02奴隷制度
「私の名前はジセルド・カロル」「俺は遠山咲利です」という簡素な自己紹介を終えると、すぐさまカロル側の要求が伝えられた。
「――ここ最近、近くに『新ダンジョン』が見つかったのだが、君にはそこの設備整備の日雇いをやってもらいたいんだ」
カルドの要求は異世界にしては実に現実的な物だった。
異世界ゆえにより難易度の高い「魔王を倒してくれ」だとか「暗殺を依頼したい」だとか、そんな突飛な依頼を覚悟していただけに、咲利は目を丸くして、「はい?」と言うほかなかった。
「まあ常識の無い君の事だ。さては『ダンジョン』の意味も分からないって言うんだろ?」
「いや、ダンジョンは分かるって言うか、ニュアンス的には分かるというか、もしかしたら知ってるダンジョンとは違うかもしれないけど、分かるというか……そんなことよりも素朴な疑問があるんですけど」
「何だい。答えられることなら答えようじゃないか」
咲利は自分なりに今の状況を整理しつつ、そして思いついた最善な解決策を提示してみる事に。
「わざわざ頼むようなことしなくても『奴隷』を使うなり――なんだったら俺の事を攫えばいいのでは?」
今いるこの異世界はパッと見、文化レベルが中世のヨーロッパ程度。そう考えると、法整備も進んでおらず、『異世界=治安悪い』みたいな先入観が咲利にはあったため、現実世界ではありえないことだが、この世界なら一番手っ取り早い方法の一つを提示してみた。
ところが、
「――あははは、もうダメだ! 君は最高に面白いね。知らないことが多すぎて子供に物を教えるかのような教えがいがあるよ。そうだな、その無知さ加減を称えて君のあだ名は『無知助』とでも呼ぼうか」
と、咲利の提案は呑まれることなく、ただカロルの笑いのツボを押すだけだった。
「なんか某コロ助を思い出すあだ名だな……てか初対面でそれは失礼でしょう、流石に」
「いやなに、なんだったら君も敬語なんか止めて私の事を好きにでも呼んでくれたらいいさ。それでお相子だろ?」
「あっそう……だったら俺はお前の事を『真っ黒くろすけの黒焦げ野郎』って呼ぶからな」
「うむ。それはちょっと長いな。あまりセンスがいいとは思えない。私の事を腹黒だと揶揄したいのは分かるが、正直分かりにくい。もっと短く、分かりやすいあだ名にしたほうがいいだろう」
「真面目にあだ名の評価しないでくれる!? ちょっと恥ずかしいんだよ、こういうのって!」
そんな冗談を言い合っていると「話は戻るが」とカロルが舵を切り、
「さっきの奴隷と言う話だが、奴隷制度は遥か昔に廃れた制度のことなんだ。確か奴隷制度が現存していたのは800年ぐらい前の事だと記憶している」
「んじゃあ今は奴隷はいないのか……街中は中世のヨーロッパっぽいのに、そこらへんのことは意外と進んでんのな」
「そのチューセイノヨーロッパが何なのか私には分からないが――とにかく今は"ほぼ"奴隷制度が根絶してしまったと言っても良い。実際には裏社会なんかで小さな規模だが存在しているらしいが、まあ私の知るところではない」
「ふーん。なんかまだあるって聞くとちょっと悲しいな」
咲利はふと周りに視線を配らせた。
噴水の周りには黄土色の石で建てられた家が建っている。それから判断するだけではやはり文化レベルの低さは明白だが、今までの話の通り、確かに奴隷らしき人は見つからなかった。道行く人々は純粋な人だけではなく、耳を持つものや尻尾を持つもの、全身の皮膚が爬虫類のように輝く者もいる。バラエティー豊かな人種の多さに心踊らされる。
「ちなみに廃止のきっかけになったのが今でもこの国の根幹となっている『身分開示選定制度』というものなんだが、なるほど、顔を見るだけで君が知らないというのは分かるね」
「うっせ、無知で悪かったな! ――んで、なんだよ、その『身分開示選定制度』ってのは」
カロルは持っていたシーヴを咲利に見せると、
「無知助に分かりやすく教えるとなると、このシーヴが個々人の身分を証明しくれて、なおかつ国王選定に必要な要素を記載してくれる制度、ってところかな」
「ん? 国王選定に必要な要素?」
「ああ、国王というのは常にその国で『一番』とならなければいけないという信仰があるんだが、この身分証にはそんな一番の名を司るのにふさわしい資質を数値化し、その数値によって順位付けしてくれる仕組みがあるんだよ」
「お、おう。正直、頭こんがらがって完璧には理解できてないけど、つまりなんだ。このガラスにはお前らの情報が入ってて、そんでもって順位付けされてるって事だろ」
「簡単に言えばそうなるね」
咲利は少しでも理解している風を醸し出すために、数回にわたって首を縦に振る。それから、
「でもそれって奴隷制度の廃止にはあんまり関係ないように思えるんだけど」
「確かに、順位を付けるだけの制度なら奴隷制度が無くなることは無かっただろうね。でもこの身分証には奴隷制度を廃止するにいたったいくつかの要因があるんだけど――――っと、ようやく来たか」
「え?」
「君との会話は暇つぶしって言っただろ。ちょっとこの噴水前で待ち合わせしてたのさ」
そう言うと、カロルは重苦しい吐息を吐きながら立ち上がり、前方に視線を定めた。
その方向には人影が二人分。1人は黒髪の長髪を肩甲骨まで伸ばしているのが印象的な男。もう一人がブラウンの長髪を一本にまとめ上げた女だった。
そのどちらともが黒を基調とした制服を着ており、一見しただけで何かしらの集団に属しているのが分かる。
「お呼び出しの命を受けて参りました、カロル様」
「急に呼び出してすまなかったね、ミシャ」
真っ先に口を開いたのはミシャと呼ばれる女性だった。
ミシャは胸に右手をあて軽くお辞儀をしたのちに、鋭い眼光を咲利にぶつけた。
「この愚者の代表を宣言しているような間抜けな男は誰ですか」
「お前も悪口担当かよっ!!!」
つい反射でため口をきいてしまった、そう思ったころには遅かった。
ティシャは腰に掲げていたサーベルを軽く引き抜くと、何の挙動も確認できないままに剣先を咲利の角膜の前へと移動させる。その早業に驚くにも驚けない咲利。そして口から出てきたのは「じょ、冗談ですよ」となけなしの抵抗だけだった。
「ミシャ、止めなさい。一応、私の友人だ」
「っ!? お戯れはよしてください、カロル様! あなたは王を目指すお方。こんな凡庸な人間を友人などと言ったら示しがつきません!」
「ミシャ、私は毎日言ってるだろ。私の専属の騎士が国民に嫌われるという事は、すなわち私も国民から嫌われるという事だ。それは国王の選定に不利になる。その事をまだ理解していないのかい?」
「ぐ……左様でした……」
ミシャは渋々と言った表情でサーベルを腰にかけ、それから「申し訳ございませんでした」と、悔しさににじませた声で謝るカロル。咲利も口角をひくひくさせながら曖昧に対応する。
「すまなかったね、ザキリ」
「い、いいよいいよ――そんな事より、どうして奴隷制度が無くなったのかを聞かせてほしい」
「あぁ、そうだったね、そんな話をしていたか――まあ奴隷制度が無くなったのは簡単には説明できないんだけど、一番の要因は『数値化』されたことによって犯罪者の洗い出しが出来るようになった、のが大きかったらしい」
「ん、もうちょっと分かりやすくプリーズ」
「それじゃあ直接見たほうが理解しやすいかな」
そう言うとカロルは持っていたシーヴを咲利の目の前に突き出し、「――可視化」と言葉を紡いだ。しばらく見ていると、それまで綺麗な透明色をしていたシーヴだったが一転してあらゆる色で盤面が埋め尽くされていった。本来ならば咲利の知らないはずの言語が浮かび上がってきたのだが、不思議な事にこの世界たその日から理解できるようになっていた。
―――――――――――――
名前:ジセルド・カロル
証明番号:59036045862
国王資質:1050205
順位:125位
―――――――――――――
「この情報は誰からでも確認できるし、この身分証に魔力を注いで干渉することで、一日に一度だけ1人分の国王資質を上げる、または下げる報告を国の中枢機関に送ることが出来るんだ。まあ言葉では分からないだろうから――ちょっとビルシャ、やってみて」
「……かしこまりました」
と言うと、それまで無口を通していた長髪の男、ビルシャは覇気のない声で相づちする。それから目を閉じると、カードに手を触れるでもなく、ただ直立している。そして最後にほのかに緑色の光を放つと、
「ありがとう、ビルシャ」
「……」
一連の手順が終わったようだ。
ビルシャは軽くお辞儀をすると、元の立ち位置に戻る。
「ほら、見て」
―――――――――――――
名前:ジセルド・カロル
証明番号:59036045862
国王資質:1050210
順位:125位
―――――――――――――
「ん? 何か変わったのか?」
「分かりにくいけど、この国王資質の部分が5上がってるんだよ」
「へー、そうなのか。結構上げ幅は小さいんだな」
「まあ毎日上げ下げできるから小さいとも言えないんだけどね――それで、もしこの国王資質が変に下げ続けたり、大きく負の値を記録した場合、シーヴからその異変を国に報告させられ、そんで事情聴取される仕組みになっている。奴隷をやろうもんなら周りからガンガン国王資質が下げられて、あっという間に摘発される、って訳だね」
カロルは両手の手首を合わせ、上に高く上げるポーズをした。
こちらの世界でも現実世界と同じような格好で逮捕されるのだろう。
「なるほど。確かにスゲーシステムではあると思うんだけどさ…………」
「ん、何か言いたげだね」
「あぁ――そのシステムだと、嫌がらせで犯罪者を作ることもできるんじゃねーの?」
「無知助なのに変に頭は回るんだね」
「変とか言うな! 高校中退したけど、まあなんだ、冤罪については調べた事があるんだよ」
咲利は現実世界にいたころ、自分が演じた役柄の事を思い出した。
あれは咲利が14歳の頃。父が殺人の冤罪に巻き込まれる息子役で映画に出演したことがある。その時、冤罪というものは全くもって知らなかった咲利だったが、親の言いつけで冤罪の知識をふんだんに身に着けられた過去がある。
「まあそれもよっぽどの魔法士じゃなければ無理だね」
「どうして?」
「私も良くは分からないんだけど、このシーヴには国王直属の魔法研究家が束になって、不正を許さない構造を構築したらしい。えっと、小難しい言葉で『不安魔素攪乱判定魔術』? だっけ。まあそこらへんは私なんかより専門家にでも聞いた方が早いだろうね」
「専門家ねー。飯1つで困ってる俺が、そんな凄い人と知り合えるのかなー」
「ふふふ、会えるんじゃない、君なら」
カロルは柔和な微笑みを咲利に向ける。すると、咲利は不思議な感覚にむしばまれていった。どこか驚きに似たような、どこか恥ずかしさに似たような。そんな体を火照らせる感覚が全身を覆い尽くす。
咲利は「いやいや、なんだこれ」、と顔を振り払っては気持ちを紛らわせる。
「カロル様。ご友人とのお話が盛り上がっているところ申し訳ないのですが、定例会議のお時間が差し迫っております。早急に屋敷の方へとお戻りお願い致します」
「あぁ、もうそんな時間になるのか」
カロルは重たい腰を上げ、それから改めて咲利に視線を降ろし、
「それじゃあ私はもう行くから――日雇いの話だけど、ミシャ、案内とか説明とかは任せたよ」
「承りました」
「あれ、もう行くのか」
「こう見えても国王目指してるからね、私。激務なんだよ」
「そうか。なんか超久しぶりに人と話したから寂しくなるわ」
「あはは、例え社交辞令だとしても、そう思われると嬉しいものだね」
「社交辞令じゃねーよ。本心だ……まあ頑張れよ」
「お互いにね」
「あぁ、こっちは任せろ。設備の手伝いはガキの頃、好感度アップ目的で死ぬほどやってきたからな。俺のテクニックで周りを驚かしてやるよ」
「頼もしい限りだこって――――んじゃ、ビルシャ。行こうか」
「……はい」
その会話を最後に、カロルとビルシャは王都の中心部へと吸い込まれるようにして去って行った。
残るのは咲利とミシャ。2人の間には気まずい空気がだだ漏れに。
そして真っ先に口を開いたのはミシャだったのだが、
「――死んでくれませんか?」
冗談とも本気とも分からないその言葉は、先行きを不安にさせるものとなった。
<一言>
国王選定とかシーヴについてとか、本当はもっと語らせたかったんですけど、それだと本編が進まないので必要になる部分だけ出しました。
とりあえず、マイナンバー的なモノにランキングシステムがついたみたいなモノだと思ってください。