悪役令嬢は、幽体離脱する。
悪役令嬢シリーズ、第4弾です。
4日連続の短編投稿!今日は無理かと思いましたが、なんとか間に合いました( ^ω^ )
よろしくお願いします。
「殿下! 大変です! 只今学園から伝令があり、アレクサンドラ様が、寮の自室で毒を煽られたそうです! 一命を取り留めたそうですが、意識が戻らないと……」
王宮の第1王子専用の執務室に、真っ青な顔をした侍従が飛び込んできた。
アレクサンドラとは、我が国宰相の娘で、公爵令嬢であり、俺の政略で結ばれた婚約者である。
「……そうか、少し一人にしてくれないか」
誰も部屋に居なくなったのを確認し、重厚な机に肘をつき手の甲に顎を乗せ、俺は目を伏せ、深く息を吐いた。
―――婚約者が毒を煽ったのに、随分冷静だって?
別に冷静なのは、王族で鍛えられたからではない。
ゆっくり目線を上げる。何もないはずの空間に向かって、語りかけた。
「で、なんで、お前はそこにいるんだ? アレクサンドラ」
そこにはうねるような黄金の髪に、エメラルドのような煌めく緑の瞳の美少女が立っていた。
学園の制服に身を包んだその体は、半分透き通っている。
「さぁ?気が付いたら、ここにいただけなのですが……。大体、私は自ら毒を飲んだ覚えはありませんわ。例え貴方に婚約破棄されたとしても、私の性格上、そんなことをする訳がないでしょう?」
プンプンと頰を膨らませ、怒っているようである。
そんな彼女に、何か少し違和感を覚えたが、それより別のことが引っかかった。
俺達は政略により6歳の頃より婚約していたが、今や完全に冷めきっている。
14歳から学園に入学し、そこで俺はマリアという一人の女性に出会った。
マリアは12歳まで母親と市井で暮らしていた。その母親が亡くなり、男爵の落とし胤と判明し、男爵家に引き取られた娘である。
貴族令嬢にはない、無邪気で真っ直ぐ純粋な性格はとても魅力的で、その笑顔はとても眩しかった。
正直、俺も惹かれている。
だから、自然に彼女と過ごす時間が増え、周囲がそろそろ婚約破棄をして、マリアに乗り換えるのではないかと噂していたのも知っている。
―――やはり、婚約破棄の噂はアレクサンドラの耳にも入っていたか。
「婚約破棄のこと、知っていたのか?」
「あれだけ噂になっていて、知らないはずがないでしょう! 私が気にしないと思って!? 頑張って平気なフリをしていたけど、 私、すんご〜く傷ついたんだから!」
目をウルウルさせて、泣きそうな表情である。
(ん?)
今度ははっきりと違和感を覚える。
―――アレクサンドラは、こんなに感情豊かな話し方をいつもしていたか?
まるで昔のアレクサンドラのようである。
まだ仲良かった幼き頃の……。
アレクサンドラと出会ったのは6歳の頃。
お茶会で、王妃である母から初めて紹介された時は、なんて可愛い子なんだろうと思った。
「マクシム、宰相の娘のアレクサンドラよ。今日は私のお茶会に招待して来てもらったの。貴方と同じ6歳だから、一緒に遊んで来たらどうかしら」
アレクサンドラは、ピンクのフワフワしたドレスをぎゅっと握りしめ、興奮しているのか、目をキラキラさせて、頰を真っ赤に染めて、俺に話しかけてきた。
「私、絵本を読みましたの! マクシム様は絵本に出てくる王子様みたいです! お姫様は、白馬の王子様と結婚するのです! 私はお姫様になるのが夢なのです! 私、淑女になるための勉強、いっぱい頑張るから、マクシム様、私と結婚してください!」
その無邪気で微笑ましい告白に、母を始め、その場は笑いに包まれる。
母も彼女をとても気に入ったらしく、結局、気が付いたら、本当に婚約者になっていた。
それからしばらく何年かは、仲良く一緒に遊んでいたはずだ。
すっかり忘れていたが、昔の彼女はとても感情豊かで、表情がクルクル変わっていた。
―――今のマリアのように。
いつの頃からだっただろうか、彼女を愛称で呼ばなくなり、彼女も俺を「殿下」と他人行儀によぶようようになったのは。
俺は帝王学を、彼女は妃教育を本格的に学ぶようになった10歳頃だっただろうか。
それまで見えていた彼女の気持ちが、徐々に、そして全く見えなくなってしまった。
彼女は最初の宣言通り、淑女としてはもちろん、次期王妃としては完璧になったが、常に次期王としてのプレッシャーがかかる俺にとっては、息苦しいだけの存在になってしまった。
学園に入学してからは、マリアからアレクサンドラに見下され、いろいろ陰で虐められているという相談を受け、ますますアレクサンドラに対する気持ちが冷めていった。
父である王を説得しないといけないし、宰相を敵に回すリスクもあり、なかなか腰は重かったが、婚約破棄をする気が全くなかったといえば、嘘になる。
「……悪かった。とりあえず学園に戻ろう」
ここにいても何も解決しない。とりあえず、学園に戻ることにした。
王宮のすぐ横にある、王立フラデリア学園。貴族の子女が、14歳から16歳まで通う学園で、俺もあと少しで無事卒業予定だ。学園卒業後、アレクサンドラとの結婚話がいよいよ本格的に進む予定であった。
現場である彼女の寮の部屋に向かう。俺は警護の関係で、王宮からか学園に通っていたが、大半の生徒は寮で生活している。
扉の前には人だかりができている。
1人のピンクブロンドの学生が俺に気付き、走り寄って来た。マリアである。
「マクシム様!マリア、恐かった〜」
そう言って、いきなり胸に飛び込んできた。
隣にいたアレクサンドラが微妙な表情を浮かべている。
「マリア、何も悪いことしていないのに、マリアが悪いって皆が言うの。最後に会っていたのが、マリアだから……」
目を潤ませたマリアが、上目遣いで縋ってくる。
「マリアがアレクサンドラに最後に会ったのか?」
「だって、だって、マリア、ずっとアレクサンドラ様に虐められていて悲しかったから、アレクサンドラ様に虐めるのはもう止めてくださいって言おうと思って……」
そうなのか? という確認を込めて、隣のアレクサンドラに視線を送る。
もちろん、俺以外には、彼女の姿は見えていないようである。
彼女は悔しさを滲ませた表情で首を横に振る。
「そもそも私は彼女を虐めたことなんてありませんわ! 彼女とはずっと別のクラスだし、ほとんど接点もございませんもの。私にだって矜持がありますわ! 虐めなんて卑怯な真似、絶対いたしません! マクシム様はどうしていつもマリアの言うことを聞いて、私の言うことを聞いてくれないのですか?」
その綺麗なエメラルドの瞳から、涙がボロボロ流れ落ちる。
―――いつだって、お前は言い訳するでもなく、無表情で短く否定するだけだったから、信じられなかったんだ。
いたたまれなくて、アレクサンドラから思わず目を逸らす。
「アレクサンドラは、今どこに?」
「いやっ。マリアを置いていかないで!マクシム様、側にいて!」
他の生徒が、アレクサンドラは扉の中で医師の診察中だと教えてくれた。
泣いて縋るマリアを置いて、中に入る。
そこには穏やかに眠るようなアレクサンドラと学園長と医師がいた。
「殿下!」
真っ青な学園長が、慌てふためく。学園内の不祥事だ。どう責任を取らされるかで、頭が一杯なのだろう。
隣の静かな医師と対称的である。
「殿下、アレクサンドラ様は毒に耐性をつける訓練をされていたため、命には別状はないようです。残っていたティーカップから毒の種類が分かりましたので、解毒剤も飲ませましたし、後は意識が戻るのを信じるだけです」
「……そうか。しばらく2人にしてくれるか? 学園長は宰相に連絡を」
学園長と医師は、すごすごと部屋を後にした。
「で、お前は毒を飲んだ瞬間は思い出したか?」
「ですから、私は毒を飲んでおりません! マリアと話す時に、お茶を飲んだだけです!」
「マリアとは、何を話していたんだ?」
ぶぅっとむくれたアレクサンドラが、説明する。
幽体は精神体だから、感情が出やすいのだろうか?
どうも、先程から幽体の方が、表情や感情が豊かになるようである。
「マリアに言われました。マクシム様とマリアは真実の愛で結ばれる運命だから、もっと気持ちを露わにして、マリアに嫉妬するようにと。今の私では、嫉妬が足りないから、ストーリーが進まないとか何とか、訳が分からないことをおっしゃっていましたわ」
「虐めないでくれではなく、もっと嫉妬しろと??」
「そんなこと、無理なのに……」
アレクサンドラが悲しそうに目を伏せる。
「それは、嫉妬をするほど、俺に好意がないということか?」
「違います! 本当は、本当はっ、私、マクシム様が大好きなのです! 私、婚約破棄なんて、されたくない! でも、約束したでしょ? 私はマクシム様の横に立つために、立派な妃にならなくてはいけないっ。妃は感情を表に出してはダメなんです!」
感情的に叫んだかと思ったら、アレクサンドラは膝から崩れ落ちた。
「今がもう精一杯なんです……。限界です……。これ以上、嫉妬してしまうと、もう自分を止められない。そんな醜い私をマクシム様に見せたくない……」
顔を伏せ、囁くよう呟いたかと思ったら、刺すような真っ直ぐ強い決意を込めた瞳で、アレクサンドラは俺を見た。
「私の目が覚めたら、マクシム様、婚約破棄しましょう」
目に涙を溜めたまま、アレクサンドラがゆっくり微笑んだ。
その微笑みは昔のままだ。俺がまだ確かにアレクサンドラを好きだった頃の……。
胸がぎゅっと苦しくなった。
―――俺は彼女の一体何を見ていたんだ?彼女も俺と変わらない。立派な王になるため、自分ばかりが苦しいと思っていた。彼女だって、同じくらいずっとプレッシャーを感じていたはずなのに!
俺は自分の拳を握りしめた。
―――本当は俺が彼女を甘えさせてやるくらいでないといけないのに、俺は、どこまで彼女に甘えていたんだ!
とにかく自分が情けなかった。きっとマリアに惹かれたのは、昔のアレクサンドラに似ていたからだ。
俺ははっきり自覚した。
「許してくれっ」
吐き出すように言った瞬間、アレクサンドラの姿がすーっと消えてしまった。
「アレクサンドラ!?」
ベッドで横たわる彼女に目をやると、彼女はまだ眠ったままである。
その時、扉が開いて、マリアが飛び込んで来た。
「マクシム様! もうアレクサンドラ様は目を覚まさないんでしょ? これからは、マリアがずっとお側でマクシム様の心の傷を癒してあげます!」
冷静になり、私の頭もようやく回るようになってきて、1つの答えに辿り着いた。
「マリア、お前がアレクサンドラに毒を飲ませたのか?」
自分でも、信じられないような低い声が出る。
「何を言ってるの?マクシム様! マリアがそんなことする訳……」
「最後に彼女が飲んだお茶に毒が混入していたそうだ。お前も一緒に飲んだのだろう? 何故お前は無事なのだ?」
無表情のまま、マリアに問う。
「そんなの知らないっ!マリア、関係ないっ!」
「では、質問を変えよう。なぜ、アレクサンドラに、もっと嫉妬してくれと頼んだんだ?」
マリアが目を見開いた。
「何故それを……?」
「マリアが何をしても、俺は絶対にアレクサンドラと婚約破棄しない」
俺は冷たく言い放った。
マリアの表情が醜く歪む。
「あと少しだったのに! アレクサンドラがちゃんと嫌がらせをしてくれないから、上手くいかなかったのだわ! マクシムがいつまでも婚約破棄に煮え切らないから、アレクサンドラを消して、落ち込んだマクシムの心を癒して、私に落とそうと思ったのに! 何? これ、バッドエンド? 冗談じゃないわっ! こんなのリセットよ!」
マリアは訳の分からないことを喚いている。
「衛兵!」
扉の外に控えていた、私の護衛がマリアを捕らえ、暴れる彼女を外に連れ出した。
ゆっくりアレクサンドラの枕元に近寄り跪く。
「アレクサンドラ、頼むから目を覚ましてくれ……。これからは、俺ももっと自分の気持ちを伝える。アレクサンドラももっと自分の気持ちを教えてくれっ!俺は本当のアレクサンドラをもっと知りたい!」
願いを込めて、アレクサンドラの手をぎゅっと握りしめ、そっと手の甲にキスをする。
するとアレクサンドラの目が、ゆっくりと開いた。
「で、婚約破棄はどうしますの?」
彼女はニヤリと俺を見た。もう以前の表情の変わらない彼女ではない。
思わず、アレクサンドラをぎゅっと抱きしめる。
―――もう二度と間違えない!
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