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魔法少女ナツメ  作者: ノキシタ改造計画
5/15

世迷い羊に翼はない(5)

現世は夢ーー。夜の夢こそ真ーー。

***





「ここは……」


落ちているのか、浮かんでいるのか……

広大な闇溜まりが横たわる虚空の通り道を眺める。開かれた扉を越えた先に……


夢の通い路(レテ)ーー〟


茫洋なる空間、闇溜まりが齎す大いなる圧力に晒され、皮膚の上から潰されそうになる。けれど、心に流れ込むのは哀惜の感情。物悲しいという取り止めのない気持ち。空っぽの器に止めどなく溢れ……ただ、押し流されないようにしっかりと繋ぐ。少女の、手のひらを通して繋ぎ止めている。そこには光を持たない熱が灯る。


「……ナツメさん。ナツメさんには大事なもの、譲れない何かはありますか?」


「……ソキアさん?」


「自らを賭して守りたいもの……私には、いえ、私にも有ると、そう願います……」


「ーーだから、守ってあげてください」


「……えと」


「私があなたに会いたかった理由です……」


そう言って、睫毛を俯かせるソキアさん。


銀色の髪を艶やかに揺らす。ーー大気が、遠くに近くに音を響かせる。広大な空間を背景に……いつの間にか、しんしんと溶け入る雪の様な粒が舞う。向かい風に乗せて、舞い上がり吹き付ける。


……滞る水の、混ざり合う微かな香りを運んでくる。


「……あれって、さかな?」


魚……のような無機物なにかが泳いでいる。細長い楕円に扇形の尾鰭を持つ。胸鰭はやや大きい。靡かせる尾鰭で闇溜まりを蹴る。まんまるおめめと、こちらに向かって顔を覗かせる。……見つめ合う不思議。


「魚……です」


ソキアさんが頷く。


頷くと同時に、足もとが俄かにざわめき立つのを感じる。


泳ぐ魚。下から、ひゅうっと伸ばす手に捕らえられる。

「ーーぎゅぷ」、捕らわれるままに呑み込まれてしまう。蠢く触手。


「……ナツメさん」

「ナツメさんは食べないでくださいね」


「えと、はい……」

「……食べません」


ソキアさんが微笑む。ヒトデの頭を優しく撫でながら、「口にすると忘れちゃいますから……」

何処とも知れない彼方遠く、不可視の境界近くを見つめる。


「あちらです」


そう言って、指差す先に歩を進める。


ーー跳ぶ。


「え、……?」


予感、が胸の内側を通り抜ける。

身体の中を、風に似た何かが通り抜ける感覚。ふと、そこにある大気が呟き声を発して。置き去りにされて、ぽつんと呆気に取られるよう浮び上る寂しさに包まれる。


一筋の渓流が、目の前で別たれ分岐するのを見つめている。


振り返って、あたりを見回し確認する。けれど、眼に映るのは黒檀の闇とその灰だけ。


「ナツメさん、見つけました」


渓流の向こうで、青白い光が燻っているのを目にする。

……異質な光。青白い中に、様々な色が混ざり合っているように見える。解離する光の白。


……アイツだ。


光は、解離する陰影のうちに、時折悲鳴を発するかのようにノイズを生み出す。騒ぎ出す闇の端に寄添い……


「こちらに、気付いているようです」


漏れ出すノイズ、『ーーーー』。


慎重に、ただ繋ぐ手のひらを放さずに近づく。頭上から足下へ、ひとところに流れる一筋の渓流を超えて……そこには、大気の香り、土の香り、鉄の香りと森の香り、水の香りと……様々な香りが溶け合っているのに気付く。暗がりに隠れた、この場は人気無い森の水場を映すよう。


『ーーここは、夢の通い路。物事の終わりが横たわる谷間……忘却と再生を繰り返す夢現の境界』


「ソキアさん……」


歩を進める先、戸惑いも新たに、仄めく光の周囲を見ると、新しく五つの影が現れるのを目にする。


ぼんやりとした淡い影。それぞれに三つの空虚な洞穴を持ち、本来は円いであろうその輪郭を今は秩序無く歪めている。

ーーそう、五つの影が声もなく叫んだ。


吹き付ける灰、暗がりが晴れる。


澄み渡る夜空が広がっている。

外気の洗礼を真正面に受けて、縦に下ろした横髪が流れる。


「…………、ッ」


はたはたとはためく羽織り(ブラウス)を抑えながら、自分は空の上に立っていることを知る。


……足元には魔法陣。夜空と夜天を映すガラス層の舞台裏で、腕を拡げて頑張るヒトデの姿が在る。


「見つかっちゃいましたね」

「でもそう、鬼ごっこは終わりの時間です」

「今度はこちらが鬼役、捕まえてしまいましょう」


「ーーナツメさん」


「はい……!」


槍を振るう、戦乙女の前に立つ。

淡い光が戦乙女を取り囲んでいる。翼を広げて、生命の形ーー鳥を模る光が五羽。付き従う、光の化身を正面に見上げる。並び立つ真白な月の影に目を遣り、眼下地表の陰に散らばる星々の灯りに目を移し、見渡す。波紋を残して、消えていく灯りが映る。


隣には、御伽の国の夢世界の少女。〝呪文〟を唱えると、呼び出す黒い塊を両手で操り、鳥形へと向けて「えい」と打ち出す。


打ち抜かれる鳥形。避けようと羽ばたく、けれど宙を舞うドレスに回り込まれ阻まれる。さながら舞踏のようにめくるめく翻るドレスに導かれて。数を減らして瞬く間に霧となる。散らす、黒い塊が光を吸い込みながら。〝……ァ、……ァアァアア、ァ……〟


飛来するドレス。弧を描いてくるくる回る。お辞儀をひとたび、夜空の大舞台を背景に側に来て語りかける。


『……オーナー』


頭の中に声が響く。

……可愛らしい声。でもどこか頼りない。


〝……魔法を使いますか?〟


「…………魔法、……」


それは、力ある言葉。瞬きの国へと齎された奇跡。〝……炎の魔法、投石の魔法、跳躍の魔法、……の魔法〟


ーー世界を作り変える。夢と現の境界を飛び越えて、行使する。


……刹那の、流れる時に願いを込めて。


「……いくよ。ジュリエッタ!」


宙を舞うドレスに頷き、走り出す。


……うつし世は夢。夢の中で私は駆け出す。けれど、夢ならきっと忘れてしまう。目覚めの眩しい光を浴びて。目醒めの冷たい水飛沫を浴びて。今この時を、繰り返す夜の出来事を忘れて……


ーーでも今、私は思い出した。


「……だから、ここは夢じゃない、現実ほんとう

「それなら、こっちでケリをつけるのが筋だよね」


握る手のひらを正面に構える。


不連続なうつし世を吹き飛ばす力。


滲み出す拳の暖かな熱量が、躊躇わず飛び込めと背中を押す。


「ーーオブセキュア!」


ソキアさんの魔法が雲間を疾駆はしる。

色濃い闇が蔦を這わせ、ともに駆け走る横を通り過ぎていく。ーー収束する闇。前方で影を結び、収縮する速度を超えて爆散する。渦を巻く大気、夜空を飾る大輪の華が戦乙女を包み込む。風を取り巻く茨の道を、光の槍が囲いを突き抜けるーー


ーーーー飛び込んで……ッ


「……あなたの居場所は此処じゃないの」


「ーーゆめに帰って、ーーーー」


拳を振り抜く。夜色の手袋を纏いーー

ーー熱量が弾ける。


〝ーー散乱する光〟


崩れていく乙女甲冑を目の端で追う。

吹き飛ばされる身体、それは自身のーー


浮遊感に身を任せて、手放す身体が夜空を下へと落ちていく。


……地上の星々へと吸い込まれるように。この身ひとつ、根差す明かりが日常のもとへと帰っていく。


『……ナツメさん、……ッ』


声が聞こえる。

透明な声。


……ソキアさん。


少し慌てている。今までにない声の表情。音の輪郭。大気の、慎ましやかな残響音に紛れて、月影の夢のもとへと遠ざかり消えていく。


「またね、ソキアさん……」


瞬く星々。手を振り別れを告げるかのように躊躇いがちに囁く。


(……お日様の、……そう、朝日の迎えが来たみたい)


……、…………。


第三話に続きます。

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