マク間 ー 隠れんぼ(2)
◆CAUTION!
▼クマ「この物語はフィクションです。良い子のみんなは真似しないでね」
✴︎✴︎✴︎
……造るって。
「……造るの?」
「私からもお願い……」
「これじゃ余りにもローリエが可哀想だわ」
じとっと見つめるリスとウサギ。
リスとウサギの目力が訴えかける。
「そうね……分かったわ」
「それじゃ、クマ吉くんを示す何か……持って来て欲しいの」
「分かる?」
にこにこ顔で走り寄る二匹。二つ並んだ雁首を揃えて。
「プドーレ君のこと?」
尋ね返すアリス。不思議そうな表情を作る。
「……そう、そうよ。プドーレ君の持ち物とか」
「それは無理よ」
片耳を折り曲げウサギさんが応える。
「プドーレ君って、頭一つ身一つのプーさんだもの」
「つまり……」
「体は大きな二頭身の子供ってこと」
「やれやれだわ……」とため息交じりで首を振るうローリエ。
「困ったわね」と途方にくれるふたりを目にして、「しょうがないかな」とアリスが応える。
「ナツメちゃん」
「あそこに、ハチミツの成る木があるんだけど」
「ハチミツの実じゃダメかしら」
「プドーレ君……いつも、『ハチミツの海で溺れるのが夢。こんな僕の夢応援してくれる?それは素敵ね』って、ひとり芝居掛かったこと口にしてたみたいだから」
「ちょうど良い機会かなって思うの」
「……リスさん」
リスさんが指差す木の方を見つめる。確かに、そこには大きなハチミツの実が成っている。黄色と茶色の波縞模様で、女王様とか住んでそうな木の実。
「ええ、プドーレ君らしくてとても良いと思うわ」
「……でも、取って来られる?」
おそるおそる二匹を確認。振り返って見れば……すっかり耳を揃えた二匹の頭が頼もしくも元気に飛び出していくのと、すれ違う。
「もちろんよ、任せて!」
ハチミツ取りを決行するふたり。仲良く、大きく育ったハチミツの実に挑み掛かる。
……大丈夫かな。クマ吉くんの素。
はじめに、枝葉を掻き集め山を作るアリス。積み上がった枝葉で飛び跳ねるローリエと遊ぶ。「ローリエの毛皮と同じくらいふわふわ……なんて、あなた……ローリエじゃない」。「何よ……」と飛び起き、木の枝をひっ掴み背を伸ばすウサギさん。「アリス……」、大の字に跳ねるアリスを払うと、そのまま木の枝を揺らしてどこかへと走り去っていく。しばらくして、うたたねを始めるアリスのもとに、四つ足をとんとこローリエが帰ってきて、「お仕置きよ……アリス」と燃え盛る木の棒の先端を押し付け、積み重なる枝葉に小さな山火事を起こしてしまう。黙々と揺らいで立ち昇る灰色の煙。大わらわで逃げ出すアリスを横目に、ずんぐり太った気になる木の実を灰色の煙が順繰り燻していく。
「なんてことなの、なんてことなの」
「ローリエ、あなた……なんてことするの」
「なんてことはないの、アリス」
「上を見なさい」
「そろそろ頃合い」
「最後の仕上げよ」
煙に巻かれたハチミツを指差す。そこには毒気混じりの靄が吹き出し、何やら戸惑いを露わにピイピイ騒ぎ立て未練がましくも啜り泣くそれの様子が目に映る。恨めしい様子で散り散りに離れる靄。
散りばめられた靄霞の間から、何とはなしにアリスが顔を出す。ハチミツの実が成る枝葉の根元で、前歯をがじがじ恨めしそうに奥歯を鳴らす。揺れる木の実。齧られた根元から、あんよで踏み折り叩き落とすアリス。「おかえしよ」とローリエ目掛けて尻尾を回し、枝葉を撒き散らして宙返りを決める。
「やるじゃないアリス。なかなかだわ」
ぎちぎち傾き、こてんと落ちるハチミツ。
ころころ転がり足元で止まる。毒気を抜かれて差し出されたその実。
「「ナツメちゃん」」
二匹揃って名前を呼ぶ声。
「ハチミツの実よ」
「これでどうかしら」
黄色と茶色が波打つ木の実。どことなくそれはあのクマを思い起こさせる。ゆらゆら揺れてぐでんと寝転がり……
「ええ……」
「ウサギさんもリスさんも、有難う」
「良くやったわ」
……毛並みを揃えて丸くなるクマ吉くん。腕に抱くのはウサギさんのそれ。
「……それじゃあ早速」
「まずは……移動ね」
「ついて来て、ふたりとも」
踊り明かす影の囃し声が響く。影に落とした苦悩を洗い流す火。聞きながら、眠らずの森のけもの道を歩く。
✴︎✴︎✴︎
ーー鏡も溶け出す水生みのほとりにて。
でんぐり返る木の実を前に。
……ウサギさん。
「あなたが落としたのは……」
「毛並み艶やかな綺麗なプドーレ君?」
「それとも、肉体美溢れるワイルドなプドーレ君?」
「これは何かしら?」と首を傾げてウサギさんが尋ねる。隣で、驚いたように目を丸くするリスさんの姿。何か、言いたそうな目を向けその視線で告げてくる。
「そうね」
「……様式美というものね、きっと」
「様式美?」、再度首を傾けウサギさんが応える。「そう、様式美なの。分かって貰えて嬉しいわ、ウサギさん」。納得したのか、そっと頷き顎を引くウサギさんを目にする。教え諭すのはとても大事。丸くする目の、様子を伺うリスさんも同じく。
「それで……」
「……ウサギさんが落としたのは、どちらのプドーレ君かしら?」
ゆっくりと見つめてウサギさんに問いかける。
「落としてないわ、自分から落ちていったの……」、耳を塞ぎ込んでウサギさんが呟く。小さく折りたたんだ身体とその耳を震わせて。
「私が落としたのは、自分に素直で綺麗なプドーレ君だわ……」
「ごめんね、プドーレ君……」、顔を背けてウサギさんが声を漏らす。「そうなの……」と足許で懺悔するウサギさんの言葉を聞き、「もう十分ね……」と小さく強張ったその身を撫で上げる。白くてふわふわで艶々な毛皮。「もういいの、大丈夫。任せて……」、顔を上げるウサギさんを視界に入れ、そうしてゆっくりと堪能し……その身を曇らせる苦悩に浮かんだ靄を肩代わりする。
「そのままとはいかないけど」
「私が……」
「そう……」
この世界の雲間に差し込む、想像を歌う天啓の光で……
「でんでんでんぐり返って」
「生まれ変わるの……」
「プドーレ君!」
「光よ……」
「ただそこに在って……」
「ーーーーエンバディ!」
ハチミツの実に降る創造の光。
空から差し込み、ひとつに束ねられる。
黄色と茶色の輪郭が跳ねて。
こっちは何かな……小さな耳。
そっちは何だろ……慎ましい手脚。
あっちはそうね……大きなお目め。
みるみるうちに生き物を形作る。
黄色と茶色のマーブルに惹かれて。
出来上がるのは新しいプドーレ君の似姿。
「プドーレ君?」
「……プドーレ君なのね!」
堪え切れずにウサギさんが飛び出す。
光の周囲をとんとこ跳ね回る。
「あなたの名前、教えてくれる?」
光が収まり、顔を出す子グマ。
スモールサイズで可愛らしい見た目。
光を捉えた大きなまなこに、くるり巻かれた睫毛を揺らす。
……プドーレ君?
「私はヘレン」
「私はクマノミ、隠れんぼが得意……」
……やっぱり、この子。男の子じゃない。
……メスだ。
「そうなの……」
「あなた、ヘレンっていうの?」
「女の子ね」
「丁度いいわ」
「女の子のお友達が欲しかったところなの……」
「プドーレ君……」
「いえ、ヘレンちゃんよね。私はローリエ……」
「アリスもいるわ」
「ナツメちゃんが貴女を造ってくれたの」
「私も頑張ったのだけど……」
「そうだわ」
「今夜は貴女の歓迎会ね」
「こちらで一緒に仲良く踊り明かしましょう」
とことこ無邪気に肌を寄せるふたり。
笑顔を浮かべるウサギさんに連れられ、内気な様子の子グマを見送る。
隠れクマの子ヘレンの誕生。プドーレ君とは異なるプドーレ君の新しい現し身。でも、プドーレ君のこころはそこには無い。プドーレ君のこころは一体何処へ……
……ウサギさん。
……これで、ウサギさんは良かったのかな。
「なんてことなの、私ったら……」
「大変なことをしでかしちゃったわ」
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「「……なづめ゛ちゃん」」
「酷いよ」
「「僕がい゛るのに゛」」
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【登場人物紹介】
ヘレン:隠れクマの子のヘレン。その身その心は何層にも重なるハチミツで出来ている。生わたは黄色。隠れんぼが得意。内気な性格。
【これまでの魔法】
エンバディ:創造具現結露の魔法。呪文詠唱有り。
マルディグラ:虚影を洗い流す篝火の魔法。夢世界にて。呪文詠唱有り。
エンチャント:基礎魔法。
本編に続きます。