名もなき街の仔猫
両足から大きな歯車が出て、カラスとやらを撃ち落としてほっとする間もなく、別な個体が複数でやってきた。
左右から来るのは開脚で対応したが、隙を狙って同時に三方から来られたのは、慌てて体を捻って避けようとしたが、偶然にも横に払う形で事なきを得た。
『意図してなくても、ちゃんと堕とすことが出来るのは才能だねー。こいつらの残骸は、ワシが処分しとくよー』
アイの声と共に地に落ちたカラスの骸は消えてしまった。
ゆっくり地面に降りるとすごく疲れていた。「なんで?」
『んー、それねーただの空腹感だよ。忘れてた?』
「えと、飛び上がる前に、しっかり食べたはずなんだけど」
『まだコスパ良くないんだよ。脚のギミックが非効率な動きしてるからさ』
なに言ってんのかよくわかんないけど「ふーん」と返した。
『ちょっと処理に行ってくるよ。食べるものをまた箱に入れておくけど、体になれるために外の広いところで歩いたり駆けてみたり運動しててね』
言ったとおり箱の中には食料があった。それも大量にあってとてもじゃないが今日中にはテペ切れないなと思っていたけど、体を動かしていたらすぐにお腹が減って、予想よりも早くなくなりそうだ。
何度目かの食事の後、アイが戻ってきて、『消費効率が良くなったからもうサポは必要ないみたいね。まあ余裕見て追加しとくから。ぢゃあ、立派にノラってね』と言い残して気配が消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗くなったり明るくなったりが何度かして、自分で食料の調達も出来るようになり、いろいろ動き回ってもそんなにお腹がすかなくなった。
下肢が突然異形になることも殆どなくなったこともあり、境内を離れ食料調達の途中で見かけた自分以外のネコにいろんな種別と模様も多種多様なのに驚いた。
だから拠点としていたここから離れることにした。
頭の中で合声音が『Curiosity killed the cat.』と鳴ったが、なんのことかさっぱりだ。
なんとなくだけど、一度は死んだ身、あと7回は死ねる。(*1)
また暗くなったり明るくなったりが何度かした。他のネコのマネをしてみたりなんども見かけるネコの動きをじっと見ていると、頭の中で『他個体の全身を見たことにより、一度見た模様に擬態することが出来ます』と合声音がした。
自分本来の模様は、姉と妹と同じ白地に明るい茶と黒い渕が所々にあるものだった。
どんな利点があるのか解らなかったが、面白そうなのでいろんなネコを観察しに行った。警戒心の強い相手だと追いかけ回されて、さっそく別な模様に変装したり、お腹がすくけどジャンプして逃げ切っていた。おかげでコレクションは20パターンは超える。
同類のネコ以外にイヌ、カラス以外のトリ、ニンゲン、よくわかんないものとか色々と観察したけどネコ以外の模様はマネできなかった。
なんとなく全身を黒くしていると隠れるのに都合がいいと解ってそうしている。頭の中の相棒が"黒猫"と教えてくれた。皮肉なことにカラスみたいだと口角が上がった。
食料の少ないところではそうでもないが、豊かになるほど他のネコへ縄張りを主張されることが少なくて見知った同じぐらいのカーストのネコから情報をもらえたりする。
棲みよいエリアとそうじゃないエリアを転々とする生活を続けて元いた田舎なところからずいぶんと町中へと移動していた。
陽も傾き今夜の塒を探して住宅街の道を移動していると、サーモグラフィを兼ねたナイトビジョンで人がやってくるのを感じ、今の模様が明るめの色だったので闇に紛れるようと黒に変えることにした。道端の電柱の陰に隠れる形で変わることにして覇気の無い男とすれ違った。
頭の中の声でオーラビジョンで男を見ると男の輪郭の中に小さな輪郭が見えた。だがそれがどうしたというのだろう。
飲食店裏は、営業を終わる二・三時間前が狙い目だ。仲良くなったこの周辺を塒にしている低いカーストの仔猫と勝手口ちかくで一鳴きか二鳴きをしてじっと待つのだ。気づいた誰かが出てきてまかないの残りとか残飯をくれることがあるのだ。あまり鳴きすぎると煩いからと追い払われることがあるので加減が大事だと学習した。
そして周囲を警戒してないとどこからか見られてて、餌にありつけたと思ったら上のカーストの奴らに追い払われて横取りされる率の多いこと。
老婆が営む通学路の雑貨屋兼駄菓子屋は子供達の姿が消える頃に行くと仔猫には少しだけどエサをくれる。
仲の良くなった同じ仔猫を誘ったらエリアの集会があるからと断られて自分だけで行くことにした。
行くと店内には店番の老婆しかいなくて、仔猫の姿を見るとエサを用意しにか奧へと行った。
入れ替わるように誰かが入ってきたが、子供なら弄られるのが嫌で逃げようとしたけどエサに未練もあるしで振り返ってみればシルエットは大きいので逃げないことにした。ただし棚の影から様子を見る。
見上げるとあの二重のシルエットを持つ男だった。警戒心が高まったかも。
男が棚のあちこちを見ながら幾つかのものに執着している様子だった。
上半身の動きにズボンの裾がひらひらしている。誘い出されつい出来心で、片腕でバシッと・・・
(視線を感じて見上げると男と交差したので、ミャーと一声聞かせて逃げずにどうどうと座ってやった。決してビビって腰が抜けたからではない。ネコ族たる者、視線を交わして一戦しない歴史はない。さあいつでも来い。しかし今じゃないことを進言しようではないか。だって、店主がエサを持ってきてくれたから施しを受けねばなるまい。まずは喰ってからだ)
なんか普段と違うゾーンに入ってた。
ときどき店主が自分のヒザをポンポンと叩くと、その時は今後のこともありご機嫌伺いにヒザに飛び乗るが今日は違っていたようだ。
男は、何点かの買い物を済ませて店を出て行くのをエサを咀嚼しながら眺めていた。
食い終わって店主に向かって、ニャーと礼を言って仔猫も出て行った。
塒を探して陽が沈んだ道を行くと、アリの何倍もあるおかしな隊列を見つけた。近い大きさにセミもいる。
跡を追いかけて一軒の民家へ入っていくのを見定める仔猫。
"日常380"の10話目サイドとなる部分を含んでいます。
ヘッドマウントディスプレイなAR用素も持っています。
この名も無き能力も未確認な仔猫、どなたか一夜の宿を与えてやってくださいませんか。
*1 名も無き仔猫は、自分は一度死んだと思っています。おぼろげな"死"という概念は持っていますが、どういうことかは理解していません。
そして"ネコは9つの魂を持つ"のことわざをスマホから知っただけです。