序章
「はよーっす」
肩を叩かれて振り返る。そこには幼馴染みの姿があった。
「おはよう」
なんてことのない日常。しかし、それは一瞬で崩れ去る。
「っ、おい、あれ!」
幼馴染みが指差した先には、小さな男の子に向かっていく居眠り運転の車。考えている余裕なんてなかった。
「……、フィー!」
名前を呼ばれてハッとする。親友のエイルが心配そうにこちらを見つめていた。
「どうかしたの?」
「え、ああ……なんでもない」
なんとか笑顔を作ってみせる。彼は納得していないようだったけれど、それ以上追及してくることはない。
フィラン・メイ・スターリオ。それが“今の”ボクの名前。友人達にはフィーと呼ばれている。
「同じ学園に入れてよかったね」
「エイルのおかげだよ」
ボク一人では国立第一魔術学園になんて難関校に入学できなかっただろう。エイルはとても頭が良くて、魔術の才能も充分だ。ボクはというと、特殊スキルを持っているというだけであとは平々凡々。エイルには否定されるけど。王国一難しいと言われる第一魔術学園になんて入れると思わなかった。エイルが教えてくれたおかげだ。
「ボクはフィーと一緒にいたいだけだから」
「それでもだよ。ありがとう、エイル」
照れ臭そうに微笑むエイル。彼はよく女の子と間違えられる。だから。
「そこの嬢ちゃん。俺らと遊ぼうぜ」
こんな定型文も毎度の事。はぁ、とため息を吐いたエイルはボクの腕を掴んでにっこりと微笑んだ。
「わたし、彼以外に興味無いの。バイバイ、おじさん達」
「ちょっと、エイル……」
事実だもん、と悪びれもせずに言うのもいつものこと。そして、その言葉で男たちが激昂するのもいつものことで……。
「子供相手に刃物なんて大人げないですよ」
周りに人がいないことを確認し、あまりにも遅い攻撃に欠伸をしながら足をかけて転ばせてやる。ボクの持つスキルのおかげで手に入れた優れた『動体視力』だ。
スキルというのは二つに分類される。生まれ持つ【特殊スキル】と鍛えて手に入れる【通常スキル】。
ボクは『スキルイーター』という特殊スキルを生まれ持っていて、その効果は他者のスキルを食して手に入れるというもの。
「あまり美味しそうなスキルはないなぁ、これでいいか」
倒れ込んだ一人の男から『逃走者』というスキルを頂いておく。
「いつも思うけど、フィーのスキルって割とチートだよね」
「そうかなぁ?」
エイルの持つ『血液操作』の方が強そうだけどな、と考えながら男たちを見詰める。ステータスを覗くスキルを持ったらしい男はボク達をチラリと見てから残りの男たちに声をかけた。
「ちっ、逃げるぞ!」
「逃がさないよ」
エイルが首にかけられた魔力制御装置を外し、『血液操作』で作り出した鎖で男たちを絡めとった。
「なんで逃げられないんだ!?」
「そのスキルはボクが頂いたんで」
ご馳走様でした、と手を合わせる。その上で男たちに微笑みかける。
「食べたら無くなるのは当然でしょう?」
「フィー、怖いよ」
怖くないよ。男たちはあらかじめ呼んでいた兵士に連れられていった。
「そういえば、ギルドカード失くしちゃったんだけど」
「え、また?」
エイルはよくギルドカードを失くす。ギルドカードというのはギルドから発行される身分証だ。ボクたちは魔物を狩った実績があるので学園に入学する前から特例でギルドに登録してもらっている。
「あら、二人共。今日こそ依頼の受注かしら」
「今日もギルドカードの再発行です」
「やっぱり? そろそろ来るんじゃないかと思ってたのよね」
受付嬢のナナさんが困ったような表情を浮かべている。
「何か難しいクエストでも入ったの?」
やってあげてもいいよ、と腕を組むエイル。ナナさんは小さく頷いて、声を潜めながら一枚の紙を差し出してきた。
「これなんだけど……」
討伐任務だ。魔物のランクはSSクラスと書いてある。最上級だ。だけど。
「……レッドグリズリー? 雑魚じゃん」
「そう思ってるのはエイルだけ」
SSクラスの魔物を『雑魚』呼ばわりするのはさすがに言いすぎだ。
「ボクたちが討伐してくるよ」
「え、行くの?」
ボクの手持ちのスキルは心許ない。いざとなったら先程手に入れたばかりの『逃走者』で逃げることもできるけれど、それではエイルを守りきれない。
『逃走者』は逃走特化のスキルで、あらゆる攻撃から“自然的に”逃れる事ができるというものだけれど、スキルを持つ当人しか逃れられないのが欠点だ。
だから少しでもいいスキルを手に入れたいところだけどどうしよう。
「こないだスライム相手に苦戦していたっけ」
「あれはエイルが捕まるから……」
「他の人達もいるけど大丈夫?」
「いいよ。ボクは隠しているわけじゃないし。でもさあ……」
エイルは強さを“隠している”。そのため、他のパーティーと合同のクエストではほぼ街人と変わらない。その代わりにボクが強くならなくちゃいけないんだ。とはいえ、いきなりSSクラスは荷が重い。二人だけだったらいいんだけど。
「無理にとは言わないわ。できたら二人にも参加してほしいけど……エイルくんの強さが知れればそれこそ大事になるわ」
国家兵器並と言われている彼の真の実力を知るのは帝国全土を探してもほとんどいない。ボクだって知らないくらいだ。上層部が必死になって隠しているし、本人も“か弱い人間”を演じているから。
「さっきの男たちには知られちゃったけどね」
「また絡まれたの? あまり無茶しちゃダメよ」
「はーい」
エイルはのんびりと空返事をする。早く彼を守れるだけの力が欲しい。そうしないと、彼は。
「会えなくなるのは嫌だもんね」
「うん」
「レッドグリズリーなら『身体強化』くらい持ってるんじゃないかな。フィーには美味しいクエストだね」
「……それじゃあ行こうか」
スキルに釣られたわけじゃないもん!
「あ、フィランくん。ギルドカードを預かってもいい? 情報を書き換えるから」
「そっか、ボクも学園生になるんだ……」
なんだか実感がなくてすっかり忘れていた。エイルの分は再発行になるので、ボクの分のギルドカードを手渡した。
やってきた東の森では既に複数のパーティーが戦闘していた。若干押されているように見える。
「エイルは下がってて」
「え、なんで?」
「エイルは“弱い”んでしょ?」
「……むぅ」
拗ねた顔も可愛いなあ。なんて思っていると魔物に気付かれた。エイルの魔力は制御装置で抑えられているせいで“雑魚”認定されたらしい。こちらに向かってくる魔物の動きはそう速くない。落ち着いて対応出来る。
「行くよ、エイル。援護して!」
「おっけー」
任せといて、と意気込むエイルの手には銃が握られている。弾丸が魔物の右目を貫いた。動きが鈍った隙に『身体強化』を食す。
「ご馳走様でした」
こうなればただの熊と変わらない。エイルがもう一発弾丸を撃ち込んだところで一気に距離を詰め……顎を蹴りあげる。魔物は為す術もなくその巨体を倒した。
「後は任せます」
「え? あ、あぁ……」
先に来ていた人達が呆然としていたので声をかけると、何が起こったのかわからないような様子でとりあえず頷いていた。
「行くよ、エイル」
「スライムより早く倒すっておかしいでしょ」
「だからそれはエイルが捕まるからだって」
「だって美味しそうだったんだもん」
「スライムはゼリーじゃないから」
ゼリーだとしても道端に落ちているものを食べようとするなんてどうかしてるよ。
「ギルドカードを取りに行かなくちゃ。早くしないとママたちが心配するよ」
ちょっと出かけてくるとしか言ってないのであまり遅くなるわけにはいかない。
ママたち、と言っても本当の家族ではない。ボクの両親は事故で他界しているし、エイルに至っては故郷ごと近隣の国に滅ぼされたという。ボクたちは同じ孤児院で育った。そこの職員のことをママと呼んでいる。とはいえ、本当の家族といた記憶なんてないし、みんなが本当の家族のようなものだ。
「ただいま、ママ」
「おかえり。遅かったわね」
「ちょっと魔物を狩むぐっ」
エイルが余計なことを言おうとしたので口を塞ぐ。そこで思い出した。ギルドカードを取りに行ってない。まあ、悪用される心配はないから後でもいっか。
「魔物?」
ママの顔が厳しくなる。魔物狩りはママに止められているんだ。
「なんでもないよ、ママ」
にっこりと笑ってそう言えば、なんとか誤魔化されてくれた。
「明日から学園生活でしょう? 今日は早めに休みなさい」
「はーい」
「むー」
あ、ちょっと舌が当たった。