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ありがとうございます
これからもがんばります
ボクたちがキラーバットの集団を文字通り蹴散らして帰ってきたところ、盛大な拍手で迎えられた。
「なになに、何なの?」
「おまえたちのおかげでキラーバットに悩まされていた街人が助かったんだ。これくらい普通だろ」
先生の言葉に少し照れくさい気分になった。エイルとドリィは早々に寮に隠れたものだからボクだけが標的にされる。これじゃ、まるでボクが一人で倒したみたいじゃないか。
「クラインが倒したんです」
「オ、オレは何も……おい、待て!」
待つもんか。英雄と呼ばれているくらいだ。これくらいの賞賛には慣れているだろう。ボクは手柄を押し付けて寮に戻った。
「二人共ひどいよ。先に戻るなんて」
「いや、ここも同じ状況だったぞ」
「ドルチェが一喝したらみんないなくなったけどねー」
邪魔だ、と言って散らしたらしい。ドリィもエイルと同じで人嫌いの気があるんだろうか。仕方ないことだとは思うけど。
「これから大変だろうな……」
「全部押し付けてきたんだけどね」
クラインが否定するとしたらそれも意味がないだろう。どうしたものか。
「もういっそ魔物狩り続けてみる? ボク、欲しい素材がたくさんあるんだよねー」
「それもいいね。ドリィはギルドに登録してないの?」
「まだ学園に入ったばかりだからまだだ」
そういえば、学園に入る前に登録しているボクたちは特例だったっけ。
「それじゃあ今から登録しに行こうよ。ギルドに入ってると色々便利だよ」
武器や防具が安く買えたり、宿にタダで泊まれたりとメリットは多い。それに、ボクたちと同じパーティーに入れば自動的にSランクとして登録されるだろうから、希少クエストにも挑み放題だ。
「だが、オレの実力でパーティーに入って大丈夫か?」
「何言ってるの。ドルチェは充分強いじゃない」
『魔剣』による飛ぶ斬撃は充分な戦力になり得る。エイルが認めているくらいだから全く問題はないだろう。ボクも大きく頷いた。
「それなら、頼む。オレもできるだけ多くの魔石が欲しいからな」
魔石というのは魔物の核となる魔力が多く含まれている特別な鉱石のことで、魔道具に使われる。ドリィの持つ『魔剣』も魔道具の一種なので、仮に魔石が壊れてしまった時のために魔石を集めておきたいのだという。弱い魔物から採れる魔石では耐久値が低くすぐに壊れてしまうので、キラーバット討伐はなかなかにいい依頼だった。エイルは羽や牙等の素材を集めて売ったり魔術薬を作ったりしている。
ボクは倒す専門。素材集めにも魔石集めにも興味がないし、脅威となる魔物をできるだけ狩っていきたいだけだ。
「次の休み時間にギルドに行ってみようか」
「ああ。よろしく頼む」
ボクたちはそれぞれの教室に向かう。教室でも四人の拍手で迎えられた。先生まで……。
「キラーバットの集団を討伐したんだって?」
「すごいわねぇ」
右にアレン、左にイズミ、正面にはリナ、背後にはエイルがいて身動きが取れない。
「ボク一人の手柄じゃないんだけど……」
「それでもすごい。わたし、キラーバットなんか見たら卒倒する自信がある」
「わたしもぉ。すごいわぁ」
リナとイズミに褒められるのは悪い気がしない。「ありがとう」と言ってなんとか隙間から席に向かう。
「まあ、倒し方はどうであれ、これで東の街はキラーバットの脅威から救われたわけだ」
「膝蹴りはねえよな……」
アレンが遠い目をしていた。その目はやめて。
「いいか、おまえら。フィランが異常に強いんだ。キラーバットが弱いなんて意識を持つなよ」
「はい!」
そこで声を揃えるのもやめて……。ちらりと見やったエイルは楽しそうに笑っていた。
「よし、授業を始めるぞ。魔術薬学が苦手な者は挙手」
先生の声にイズミとエイルが手を挙げた。
「二人共意外だな」
「実習が苦手でぇ」
「同じくー」
それ、わかる。ボクも手を挙げるけれどそれは無視される。ひ、ひどい。
「魔術薬学は魔力を消費しない代わりに調合が複雑だ。気を抜いてると薬じゃなく毒が生成されるから気をつけろよ」
その毒を生成したのがボク。痺れ薬くらいで済んだからよかったけれど、致死率の高い揮発性の毒なんかができていたら危なかった。
「まず、一番簡単な初級ポーションからだ」
「ポーションって簡単なの?」
エイルが苦い顔をした。彼の場合はどうしても『魅了薬』、所謂惚れ薬になってしまうという謎。ある意味大成功だと思う。
「初級ポーションはソワン草を時間通りに煮詰めるとできる簡単なものだ」
「ソワン草なんてただの雑草じゃない」
「……エイル、おまえ本当に首席かよ」
アレンは魔術薬の試験では満点を叩き出したらしい。エイルも満点だったはずなんだけど。
「だって、ソワン草から生成したポーションなんて傷の治りを少し早くするだけでしょう? それくらいならクーア草を煮詰めた方がいいじゃない。街に売ってるポーションはほとんどがそうだよ」
「クーア草は扱いが難しいから中級ポーションとして分類されているんだ。下手すると爆発するからな」
「へー」
それはさすがに知らなかったなあ、と呟いたエイルは教科書にメモしていた。ボクたちは基本的に最低でも上級ポーション以上しか使うことがないので、街で買うことは少ない。初級ポーションが何で作られているのかなんて知らなかった。ボクも初級ポーションのページに書き加えておく。ソワン草とクーア草はよく似ているため混ざってしまわないようにと注意書きが書かれている。二つが混ざるとやはり爆発するらしい。
「見分け方がわかんない……」
「葉が丸いのがソワン草でギザギザしてるのがクーア草だよ」
頭を抱えたエイルにそっと教えてあげる。早速二つの薬草が描かれたページに書き込んでいた。ボクも最初はわからなかったけれど、色々試していく内に覚えることができた。
「まずは火を用意するか。よし、リナ。この薪にファイアーボールを当ててみろ」
「はい」
リナは杖に魔力を集中させていく。カッと杖が光った。これはマズい。
「下がって!」
リナが杖を投げ捨てたのと同時に急いで『防御壁』を展開する。魔術は魔力を集めすぎると暴発することがある。今回がその状況。杖から爆炎が上がり、衝撃と共に爆散した。
「……やり過ぎた」
「そうみたいだね」
「じゃあ、次はエイル」
先生はいたって冷静に次を促す。長年教師をやってきたというし、こういうことにも慣れているんだろう。
「杖使わなくていいですか」
「いいわけないだろ」
横着しようとしたエイルが先生に咎められる。
「……実際は杖なんて使う余裕ないのに」
「ストレス溜まってるね。終わったらギルドに行く?」
「行く」
即答だった。討伐クエストがあればいいなあ。
三度目の正直というやつか、エイルは三度目に薪に火をつけることに成功した。今度はソワン草を煮詰めていく時間。先生がみんなの鍋を確認してそろそろだと声をかけた時、甘い匂いが充満した。
「……エイル」
「あはは、なんでだろう?」
色々試してきた結果『薬物耐性』を獲得したボクには全く効かないけれど、エイルの『魅了薬』は効果が高い。とは言え、今回の薬は素材が弱い効果しか持たないせいなのか、アレンは少しぽやんとしているだけで済んでいるし、イズミと先生は平然としている。問題は。
「リナ、平気か?」
「はい、先生。体が熱いだけです」
「ダメだな」
やっぱり『魅了薬』に酔っている。今回の薬は少し媚薬成分が高いようだ。
「なんでソワン草から『魅了薬』ができるんだ」
「知ってたら作ってないよ」
「今から回復魔術をかけるからね」
呆れる先生に噛み付くエイルを横目で見ながらリナに回復魔術をかける。すっと顔の赤みが引いたことから『魅了』の効果は切れたらしい。
「エイル以外はちゃんとできているな」
「先生が火を止めるタイミングを教えてくれたからですよ」
「エイルくんはぁ、補習なのかなぁ?」
「当然だ」
「……はい」
すごく不服そうだけど仕方ないこと。
授業が終わり、ボクとドリィはエイルの補習が終わるまで待っていることにした。二人で行ってきてもいいと言われているけど、エイルのストレス発散も兼ねているんだからボクたちだけで行っても意味がない。日が落ちてきた頃、ようやくフラフラのエイルが教室から出てきた。
「疲れた……」
「クエストを受けなければ大丈夫か? 登録だけはさせてほしいんだが」
わかった、と小さく呟いたエイル。二人と一緒にギルドに向かう。
「あら、今日はお友達も一緒?」
ナナさんがドリィを見て微笑んだ。
「ドルチェです。新規登録したいんですが……」
「それならこの紙にサインをしてください。登録パーティーはフィランくんとエイルくんのパーティーでいいのかしら?」
「はい」
二人のやり取りを聞きながらクエストボードを眺める。今日は緊急のクエストはないようだ。
「二人と同じパーティーに入るとなると、自動的にSランクとして登録されることになるけど……それについては問題ない?」
「大丈夫、だと思います」
「それならこれで登録は終わり。今からギルドカードを発行するから少しだけ時間をちょうだいね」
「はい、よろしくお願いします」
ギルドカードができるまで外で待機する。目の前の広場では少女が一人で遊んでいた。
「……あの子、どこかで……」
エイルが少女を見て首を傾げる。エイルとボクは行動を共にしている時間が長いので、エイルが知っているならボクも知っている子の可能性が高い。だけど、その子を見ても何も思い出せなかった。
「ねえ、ボクとどこかで会ったことない?」
エイルが少女に声をかける。
「おねえちゃん、だあれ?」
「おね……ううん、勘違いだったみたい。驚かせてごめんね。暗くなる前に家に帰るんだよ」
そう子供に言い聞かせてから戻ってきた。
「どこかで見たような気がするんだよなあ」
少女が手を振って去っていった後でぽつりと呟く。「ボクはわからないよ」と言うと、やっぱり勘違いだったのかなと漏らした。
「ギルドカードの発行が終わったわよ」
「ありがとうございます」
ナナさんから受け取ったカードを感慨深く見つめるドリィ。これでボクたちは正式に仲間となった。なんだかボクも嬉しい。エイルも表には出していないけど喜んでいると思う。
二人だけでも充分魔物には対応できていたけど、パーティーというのは一緒に冒険をすることで絆が深まっていく。そういうものだと思っている。その仲間が増えることはとても嬉しいことだ。
☆☆☆
ドルチェがボクたちのパーティーに加わった。おかげでボクの目標としている“普通”の戦力がわかる。それだけじゃない。
「ボク、結構キミのこと好きかも」
「ありがたいな。オレもだ」
友人として、という意味で。ボクはドルチェ……ドリィを随分と好きになっていた。出会って間もないけれど、彼の人となりを知るには充分。
ただ、フィーのことに関しては譲るつもりはないのでそこだけはきちんと牽制しておく。
「オレだって諦めない」
やっぱりいいライバルになりそうだ。ライバルの存在は自分をより高めていくのに必要なものだと知っている。里にいた頃だってそうやって力をつけてきた。
「何の話?」
「フィーには秘密。ね、ドリィ」
「ああ、秘密だ」
ボクが愛称で呼んだのが衝撃だったのか、フィーは目を見開いていた。どんな表情でもかっこいいなぁ。
「仲がいいのはいいことだね」
そう言ったフィーはボクたちの肩を抱いて寮まで戻ることにしたようで……。
「こ、これは……」
「密着し過ぎだろ……」
嫌なわけじゃない。ただ、恥ずかしい。“友人”だからこその行動と知っている分、少し残念な気持ちもある。
先程の少女のことが気にならないといえば嘘になる。だけど、今は忘れていたかった。なんだか嫌な予感がしたから。
温もりで全て忘れさせて欲しい。そんな思いでボクは縋り付くように身体を寄せた。
☆☆☆
「エイル、少し痩せたみたい……」
「……変態っぽいぞ、それ」
エイルの肩を抱いていた右手を見つめながら言うと、辛辣な言葉が返ってきた。確かに自分でも少し思ったけど、人に言われると傷つく。飛び上がるように体を起こしてドリィを睨みつける。勉強している彼は机の方を向いていて背中しか見えない。こうして落ち着いて見ると結構華奢な体をしているんだとわかる。
「細いね」
「ひぁっ!?」
腰に手を添えると可愛らしい声を出して飛び上がった。そしてすぐに顔を赤くしたドリィに教科書の角で頭を殴られる。結構痛い。
「ご、ごめん……」
「いきなり触るな変態野郎!」
「変態はやめて」
傷付くから。
「じゃあ、ちょっと触るね?」
「あ、ああ……」
目を閉じて刺激に耐えようとする様子に笑みがこぼれる。それにしても。
「本当に細いなあ。ちゃんと食べてる?」
「『宝涙族』はみんなこうだぞ。背も伸びないしな……」
健康なら問題ない。
「確かに、ドリィって小さいよね」
「お前と比べたらみんな小さいだろ。背が高くて羨ましいよ」
一生懸命ボクの頭に手を伸ばしてくるドリィが可愛らしい。弟がいたらこんな感じかな。ずっと一人っ子なのでわからないけど。
「なあ、フィラン。伝えたいことがあるんだけど」
手を下ろして真剣な顔になる。話を聞く姿勢をとると、彼は躊躇いがちに口を開いた。
「オレ、実は……」
そこで一度言葉を切り、深呼吸をする。これは茶化してはいけない内容だと感じる。
「オレ、フィランのことが好きなんだ。恋愛感情を持っている」
「……え?」
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたんだけど……え?」
あまりにも驚いてしまってそれ以外の言葉が出てこない。
「五年前の事件を覚えているか?」
「五年前……」
「『宝涙族』の乱獲事件だ」
言われてみれば確かにあったような気がする。あの頃はまだ駆け出しだったけれど、エイルと二人でアジトに突っ込んで行ったんだっけ。
「その時に助けられた一人がオレなんだ。覚えてないかもしれないが」
「あー、ごめん、覚えてないかも……」
三十人近くいた中の一人だと言われても思い出せない。ただ、年の近そうな子はいたからその子がドリィだったのかもしれない。
「その時から、ずっとお前のことを想っていた。まさか同い年だとは思ってなかったが……」
「ボク、昔から身長は大きいからねえ」
当時、まだ十歳だと言えば驚かれていたことを思い出す。そういえばエイルは年下に見られていたっけ。なんて現実逃避をしていたらドリィに腹をつつかれた。
「答えは望んでない。気になる人がいるだろう?」
「わかるの?」
「わかるさ。どれだけお前のことを見ていると思ってるんだ」
それはそれでちょっと怖いかも……。
「別に付き合って欲しいとか思ってない。ただ伝えておきたかっただけだ」
「そう、なの?」
「あわよくば、と思っていたのは事実だけどな」
カラカラと笑うドリィ。少しだけ寂しげだったけれど、どう声をかけていいのかわからなかった。
「エイルのことが好きなんだろう?」
好き、だけど。
「まだよくわからないんだ」
「そうなのか?」
「うん。友達として好きなのは当然だけど、これが恋愛感情かって言われると、ちょっと違うような気がして」
「それならオレにもチャンスはありそうだな」
なんて冗談ぽく笑ってみせるドリィはやっぱり寂しげだ。思わずその華奢な身体を抱き締める。大丈夫だよ、と囁いて。
「こ、こういうのは誤解されるぞ!」
「うん。でも、今はこうさせて。ドリィだって大切な友達なんだ。そんな顔見たくないよ」
昔、よく母がこうしてくれたのを覚えている。人の温もりには気持ちを落ち着かせる力があるんだ。ドリィが「もう大丈夫だ」と言うまで、できるだけ優しく抱き締めていた。