はどうでしたか?」

「そりゃあ、最高よ! 『影』を使っての盗聴・証拠品の回収・現場の保存、どれをとっても最高よ」

 そう。彼の職業は元暗殺者。

 小さいころ、大通りで死にそうになっている彼を拾って育てあげたのがユリアであり、立派に礼儀作法を学んだ彼は、お嬢様であるユリアに危害が及びそうになると、自分の使えるコネを使いまくって彼女に危害が加わらないようにし、お茶会でいじめられようものなら、一族丸ごと追いこむレベルで成敗しまくったという過去を持つ。

 そんな自分のために働いてくれている彼のことが、過去を抜きにしても昔からユリアは好きだった。王太子と婚約したときは仕方がないと諦めたものの、今回のジゼルの『事件』で婚約破棄に追いこめると分かったときには万々歳だった。


「お褒めに預かり光栄です」

「褒美はなにがいい?」


 恭しく頭を下げるフリードリヒに困った男性(ひと)ねぇと言いながらそう尋ねると、即答で彼は答える。


「お嬢様自身を」


「あら、先ほど婚約破棄されたばかりなのに?」

「それをいうなら『撤回』でしょう――ええ、たとえ『破棄』だったとしてもお嬢様がいいんですよ」

 フリードリヒはユリアの髪に口づけ、すでに当主様の許可も得ていますから、問題ございませんよと囁く。

 彼も昔からユリアのことが好きで、王太子と婚約したときはあきらめをつけようと思ったのだが、当主である彼女の父親から婚約時の真実を聞いてしまい、どうにかして彼女を取り戻したい公爵の力を借りて王太子の悪行を集め、今日にいたるまで丁寧に証拠固めしていたので、王の周りに侍る近衛たちも真っ青になっていたらしい。

「とんだ策士ね」

「光栄です」

 彼の手回しの良さに苦笑いするが、それも彼にとってはご褒美なんだろう。

 褒めていなくってよ。

 そう言いながらぴしゃりと彼の膝を叩くが、彼はおだやかに笑うだけだった。




 七年後、フォトスレッド公爵家は香水産業でかなり儲かることになるが、それはひとえに隣国で調香技術を学んできたユリア・フォトスレッドと彼女の夫の功績によるものだった。

 その一方で王家ではグスタフ王太子がフォトスレッド公爵令嬢と婚約破棄をしたことに端を発する内輪もめが起こり、きちんとしたまともな後ろ盾がなかったジゼルは修道院送りになった。グスタフ王太子も王太子としての地位は保障され、父王崩御後に即位はしたものの、政治に口出しを許されず、最終的には狂王として幽閉された。



「さて、お嬢様。今日はなんの香水を作りましょうか」

「そうね、お日様をイメージするっていうのはどうでしょう」

「それはいいですね。お嬢様の御髪にもぴったりです」

 フォトスレッド公爵領のどこかでそんなのどかな会話が今日もなされている。

あらすじにも書きましたが、ちょっと三人称のリハビリ兼ねての息抜きなので、「クオリティ?何それ?」なものです。

ヒロインと王太子の名前がどこかで見かけたことがありますが、関係ありません。

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― 新着の感想 ―
素敵な作品、ありがとうございます。知識ではなく、感性でわかりやすく表現されていると思います。
[良い点] 企画より拝読いたしました。 登場人物全員が少しおかしな人ばかりですね^^ いや、ユリアは少しじゃないかもしれませんが…… ユリアのお嬢様口調も所々変な気がしますし、実はこっそり転生者だっ…
[良い点] 家紋武範様の「看板短編企画」からお伺いしました。 ユリアとフリードリヒのしたたかさが痛快でした。 文章も読みやすく、最後まで堪能させていただきました。
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