第1章〜出逢い・2〜
「再びただいま〜」
午前中よりも更に小さな声で言った。
時間的にはもう学校終わってるんだけど……だってさ、女の子背負ってんだもん!!
こんなの親父に見つかったら工具で殴られる。ってかもう限りなく全殺しに近い半殺しにされる。
こそこそと自分の部屋まで戻って、女の子をベッドに横にさせると盛大に深呼吸。必要以上にこそこそし過ぎて息するの忘れてた。
「あれ?なんだこれ」
よくよく見てみると、女の子の小さな手のひらには何かが握られていた。
「……セフィス?」
いや、違う?
無色のセフィスなんて聞いた事無い。
そもそもセフィスってのはグランディアにある特有の鉱物だ。要は自然の力が籠められた天然のエネルギー。石の色は中に籠められたエネルギーの色。水なら青色の石、と見た目で判るはずなんだが、今目の前にある石は無色。普通の石ころって考えるのが妥当なんだろうが、セフィスと呼ばれる石は普通の石と硬度からなにまで全てが違い、一目で判るのだ。だからこそ目の前にある無色のセフィスは異質だった。
好奇心とは恐ろしいものだ。触れなければ何も起きることも無いのだが、俺はその異質に興味を持ってしまった……そして無意識に、俺はその石に手を伸ばした。
だけどその手は、直前で止まった。
何故って?
決まってるだろ。
女の子が、女の子が目を覚ましたからだよォォォ!!!!
「ぁ、ぉ、おはよう」
至近距離で女の子と目が合っちゃった俺は、努めて冷静かつ爽やかかつ、でも絶対引きつってる笑顔を見せた。
「…………」
女の子無言。
彼女の眼はどこまでも、いっそ向こう側まで透けて見えてしまうかと思うほどに濁りの無い蒼。その眼が何の感情も見せる事無く、俺の引きつってる笑顔を見ていた。
……
…………
………………
「ブヮファァ?!!!」
無理ッス!!堪えられない!!
顔面から吹き出た汗と突如崩壊した引きつり笑顔。無表情だった女の子がちょっとだけ、本当にちょっとだけ目を大きくして驚いていた。
「あ、あのさ。君、どうしてあんな場所に寝てたの?」
「?」
こうなりゃヤケだと思った俺が質問を試みるも、無表情のまま。だけど、確実に分かりかねるという視線で俺を捉えていた。
「じ、じゃあさ。どこから来たの?」
この質問にも無言。そんなに教えたく無いと?
まあさ、いきなり知らない男の部屋に連れ込まれてるんだもんね。叫ばれなかっただけよしとせねば俺、本気で手配書の仲間入りだもんね。
でも、さすがに無言はツラいッス。よし、この質問で答えさせてやるぜ!!
「俺はソラ・フェアイト。君の名前は?」
いくら何でも、名前くらいは教えてくれるでしょ。これが俺の切り札。名乗られたら名乗り返せ!!それが漢だ!!
「……」
あ、やっぱり無言?
そういやこの子、女の子じゃん。漢じゃ無いじゃないですか?!
「アルト」
あっ、発声した。超可愛い声じゃんこの娘、いちいち可愛いなぁチクショウ!!
そうかアルトちゃんか〜
「アルト」
「あっ、ああ分かったよ。アルトだね」
「うん」
きゅるるる……
って可愛いくもちょい恥ずかしい音。
「あっ腹減ってたか。今飯とってくるからちょっと待ってて」
足早に部屋を出ると勢い余って階段から転げ落ちた。腰痛い……
「おうバカ息子。テメェ何してやがる?」
真上から降ってきた低音。気のせいでしょうか、怒気が含まれてる様な……
「親父……?」
恐る恐る顔を上げると、レンチで肩を叩いてる親父(何故か裸!!)がいた。
無駄にゴツい身体、あれの半分は職人魂で出来ているそうです。
「テメェ学校休んだんだってか?」
あっ、やっぱりバレてる。とりあえずアルトの存在には気付いて無いから最悪の事態にはならないか。
「頭が痛くてさ」
「頭が痛いやつがこんな時間までほっつき歩いたあげく、馬鹿みたいにうるせぇ音で階段から転げ落ちる訳無えだろうが、バカ息子!!」
殴られた。
頭蓋骨凹んだんじゃないかな。これ以上バカになったらどうすんだよ。
「あー痛てえ」
「るせぇバカ息子。今度やったら逆さ吊りだからな」
「勘弁!!」
今よりガキだった頃、イタズラする度に親父の仕事場――セフィスの工房――に足縛られて吊られたんだよ。以来トラガラ。違った、トラウマ。
親父が風呂に入ったのを確認すると(そのために裸だったのか)冷蔵庫を漁る。
男の2人暮らしなんて酷いもんさ。親父は料理が全く出来ない。俺は、ちょっとだけ出来るけど、今日は色々あって作ってる暇無かったしで、とにかく人前に出せる様な物は1つも無かった。
「あっ、バナナあるじゃん」
なんていい場所にバナナが……バナナはいいぜ〜栄養価高いし旨いし皮剥くし。
買いだめしといた缶詰めとバナナを持って部屋に戻ると、
「っ……!!?」
危うく叫びそうになった。
だって、アルトが俺の隠してたアレ本を見てんだもん!!
「終わった……何もかも、世界が白いぜ…………」
ガンッ、って。脱力した時に落とした缶詰めが足の小指に命中。
背筋に寒気が走るは足が痛いはそれ以上に心が痛いはで、レインよ、お前の占い当たってたぞ……
「?」
真っ白に燃え尽きた俺に気づいたアルトが、相変わらず無表情に俺を見つめる。いや、あんな本持ってた俺を軽蔑してるのか?
とりあえず、コミュニケーションを図ろう。まだ希望は残ってる、ハズ。
「あ、あのさアルト。飯持ってきたぜ」
「……」
俺撃沈。アルトさん、そんな瞳で俺を見ないで。スゲー罪悪感に苛まれて自分から親父に逆さ吊りを申し出たくなっちゃうから。
「お腹すいてるよね?これ食べていいから。じゃあ、俺下にいるから」
もう無理。堪えられないわっ。
逃げる様に部屋を出て行こうとしたけど、腕が後ろに引っ張られて失敗した。
「あ、あの〜アルトさん?」
無論アルトが無表情のまま袖を掴んでいた訳で。
「これ、どうやって食べるの?」
耳を澄ませてないと聞き逃してしまいそうなか細い声で言ったのだった。
「ああ、バナナはね。皮をこうやって向いて、中身を食べるんだよ」
この娘、バナナも食べた事無いのかな。
無表情だった顔が珍しい物を見た。
みたいなちょい驚いていた顔になってる。気がした。
「はむはむ……」
やべっ、可愛いし、なんか背徳感がひしひしと沸いてきまスた。缶詰め開けてとっとと出てこう。マジで犯罪者になりそッス。
「あのさアルト。親父に君の事がバレたら俺、死刑になるから、くれぐれも静かにしててね」
念には念を。出る杭は打て……なんか違うか。とにかく、アルトが明日の朝まで親父に見つからない様お願いして、俺は自室を後にしたのだった。
それにしても彼女は何者なのだろう。言葉は喋れるみたいだけど反応薄いし、滅多に話してくれないし、バナナを知らなかったし。
判らない事ばかりだけど、彼女が話してくれないとどうしようもない。何より今日は疲れた。これからの事を考えるのは明日にしよう。
あー後、俺のアレ本を見られた事だけど、保健体育の教科書だって言っちゃった。あながち間違っちゃ無い、よね?