4 勇者に見捨てられた勇者
翌日は朝から晩まで馬車にゆられ、野営して一泊。その翌日も馬車にゆられること半日。よくやく目的地に到着した。
しかしこんな平野で何をするつもりなのか?
ただただ広い草原に降り立った俺たちが途方に暮れていると、一際豪華な馬車から出てきた来栖が、随伴している騎士を従えて俺たちの前で立ち止まった。
「長旅ご苦労だったな諸君」
「なんでお前が偉そうに労ってんだよ?」
「天沢……口を慎めと言いたいところだが……まあいい」
何故だか俺に憐れみの視線を向ける来栖。嫌な予感しかしないな……。
そしてその予想はすぐに当たった。
「これからお前たちにはここで……殺し合いをしてもらう」
はぁ? 誰もがそんな表情を浮かべていた。そりゃそうだろう。気でも触れたのかと思わないわけがない。しかしまわりの騎士団員は顔色一つ変えていなかった。つまりそういうことだ……。
それでも確認はするかね……一応。
「来栖さぁ……そんな古いネタで笑いをとれるのはオッサン世代だけだぞ」
「お前ならそういうツッコミを入れてくると思ってたよ天沢……だがこれは冗談じゃない」
来栖が手をかざす……俺に向けて。その掌から生まれた火の玉はバスケットボールほどの大きさまで膨らむと――。
「汝の敵を焼き尽くせ――ファイヤーボール!」
その魔法は躊躇なく放たれた。空気を飲み込み更に膨らんだそれは俺の目の前で爆発した。濛々とたちこめる土煙の中に悲鳴が飛び交う。誰も来栖の狂乱に驚き怯えていた。
「弱くて幸いだったな……天沢」
土煙が晴れた先にはニヤニヤと笑う来栖の顔。無傷の俺はじっと奴の顔を見据えた。
「下手に動かれて当たったらどうしようかと心配したぞ」
「なら撃つなよ」
「ふん……まるで動じてないフリしやがって……そういう態度がムカつくんだよお前は」
今度は心底不愉快そうに顔を歪める。忙しい奴だ……。
「だが心配するな。俺はお前を殺さない。何故なら俺様の参加は全滅を意味するからだ」
「殺し合いじゃなかったのかよ?」
「殺されるのはあくまで……一人だけだ」
「なんだそりゃ? 生贄のつもりか?」
「察しがいいじゃないか……天沢」
来栖が大げさに両手を振り上げる。
「この場所は別名『試練の丘』と呼ばれている」
「試練か……何をとは聞きたくないな」
「ちゃんと説明してやるよ。ここは歴代の勇者たちが高みを目指すために覚悟を得るための聖地。この試練を乗り越えることでお前たちは本当の勇者になれる」
「人殺しが試練だと?」
「そうだ。歴代の勇者たちもお前たち同様に人殺しを忌避していた。魔族は人の形をした化け物だ。このままではいざ対峙しても本来の力を発揮できない。俺様ぐらい圧倒的な実力差があれば手加減もしてやれるが……お前たちでは難しいだろう。すなわちそれは……死に繋がる」
「なるほど……だがそれならその辺の野盗でもいいんじゃないか?」
「俺様も最初はそう思ったよ。だがな、天沢……それでは駄目なんだ」
「駄目……とは?」
「歴代の勇者たちの中には……裏切り者がいたんだ」
「裏切り者?」
「そうだ。魔族にかどわかされて人間に敵対した勇者がいたんだよ。それは一度だけではなく何度も……何度も……何度もな」
「それで?」
「察しが悪いな……それとも気づかないフリか? 必要なのは結束だ。同じ試練を乗り越えることで絆が固く結ばれる」
「それで裏切り者がでないと?」
「そうだ」
「なるほど……どこかで聞いたような話だな……ああ、そうかそうか……まるで――いじめだな」
「おい……そんな低俗な例えはやめろ!」
「事実だろ? 誰か一人を生贄にして場を鎮める。全員参加させれば罪悪感から裏切り者? まっとうな奴が逃げ出さなくなるわけだ」
「だからやめろと言っているだろう!」
「いじめられてた側のお前がいじめる側にまわれてさぞ愉快なんだろうな――来栖!」
「そうじゃない! そうじゃない! そんな下等な人間と俺様を一緒にするな!」
「もういいやめろ!」
割って入ってきたのは大河だった。もう少しだったんだがな……。
「あきらめろ天沢……これは王の勅命だ。この試練からは逃げられない」
「なるほどね……王国の意思か。まあ召喚した勇者が裏切りったりしたら他国に示しがつかないだろうしな」
「そういう話じゃない!」
「図星だろ? 朝倉が元気にしているといいな……大河」
「――ッ!」
さて……こいつは黒か白か?
大河が剣を抜くと俺に向けた。
「貴様も勇者なら抵抗してみせろ……」
「そのほうが罪悪感が薄れるからか?」
「――ッ!」
これは白かな――。
「てめえ! 朝倉に何しやがった!」
鬼頭か……。剣を抜き近づてくると――雑魚は逃げな、と擦れ違いざま囁いた。
おいおいマジか? 急に優しくなりやがって……実はいいやつとか反則だろ。これじゃあ余計に逃げづらいじゃないか……。
「どけ鬼頭! もとはといえば天沢が余計なことを吹き込んだから朝倉は――」
「どうせ身から出たさびだろうが! てめえみてえなたらしは気に食わねえんだよ!」
「女だからと……甘やかしてやっていたらつけ上がりやがって!」
「はっ……ようやく本性あらわしやがったな屑野郎!」
「言っておくが試練の犠牲は一人と決まっているわけじゃない……丁度いい。女子の犠牲はお前が担当だ。嫌われ者のお前ならみんなも遠慮なく切り刻めるだろうさ」
勢いとはいえ、大河の覚悟が決まったのだろう。正眼に構えた大河の剣は、容赦なく鬼頭に振り下ろされた。
甲高い音が鳴りびく。鬼頭も黙ってやられるつもりはないと剣をふるった。しかし……。
「どうしたどうした? そんな実力で僕と張り合うつもりだったのならお笑い種だ!」
「るっせ――キャッ!」
大河の一撃に鬼頭が吹き飛ばされる。力の差は歴然だった。英雄スキルは伊達じゃない。来栖を除けば大河のレベルはクラス平均の倍ある。まともに訓練していては一生追いつけないだろう。
「女のくせに僕を相手にしてよく奮闘した。誉めてやろう」
「嬉しくもなんともねえよ」
「敬意を表して……一思いに消してやる」
止めは大技……というよりはクラスメイトを切り刻む感触から逃げたのだろう。それでも剣身に魔力を帯びたあの一撃は――見過ごせない。
「君の犠牲は無駄にしない。僕たちの糧となり永遠に生き続ける! 安らかに眠れ! エクスカリバァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」
魔力が閃光に代わり、光の剣撃が鬼頭に飛ばされた。大地が爆散する。突風が吹きあがり先ほどの土煙以上のものが地上から噴き出した。悲鳴は飛び火して試練の丘を埋め尽くす。煙が徐々に晴れていくとみんなの視線は爆発の中心点に集まった。それなのに……。
「いない……だと?」
最初に気づいたのは大河。そしてあるはずの死体がないことに安堵と疑問を浮かべたみんなの顔を見た俺は一人ほくそ笑んだ。
「鳩が豆鉄砲を食ったよう顔っていうのか……大河?」
「天沢!」
俺が抱えた鬼頭を見て大河が面食らう。その表情がおかしくて俺は笑い声をあげた。
「どういうことだ? 何故おまえが――いったいどうやって?」
「別に難しいことじゃないだろ? 斬撃がぶつかる前に拾い上げてここまで退避しただけだが?」
「あの一瞬で……だと?」
「大げさだな。俺には止まって見えたぞ」
「なん……だと?」
「信じられないか?」
「あ、当たり前だ! 貴様のような雑魚に交わせるわけがない! 第一鬼頭を拾い上げる時間などあるものか!」
「だとよ……鬼頭?」
鬼頭を見下ろすと目をぱちくりしていて理解できてない様子。証人としては頼りないな……。やれやれ……仕方がないか。
「もう隠す必要もないから教えてやるよ。実は俺……とっくにレベルカンストしてんだ。だからレベル40程度のお前の攻撃なんて出してからでも余裕でかわせるんだよ」
「……はぁ?」




