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前世の最期の記憶というやつは突然流れ込んできた。学園に通うことができるようになる15歳の誕生日の夜、それはあまりにも突然、しかし自然と蘇った。幼い頃から見ていた不思議な夢は全てこの前世の記憶からきていたのだろう。
前世のボクは魔術なんてない科学の発展した世界に生きる普通の高校生だった。両親は事故で他界、友人と呼べる存在はただ一人。ちょっぴり寂しい人生。漫画やゲームは好きだった。ただ、対人スキルが致命的になかったのだ。同じ趣味の相手とも上手く会話ができず、幼馴染の翼を除いてボクと話してくれる人はいなくなった。
そんなボクに“転生”というチャンスを与えられた。次の人生は派手にぶちかますぜ、という考えで神様に頂いたスキルが『スキルイーター』というものだった。
他者のスキルを奪い取るというのはなかなかにチートスキルだと思う。イメージしただけで魔術が使えるこの世界。前世では「厨二病」とまで言われていた想像力が役に立つ。記憶が蘇ってから段違いに強くなれた。
ただ、両親の死は付き物だったらしい。とことん家族というものに縁がなかった。人より早すぎる成長は親戚達から煙たがられ、ボクは孤児院に預けられることになった。そこで出会ったのが現在の大親友、エイルだ。
ただ、このエイルという少年、仲良くなるのはとても大変だった。なんせ故郷を滅ぼされたという彼は人間というものを心の底から憎んでいた。子供らしからぬ復讐心に囚われ、魔王の子かと言われる程暗い目をしていた。
だけど、生まれ変わったボクはその程度で話しかけることをやめない。
「ボクはフィラン。みんなにはフィーって呼ばれているんだ。キミはエイルだよね?」
「……何」
鋭く冷たい瞳にすぐに後悔した。この子、怖いよ。魔王の子なんて言われるのも納得だよ。何この子、冷気でも操ってるの? 一気に身体が冷えちゃったんだけど?
「ボク、友達が欲しくて……」
「あっちに行って」
話しかけないで。そう言った彼の瞳は潤んでいた。あれ、おかしいな。
「……もしかして、ホントは友達が欲しいの?」
「そんなわけない!」
どんな時でも冷静だった彼が、初めて激情を露にした瞬間だった。それが指摘に対して図星だと告げている。
「ずっと一人で、寂しかったよね」
「ボクの気持ちがわかるわけない」
「そうだね」
「……はぁ?」
そんなことないよ、なんて言葉が返ってくると思っていたんだろう。エイルはキョトンとしてこちらを見つめてきた。
「わからないよ。ボクはキミじゃない。話してくれなきゃわからない」
「……変な奴」
それから、少しずつ彼の態度は軟化していった。今では嘘のように明るく話してくれるくらいだ。時間はかかったけれど、ボクたちは親友になった。だけど、不思議とモヤモヤする気持ちが抑えられない。嬉しいはずなのに、親友“止まり”なのがなんだか寂しいんだ。
「フィー、どうかしたの?」
「あー……ホントにボク、学園生になったんだなぁと思ってさ」
「そう? フィーなら当然だよ」
「エイルのおかげだって」
ふふっと笑うエイルは本当に可愛い。学園で変な男に絡まれないか心配だ。
……エイルだって男なんだけど。
「ねえ、フィー。ボクの制服、なんか変じゃない?」
「んー……どこが? よく似合ってるよ」
「そうじゃなくて……このボタン見てよ。これ、絶対女子用だよ」
「よく似合ってるよ」
「フィー!」
怒った顔も可愛い。と思っていると鋭い蹴撃が飛んできた。心を読めるのかな。
男子と女子の制服はあまり違わない。ただ、ボタンの色が男子は青、女子は赤と決まっているのですぐにわかる。おそらくギルドカードを紛失していたために発注ミスが起きたのだろう。
「……どうしよ」
「いつもボクの彼女のフリしてるのに女装は恥ずかしいの?」
「……だって似合わないでしょ?」
気にするとこ、そこ?
「似合ってるって。可愛いよ」
「ホント?」
ボクは大きく頷く。
「ホントにホント?」
言ってしまえばボタンの色が違うだけなので似合うも似合わないもない。それでもボクは大きく頷く。
「じゃあ、いっか」
いいんだ。
「二人共、入学式に遅れるわよ」
ママの言葉で慌てて周りを見ると他の人達はみんないなくなっていた。
「ママ。今までお世話になりました」
「ボクたちがいなくなっても元気でね」
第一魔術学園に入学が決まったボクたちは施設を出て寮に入ることになっている。
「いつでも遊びにきていいのよ」
「はい、ママ」
一生の別れというわけじゃない。ボクたちは軽く会釈をして施設を後にした。
第一魔術学園は国で一番大きな学校だ。王城程ではないけれど、敷地も広く建物も大きい。圧倒されているとエイルに背中を押された。
「フィラン・メイ・スターリオです。こっちはエイル」
エイルは軽く頭を下げただけでボクの後ろに隠れた。
「ああ、君たちが首席と次席の子だね」
学園の入口には書類を持った教師らしき人が立っていた。エイルが首席なのは当然だと思ったけれど、まさかボクが次席だったなんて。
「君たちはSクラスになるからこのマントを羽織ってくれ。制服より強い防御魔術がかけられているから外出の時もなるべく羽織るように」
制御装置を付けている時点で魔力の測定は必要なかったし、座学では満点を叩き出したのだからエイルがSクラスに選ばれたのは当然のことなんだけど、ボクまで選ばれるとは。まあ、次席だったみたいだし当然なのかな。
Sクラスになると一年から魔物狩りに駆り出されることがある。それに、妬みから冒険者の攻撃を受ける、なんてこともあったらしい。それを防ぐためのマントだそうだ。
「同じクラスでよかったね。そうじゃなきゃやめてたよ」
「エイルは学園に通うことが国にいるための条件だったでしょ」
「そしたら二人で旅でもすればいいじゃない」
それも悪くないなと思ってしまったのは秘密。
エイルの実力は周囲に知られれば軍事利用されること間違いなし、という程のものらしく、それを防ぐためには「国を出る」か「学園で周囲の実力を知り、それに合わせるか」という二つの条件を提示されたらしい。
その時のエイルはボクを残して国を出るわけにはいかないと学園に通うことを決めたのだとか。ちょっと、いや、かなり嬉しい。そこまでボクのことを想ってくれるなんて。
「フィー、行こう」
エイルは何故か指を絡めてきた。
「……エイルは女子だったか?」
「そっちのミスじゃん」
「ああ……すまない。三日もすれば新しい制服ができるだろうから、それまで我慢してくれ」
「このままでいいよ。男か女かなんてどうでもいいし」
ぎゅう、と握られた手の甲にエイルの形のぽてっとした唇が触れる。
「そうか、二人はパートナーなんだな」
「……っ、フリです!」
この世界では同性愛者なんて珍しくもない。同性婚も認められているくらいだ。だけど、ボクなんかと“そう”見られるのはエイルにとって不愉快だろう。そう思って否定したんだけど。
「なにさ。ボクじゃ不満だって言うの?」
「そうじゃなくて……」
何故かエイルは頬を膨らませて手を振りほどいた。「やっぱりパートナーか」と変に納得している教師は置いておいて、さっさと先に行ってしまったエイルの後を追う。
☆☆☆
「……フィーのバカ」
こんなにアピールしているのに気付いてくれないなんて、鈍感にも程がある。
ボクは人間が大嫌いだ。だけどフィーは特別。ボクに偽善を押し付けなかった。ボクの気持ちを「わかる」と言わなかった。それから、ボクに愛を教えてくれた。だから、ボクはフィーのことが大好きだ。フィーの態度を見れば嫌われていないことはわかる。寧ろ好いてくれているんじゃないだろうか。それなのに、フィーは冗談だとばかり思って応えてくれない。仕方ないことだとは思うけど、ちょっとムカつく。
「エイル、待ってよ……っ」
必死に追いかけてくるフィーの姿を見たら、モヤモヤしていた心が少し晴れた。足を止めてちゃんと振り返る。
「じゃあ、ちゃんとパートナーの“フリ”、してくれる?」
「わかった」
フリでいい、なんて嘘。本当は……でも、それは今言っても仕方ないこと。だって、フィーには好きな人がいるんだから。今だけは我慢してあげる。だからね、フィー。
「ちゃんとボクを見て?」
隠し事をしているくせに、ちゃんと見て、だなんてバカバカしいけれど。
(愛してるよ、フィー)
☆☆☆
エイルのパートナー(フリだけど)になったボクはすぐに指輪を購入することにした。魔物狩りをしていたおかげでお金はあったし、何よりもエイルの喜んだ顔がすごく可愛かったから。
やけに喜ぶものだから、もしかして、なんて期待をしてしまったくらいだ。そんなことあるはずないのに。
「あ、見て見て。わたし、これがいいな」
「エイルに任せるよ。ボクはこういうの全然わからないし……」
「じゃあこれにしよ?」
小首を傾げるエイルはやっぱりすごく可愛い。店員の微笑ましげな視線と妬みの混じった視線が痛い。
「これください」
「はい。二万ガルドになります」
ギルドカードを水晶に翳す。この世界ではこうしてカードで買い物をするのが一般的だ。ギルドカードを持っていない人も住民カードというものを発行することが義務付けられていて、いわゆるキャッシュカードやクレジットカードのような機能が付いている。
「エイルは女の子に見られる方がいいの?」
「何で?」
「さっきも『わたし』って言ってたし、いつも男の人が絡んでくるとそう言うでしょ?」
そう言うと、エイルは小さく何かを呟いた。聞き取ることができずもう一度問いかけるけど、返事はない。
「もしかして、無意識だった?」
「あ……うん、そうそう」
絶対にそうじゃない返事だけどここは追求しないでおく。わざわざ機嫌を損ねさせる必要は無い。ボクたちは揃いの指輪を嵌めた手を広げた。この世界では男は右手の薬指に、女は左手の薬指に婚約指輪や結婚指輪を嵌める習慣がある。エイルは左の薬指に嵌めていた。やっぱり女の子に生まれたかったとか女の子になりたいとかそういう考えがあるんだろうか。別に偏見はないけどね。
「そういえば、エイル。今日の入学式、珍しく誰か見てたよね?」
「なんか変じゃなかった? 人間っぽくないっていうか……魔物みたいな雰囲気の人で」
「そう、だったかな?」
エイルが誰かに興味を示すなんて珍しいなとしか思ってなかったよ。
「まあ、悪意は感じなかったけど……実は魔人でした、なんてことになったら大変だし。それで観察してたんだよ」
「エイルの勘は当たるからね。なるべくそっとしておこう」
「同じクラスだけど?」
「わぁお」
ボクは多くの友達が欲しい。前世のような寂しい生活はごめんだ。だから同じクラスの人には声をかけようと思っていたんだけど、エイルが魔人かもしれないと言うならあまり近付くべきじゃないかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、ボクたちは寮に戻ることにした。残念ながらボクとエイルの部屋は別々。
「出かけていたのか?」
「うん、ただいま」
同室になったのはなんと、体液が空気に触れると宝石と化すという絶滅危惧種である『宝涙族』の少年、ドルチェだった。ちなみにエイルは首席特権で一人部屋が与えられたらしい。
「ボクはフィラン。フィーって呼んで」
「ドルチェだ。ドリィって呼ばれている。よろしく」
「ボクもドリィって呼んでいい?」
「どうぞ」
よかった、仲良くなれそうだ。
「フィーはSクラスなんだな」
ドリィの視線はボクのマントに向けられている。彼は一ランク下のAクラスらしい。召喚魔術が得意で魔術に関しては問題ないらしいけれど、座学が苦手だという。
「ボクでよかったら勉強教えようか?」
「いいのか? よっしゃあ!」
頷いてみせるとドリィはびっくりする程喜びの声を上げた。
「あ、でも勉強ならエイルにお願いした方がいいかな」
「エイルって……首席の?」
「そうだよ」
「知り合いなのか?」
「親友なんだ」
羨ましい、と呟く声が聞こえた。もしかして。
「……エイルは男の子だよ?」
「え」
やっぱり勘違いしていたらしい。女子の制服を着ているから仕方ないことだとは思うけど。あれ程可愛い女の子と親しいと言われれば羨ましがられるのは当然だ。ボクだってドリィの立場だったら同じ感想を抱いていただろう。
「紹介しようか?」
「いいのか!?」
さっきよりもずっと嬉しそうだ。エイルに『広域念話』で軽く用件を伝えてから二人でラウンジに降りる。基本的には姿が見える範囲でしか使えない『念話』だけど、魔物から奪ったそれはたまたま広範囲まで届く『広域念話』のだった。魔物は弱かったし、ラッキーだったなあ。
「『広域念話』ってキラーバットのスキルだろ。Aクラスの魔物じゃないか」
「そうなの?」
「危険生物対応学の教科書にも載ってるぞ」
「教科書は読んでないんだよね……」
エイルに教えてもらった方がずっとわかりやすかったし、彼はランクなんて気にせずに教えてくれたから。
「まさか、魔術展開学も学んでないのか?」
「そんなの、イメージでぽいっとすればいいだけじゃない」
「おいおい……嘘だろ?」
魔術陣がが使えないなんて、と驚かれたけどボクにとってはそれが当然なのでなんとも言えない。
「なんでそれで次席なんだよ。魔術展開学は必須科目だぞ」
「それはほら、一夜漬けで?」
「天才か」
魔術展開学と言うのはいわゆる魔術を展開するための基礎公式を学ぶためのもの。頭の中に浮かぶ魔術陣を丁寧になぞっていく、というものらしいが、ボクにはそっちの方が難しかった。そもそも魔術陣なんて覚えられない。
「エイル!」
名前を呼ぶと先にラウンジに降りてきていた彼が振り返った。
「フィー……と、その人がドルチェ?」
「ドルチェだ。ドリィって呼んでくれ」
「よろしくね、ドルチェ」
エイルは愛称で呼ばず、差し出された手も取らなかった。やっぱり人間嫌いは治っていないらしい。ドリィは少し悲しげに瞳を揺らしたけれどすぐに笑みを浮かべて『空間収納』から教科書とテストの解答用紙を取り出した。
「さっそくでなんなんだが、ここの問題について解説してほしい」
「……これだと魔術陣が切れているでしょ。魔術陣は基本的に一筆書き。だからこことここの回路を繋いであげれば魔力が通るの」
「ふむふむ、なるほど。ここは?」
「それは……」
エイルはボクに教えてくれたように丁寧に教えてあげている。こういうところがエイルのいいところの一つだ。
「なるほど、よくわかった。ありがとう」
「どういたしまして」
「フィーもありがとう」
こちらを向いたドリィを見つめるエイルの目が鋭くなった。
「今、なんて言った?」
「え、ありがとう、と……」
「その前」
「……フィー?」
次の瞬間、ドリィは床に蹲った。慌てて傍に寄ろうとしたが、それはエイルによって阻まれる。
「フィーって呼んでいいのはボクだけ」
それだけで攻撃するなんて。ボクはそう思ったけれど、ボクたちの指輪を見たドリィは納得したように頷いてから問いかけた。
「もう愛称で呼んだりしない」
「わかればいい」
いくら魔術制御装置を付けていても、鍛えられた体術は抑えられない。鋭い一撃を食らったドリィはしばらく立ち上がることができなかった。