ある作家の苦悩
ある作家の苦悩
雪が降り積もる中、私は地図を見ながら1時間ほど歩き目的地に到着した。
彼から届いた手紙には「着いたら勝手に入っていいよ」と書いてあったので、帽子を取り雪を払って、一応ノックをしてから入った。
中には1人の青年が木製の椅子に座っていた。
―――――――――――
……やぁよく来たね。待っていたよ。
今ちょうど僕の作品がひと段落したところなんだ。
書き始めたら時間なんてあっという間だね。
……さて、取材はもう始めるのかい?
できればコーヒーを淹れてからでもいいかな?美味しいよ?砂糖もミルクもあるし。君もきっと満足するだろう。
うん美味しいね。やっぱりコーヒーは最高だ。君も美味しいかい?
…よかった。外は寒いからね。これで体も温まるだろう。
まったく、書く力はつかないのに、コーヒーを淹れる力だけはつくんだから、参っちゃうよ…
さて、それじゃ取材を始めよっか
……自分の作品は『面白い』と思うかだって?
ふふっ、当たり前じゃないか。僕はいつでも自分の作品が1番だと思っているよ。
いいかい?自分の作品が一番『面白い』と思うようにするためにはね、読んでいる他人の作品を『つまらない』と思えばいいんだ。
その作品に出てくる登場人物を、景色を、文の構成を、語り方を『つまらない』と思えばいいんだよ。
ね?簡単でしょ?
でもね、それでも… 面倒なことに、やっぱり本能で、感覚で「負けた…」と思える作品が出てくるんだ。
どんなに駄作だと思いこもうとしてもね。
その作品を『面白い』と思ってしまうし、強い敗北感を抱いてしまう。
だから、僕はその作品に勝てるような作品を書かなくちゃならない。
その作品に勝てるような登場人物を、景色を、文の構成を、語り方を書かなくちゃならないんだ。
おかしいと思うかい?才能という崇められるものに、努力という蔑まれたもので挑むことが。
…僕?僕はおかしいとは思わないよ。
君は?
…そうか
…あなたが最後に「負けた」と思ったのはいつかだって?
昨日だ。
あぁ、負けたと思ったよ。彼の、彼らの文章は素晴らしい。
僕は彼らには勝てないだろうね…。
コーヒー飲むの早いね。もう一杯飲む?
…それじゃ少し待ってて。
…どうぞ、さて、では途中から。僕は彼らに勝てないと言ったがそれは今の話だ。未来の僕は必ず彼らを超えてるさ。
だから、僕は今日も書くんだ。
その未来が一日も早く来るように。
今彼らが怠けてるうちに、ベットで眠っていたり、食事をしていたり、トイレで用を足したり、セックスをしている時も…
なんでもいい。彼らが書いてない時に書くんだ。
彼らに追いつけるように。彼らに追いつかれないように…
だから毎日書いているよ。
読んだ作品のほとんどに「負けた」男だ。
才能のない僕は書くしかない…
君もこの仕事が終わったら、早く帰りなさい。
早く帰って次の仕事を取るんだ。他の人が何もしてない時に、「君だけ」がやるんだ。
さて、少しだけだったけど何が得るものはあったかな?君の好きなように記事にしてくれ。
なんだい?悩んだ顔して。
…本当になんでもいいよ?なんなら見出しが「自画自賛の男」とかでもいいし。君のところの新聞は大きな影響力を持っているからね。どんな形であれ名前が売れればそれでよしさ。
さて、外まで送るよ
こんな僕を取材してくれてありがとう
次は『面白い』作品を書く僕じゃなくて、とても『つまらない』作品を書く彼らを取材するといい。
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最後に皮肉(?)を言って彼は外まで送ってくれた。
帰り際に窓から家の中をちらりと見てみると、彼はすでに机に向かって何かを書き始めていた。