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今日から本格的に授業が始まる。
「私がこのクラスの担任のスティーブ・ラインドールだ」
担任教師は背が高く顔立ちの整っている男性だった。
「今日は軽く自己紹介をしてもらってから授業に入ることにしよう。エイルから」
「はーい」
エイルは面倒くさそうに立ち上がってから頭を下げる。
「エイルです。訳あって制御装置つけられてるんで強い魔術は使えません。よろしく」
次はボクの番。
「フィランです。『スキルイーター』を持っています」
「『スキルイーター』!?」
「伝説上のスキルじゃなかったのか!?」
え、そこまですごいスキルだったの? 黙っていた方がよかったのかな。チラリとエイルを見るとくつくつと笑っていた。こうなることがわかっていたらしい。教えてくれたってよかったのに。
「はい、次」
事前に知っていた先生は冷静に次を促した。
「リナです。得意魔術は爆破魔術です。よろしくお願いします」
リナはショートカットでスレンダーな体型の女子。少し緊張しているようだ。
「イズミでぇす。得意魔術はぁ、召喚魔術でぇす」
イズミは色気を感じさせるダイナミックボディーで口調も甘い。
「アレンです。付与魔術が得意です」
アレンは真っ赤な長い髪が印象的な男の子だ。
「それじゃあ授業を始めるぞ。まずは魔術展開学だ」
初めての授業はボクの一番苦手な教科だった。
「魔術展開学では魔術陣を学ぶ。これさえ覚えておけば様々な魔術が使えるようになるからしっかり覚えておくように」
「先生、ボクたち魔術陣なんて使ったことありません」
無理やり挙手をさせられた。先生は少し苦い顔をして「知識として知っておけばいい」とだけ返してきた。魔術陣というのは低魔力で同じだけの威力を出すための補助的な役割を持っている。基礎魔力が高いボクたちは発動の早い無陣魔術を使っているので魔術陣を覚えておくようにと言われてもピンとこないのだ。
そういえば、同じクラスに魔物に近い魔力を持っているという人がいるって言っていたような……と思って探してみるけど見つからない。エイルの勘違いだったんだろうか。エイルの方を見てみるとつまらなそうに黒板を眺めていた。
「ねえ、エイル。昨日話してた人って誰のこと?」
「あのイズミって子だよ」
そう言われてもう一度確認してみるけど、やはり魔物特有の禍々しい魔力は感じられない。
「もしかしたら淫魔かもね」
「ああ……淫魔は『魅了』があるから魔人とわからないんだっけ」
「そうそう」
「そこ。私語は慎め」
怒られてしまった。それをクスクスと笑うイズミ。彼女が魔人だなんて思えないなぁ。
「大丈夫だよ。ちゃんと守ってあげるから」
「それ、ボクが言いたいセリフなんだけど」
「エイル。フィラン」
いい加減にしろよとの言葉と共にチョークが飛んできた。ボクが避けるとアレンにぶつかったらしく、後ろから声が聞こえてきた。
「ご、ごめん」
「いや……別にいいよ」
額を擦りながら気にするなと微笑んでくれる。
「フィラン、前に出てファイアーボールの魔術陣を書いてみろ」
「えぇ……」
ファイアーボールなんて火の玉をイメージして飛ばすだけじゃないか。まあ、入学試験にも出ていた問題なので解けなくはない。エイルが言うには魔術陣は途切れてしまわないように一筆書きをするのが一番らしいので、形として覚えているファイアーボールの魔術陣を一筆で描いていく。
「チョークを持った手をグルグルまわしているだけに見えます」
リナが先生に向かってそう言った。それを解説したのは先生ではなくエイル。
「杖で魔術陣を描いたりするでしょう? それと一緒だよ」
杖は魔力を効率よく集めるための補助道具で、付与魔術を使う時によく使われている。アレンを見れば大きく頷いている。得意魔術が魔術陣を多く使う付与魔術というだけあって、魔術展開学は得意そうだ。
「今から杖を配る。外に出て実際にファイアーボールを発動させてみるぞ」
「え」
つい声が出てしまった。杖を使って魔術を使うなんて初めてのことで、うまくできるか心配。
「大丈夫よぉ、フィランくんならできるってぇ」
「そ、そうかな?」
がんばってねぇ、と応援してもらった。イズミも魔術展開学は得意らしい。
「わたしも苦手。仲間だね」
リナが手を差し出してきたので握手をする。エイルが頬を膨らませてそっぽを向いたのが見えた。仲良くしたいならそう言えばいいのに。
「エイルくんはなんでもできそうよねぇ」
「……そんなことない」
いつもの元気はどこへ行ったのやら。消え入るような声で返すエイルに苦笑する。
「ねえ、フィー。ボク、杖なんか使えないよ」
どうしよう、と甘えるような声を出したのはいつも通り。エイルは自分ができないことはボクに頼ってくる。ボクも杖を使う魔術は苦手だけどエイル程ではない。教えてあげられるかもしれない。
「杖に魔力を集中させるんだよ。こうして……」
実際にファイアーボールを発動させてみる。
「なるほど。こうして……こう!」
杖を大きく振りかぶったせいで、エイルが作り出した火の玉は的を大きく外れて壁に当たって散った。
「あれ?」
「ちょっと押し出してあげるようなイメージでいいんだよ」
「ちょっと……加減が難しいなぁ」
その後何度か失敗を繰り返し、とうとう諦めたのか杖を放り出して頭の後ろで手を組んだ。アレンはすぐに成功し、イズミも数回の挑戦で成功させた。リナは何度も暴発させてしまい、その度に先生が回復魔術をかけていた。
「リナとエイルは補習だな」
「……はぁい」
「がんばります」
嫌そうなエイルと意気込むリナ。正反対な二人の反応を見て先生は笑っていた。
☆☆☆
本当は補習なんて受けたくないし、成績が悪くてクラス落ちしたところでなんとも思わない。だけど、がんばり屋のフィーはきっとSクラスを保ち続けるだろうから、ボクもがんばらなくちゃいけない。
「こうして……こう、かな」
空いた時間に杖を使って魔術を展開する練習を続ける。フィーがこちらをじっと見つめてくるので少し緊張するけど、やる気は出る。
少しずつコントロールできるようになってきたところで先生から合格の声がかかった。完全にコントロールできなくてもいいのは救いだ。
「付き合わせちゃってごめん」
「ボクが好きで残ってたんだよ」
だから気にしないで、と笑ってくれるフィーがとてもかっこよく見えてつい目を逸らしてしまった。
「つ、次の授業ってなんだっけ?」
声が裏返ってしまったのもフィーのせいだ。責任転嫁しながら問いかける。
「危険生物対応学だよ」
「魔物の倒し方は正直に言っちゃダメだよ?」
「どうして?」
「誰がキラーバットを素手で倒すのさ」
普通、キラーバットというのは五人以上のパーティーを組んで挑戦する魔物だ。単身、しかも大した装備もなく突っ込んで生き残れるわけがないはずなのに。フィーは涼しい顔でそれをやってのけた。いくら『スキルイーター』だからといっても強すぎる。
「エイル、どうしたの? ボーッとしているなんて珍しいね」
「ううん、なんでもない」
もしかして、フィーは……そうでないことを祈るばかりだ。
☆☆☆
エイルの様子がおかしい。何かあったのかと聞いても誤魔化される。
目が合ったかと思うとすぐに逸らされて、肩に触れると大袈裟に飛び上がる。
それが何を意味するのか、ボクにはわからなかったので。
「と、いうわけなんだけど……」
ボクはドリィに相談することにした。彼は少し呆れたような顔をしたかと思うと「教えてやらん」とそっぽを向いてしまった。
仕方がないので本人を問い詰めることにする。
「ねえ、エイル。ボクのこと避けてる?」
「避けてないよ。どうして?」
ほら、また目を逸らす。
「ボクのこと、嫌いになった?」
「違う!」
あまりの勢いに若干引いてしまったけれど、ボクは悪くないと思う。
「特殊スキルの『勇者』って知ってる?」
「うん、知ってる」
驚くべき成長率を手に入れることのできる特殊スキルで、数百年に一度『魔王』が目覚めた時にのみ『覚醒』するもの。
「そのスキル、持っていたりしないよね?」
そのスキルは英雄と呼ばれるクラインという少年が持っていたはずだ。彼から奪うことが出来ればボクのものになっているかもしれないけれど、特殊スキルというのはそう簡単に奪えるものではない。
「持ってないよ。持っていると何か悪いの?」
エイルの聞き方ではそう思わざるを得ない。
「ん、とね……あのね、フィー。ボク、ずっと隠していたことが……」
「フィラン、ちょっといいか?」
「ん、何かな?」
話しかけてきたドリィをエイルが鋭い瞳で睨みつけていた。今にも拳が飛んできそうな予感がしたので、エイルに手を合わせて謝罪の意を示してから部屋に戻る。
「エイルのことなんだが」
「エイルがどうかした?」
首を傾げたまま言葉を待つ。
「エイルは『魔人』なのか?」
「……え?」
思いもよらない質問につい間の抜けた声が出てしまった。
『魔人』というのは『魔王』の手下である種族のことで、高い魔力と人間に対する強い敵意を持つ。
そう考えると、確かに当てはまる部分も多い。エイルは人間嫌いだし、国家兵器と同等とされる魔力を持っているらしい。それに。
「エイルは『血液操作』のスキルを持っているって話してくれたよな」
それは昨夜ボクたちの関係の話になったときにチラッとだけ話したこと。よく覚えてるなあ、と感心しながらもどこか腑に落ちない気分でいた。
「それが何?」
「これを見てくれ」
ドリィは危険生物対応学の教科書を開いて見せてきた。そこには『吸血鬼』と呼ばれる『魔人』について書かれている。
特殊スキル『吸血鬼』を持つ『魔人』の特性は『吸血』と『血液操作』の二つ。その他は他の『魔人』と変わらず、高い魔力と凶悪な敵意を持っているらしい。
「エイルは普通の人間。ボクには『ステータス分析』があるんだよ。間違いない」
「しかし……」
「でもね。例え『魔人』だったとしても関係ない。エイルはエイルだ」
ボクはきっぱりと言った。もしかしたら、エイルが隠していたことというのはこのことかもしれない、と考えなかったわけじゃない。だからこそ告げた本心からの言葉だった。
「そうか……残念だよ」
ドリィは腰に差していた剣を抜いた。
違う。この男はドリィじゃない。『幻術』が解けて少年が現れる。
「……何者?」
「オレはクライン。今代の『勇者』だ」
「英雄様ともなれば勝手に学園に入り込むともできるんだ。おまけに生徒にも手を出して」
皮肉を言えば英雄クラインは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべて舌を打った。
「エイルは人間だ。キミの標的じゃない」
「果たして本当にそうかな?」
「何が言いたいの」
この男は強い。『ステータス分析』なんて使わなくてもすぐにわかった。できれば話し合いだけで済ませてほしいけれど。
「おまえはあのエイルとやらに盲目的になりすぎている。まぁ、パートナーなら当然か」
「それはあくまでフリなんだけど……まあ、否定しないよ。ボクはエイルが何者だろうと許す」
「オレは許さない。魔物も『魔人』も『魔王』も全てオレの敵だ」
危険な思想だと思う。それでは『魔王』と変わらない。そう思うのはボクだけだろうか。
「まあいい。『魔人』とわかれば倒すだけだ」
「確証はないってことね」
それならいい。もし仮にエイルが『魔人』だとしても、二人が対峙する前にボクが強くなっていればいいだけのことだ。ボクは『勇者』のスキルを覗く。まさか、こんなにいいスキルがあるなんて。
(ごちそうさまでした)
ボクはクラインと名乗った少年から一つのスキルを奪い取って部屋を後にする。エイルにこのことを伝えるためだ。
「エイル……?」
「さっきの言葉、ホント?」
部屋を出てすぐ、壁に寄りかかっていたエイルがこちらに向かってきた。
「どの言葉?」
「ボクが『魔人』でも関係ないって」
「『魔人』なの?」
「違う! ボクたち『吸血鬼』は『魔人』と勘違いされて、人間たちに狩られてきた被害者なんだよ!」
それが、エイルの憎しみの根源だったんだ。ボクは泣き出したエイルを抱きしめる。
「ボクが、守ってあげるからね」
エイルはボクの大切な……
“親友”だから。
部屋に戻るとクラインは既に立ち去った後だったらしい。眠らされていたと思われるドリィがキョトンとしている。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……何があったんだ?」
「ん、ちょっとね」
ドリィにエイルのことを話すのは気が引けた。適当に誤魔化してからパンを口に放り込み、次の授業の支度をする。危険生物対応学は得意分野だと思っていたけれど、そうでもなかった。なんせ、エイルが言ったようにボクの倒し方は規格外らしく、全く参考にならなかったのだ。
「キラーバットに素手で挑むなんて無茶苦茶だな」
と先生にも呆れられてしまった。どうしてその話を知っているのかと言うと、ギルドから通達が来ているらしい。
「……雑魚だと思って突っ込んじゃいました」
「お前は補習だ」
魔物の正しい倒し方は先生にみっちり叩き込まれました。