2 クラスの実力者たち
異世界に召喚されてから一月が過ぎようとしていた。
これぐらい経つとクラス内でも明確に派閥が分かれてくる。大別すると積極的に戦う派と、できれば戦いたくない派。積極的なのは来栖をはじめとした戦闘スキルを得て、暴力に目覚めたんじゃないかと思われる危険な連中で、消極的な方は支援スキルの加護により、後衛的な立ち位置の連中だ。ちなみに俺は積極派に入れられている。もっとも仲間とはこれっぽっちも思われていないが……。
「君たちもそろそろ覚悟を決めたらどうだい?」
オークの集落をサクっと滅ぼした大河が、後衛の陣地まで戻って来ると上から目線でそんなことを言いだした。
「未だに戦闘に参加せずただ見ているだけとは……勇者として恥ずかしくないのかい?」
真っ白な鎧には返り血すら浴びていない。それほど力が英雄スキルの加護を得た大河にはあるのだ。気がでかくなるのもわかるが雰囲気が悪くなるからやめてほしい。
「無茶言わないでちょうだい。支援系スキルの私達が前線に立つなんて理不尽じゃないからしら?」
「そう言ってられるのもいつまでかなぁ。魔王軍が攻めてきたら僕たちはいやがうえにも戦わなくちゃならない……だろ?」
大河に押されているのは消極派代表の朝倉だ。オシャレな美人さんだが異世界ではメイクもままならないようで化粧は薄い。俺はこっちの方が好みだな。
それはともかく朝倉陣営は強キャラの層が薄いため、この話題になるといつも押されがちだ。だいたい陰キャばかりが寄り集まった所帯なので仕方がないが……。
「大河くんよぉ……その辺にしといてやれよ」
大河の背後から現れたのは誰であろうクラス一やんちゃな不良の鬼頭だった。取り巻きにいたるまで魔物の返り血に染まった刃物をしまわずにニヤニヤしている。とても止めに入ってきたとは思えないので嫌な予感しかしない……。
「こいつらはオレたちが守ってやらなきゃなんもできねぇんだからビビってても仕方かねぇだろ? なぁ……朝倉」
「鬼頭……さん、それ以上近づかないでくれる?」
冷や汗をかく朝倉が見ていられない。鬼頭が朝倉を狙っているのは知っているが、異世界に来てからというものその行動が顕著になってきた。騎士団の目があるから辛うじて貞操が守られているようなものだ。最近はメキメキと力をつけてきているので、その安心も危うく感じているのだろう……。
しかし鬼頭の正体は女である。不良でガチレズという二重苦であるがやんちゃな百合と見れば萌えなくもない。そんなことを口にしたら半殺しにされるだろうから言わないけど。
「止まれ、鬼頭……僕の前で下品な行動は慎んでもらおう」
「ああん?」
「勇者に相応しくない行動をするなと言っているんだ」
威圧って言うのかこのプレッシャー?
見事に鬼頭が怯んでいる。鬼頭は舌打ちすると取り巻きと一緒に離れて行った。
「大丈夫かい朝倉さん?」
「ええ……ありがとう」
どの口が言うんだろうこのイケメン? あきらかに加害者の側だったのに華麗に被害者側にまわりこんで手を取っている。素でやっているのか狙っているのか……怖いわ。
「でも僕は言い過ぎたとは思っていないよ」
「え?」
「僕はね。君のためを思って言っているんだ。これから過酷な戦いを強いられるなかでいつでも側で守ってあげられるわけじゃない。だから君自身も戦える準備をしてかなくてはならないんだ……違うかい?」
「そう……ね」
ああ……この顔はあかんやつですわ。甘い声で囁かれてすっかり雰囲気に飲まれてますわ。陰キャの女子たちも視線が合うと頬を染めてますもん。
「君たちに必要なのは自信だ。何故ならそれぞれ与えられた唯一無二の加護がある。支援系であっても戦う手段はある」
そこで大河の奴が俺を見た。嫌な予感しかしない……。
「天沢を見るがいい。スキルを与えられていても使い道がなく、それでも前線で戦っている。奮闘……とはいえないし、役にたっているわけでもないがああして生きている。彼より優れている君たちなら必ずやれるはずだ」
あんまりだろ? 俺をだしにて励まされる連中もどうかと思うが……。そもそも俺だけ扱いが酷いなこの英雄様。
消極派から支持を得られたことで、いよいよクラスの雰囲気がおかしくなってきた。こいつら何もわかっちゃいない……。
お城に戻ると大河に呼び出された。わざわざ一人でこいとか嫌味か? どうせ友達なんていませんよ。
「やあ、呼び出してすまないね」
「別に……それでなんの用だよ?」
「昼間の件で謝っておこうと思ってね」
「昼間……?」
「君を引き合いに出してみんなに活を入れた件さ」
「ああ……アレね」
「すまなかった。あのときはああ言うしかなかったんだ」
「悪意しか感じなかったんだが?」
「おかげでみんなの目が覚めたのなら役に立てて嬉しいだろ?」
「どういう神経してんだよ……いい迷惑だ」
「実際君が役に立てる場面などないのだから、こういうことぐらい協力してくれてもいいだろ?」
「協力……だと?」
「そうさ。僕たちは選ばれた勇者だ。これからふりかかる困難に立ち向かうためには団結しなくちゃいけない。派閥なんて問題外だ」
「それと俺をだしに使う理由がどう関係するんだ?」
「全員が手を取り合えるのが理想だが……未熟な子供には難しいだろう」
まるで自分だけが大人のような言い草だな……嫌な奴だ。
「必要なのは反面教師なんだ」
「はぁ?」
「やれやれ……わからないかい?」
「わかるわけねぇだろ」
「君という無能な存在が近くにいることでこんな落ちぶれた勇者になどなりたくない……そう思うはずだ。それはきっと向上心にも繋がるし支援系のみんななら協調性にも繋がるはずだ!」
「ほう……つまり俺にピエロを演じろと?」
「演じる必要はないよ。この世界において君の存在自体がピエロなのだからね」
そう言って大河は笑いやがった。
「今日のことで朝倉くんは落ちたが消極派は未だに健在だ。だから君にはこれからも馬鹿にされ続けてほしいんだ」
「最悪のお願いだな……それに朝倉が落ちたとかお前も鬼頭とかわんねぇな」
「おいおい、あんなのと一緒にしないでくれるかい? そもそも僕は朝倉くんのことなんてなんと思っちゃいない。まあ……彼女が僕に好意を持つのは勝手だがね」
イケメン発言きましたよ……爆ぜろ!
「ここだけの話し僕が召喚された理由はこの世界を救うためではなく……彼女と出会うためだったと確信している」
「はぁ?」
「ああ……君はお会いしたことがないんだったね。あの可憐で美しいエステリア姫のことだよ」
毎晩会ってますが何か?
「僕は彼女を幸せにするためにこの世界を救うと誓った」
「つまりそのためにみんなを利用すると?」
「ゲスな勘ぐりだな……君のことを心底軽蔑するよ」
「俺が今の話しをバラしたらどうなるのかねぇ?」
「なんだ……脅しのつもりか? 君の言葉と僕の言葉……いったいどちらを信じるか……試してみるかい?」
絶対の自信がいけすかない。だが事実だろう……証拠がなければな。
勝ち誇った顔で去っていく大河を尻目に俺はスマホの電源を落とした。
翌日……朝倉ほか数名の生徒が城から出て行った。
バッテリーが保ってよかったーw