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01餓死寸前

初めての投稿です。

自分の書きたい話を書きながら少しずつ文章力を向上させて行けたらな、と考えております。

 少年――遠山咲利とおやまざきりは人がごった返している噴水広場にて力無く項垂れていた。


「――――死ぬ。これは死ぬ。絶対死ぬ。否応なく死ぬ」


 逆立つ黒髪を右手でクシャクシャにかき混ぜ、苛立ちを隠しきれない様子で貧乏ゆすりを行う。道行く人々はそんな咲利の事を奇異の目で見ては、新たな話題が出来たと友人に口を開く。その口々から聞こえてくるのは悪口のオンパレード。耳を塞ぎたくなるようなものばかりだ。


 咲利の見た目は言ってしまえば悪くないものである。

 男らしさを持ちつつも、どこかあどけなさを残す端正な顔立ち。身長は178cmで体格は細マッチョと言える程度には鍛え上げられている。投身数だけでいえばモデルにもなれる外見だ。

 だが、現状の咲利はというと、青白い顔面で体調の悪さを露呈しており、軽く額をつつけばその勢いで噴水に落ちてしまいそうなほどに弱弱しい。とてもじゃないが、男前とは言いにくいものになっていた。


「異世界に来て早2日……何だよこれ。異世界転生モノってさ、もっとこう、夢がある話じゃねーの? 何でどいつもこいつも判で押したような事しか言わねーんだよ。本当ツイてないわ。マジでツイてない。メッチャ"辛い"わ……」


 思い返してみれば咲利の人生はツイてないを地で行くものだった。全てを説明するとなるとそれこそ咲利が餓死で死んでしまうほど長い話になるのだが、端的に言えば『意思をはく奪されたような人生』だった。


 咲利の人生は親に押し付けられたタレント生活が始まりだった。

 タレント生活は第三者からの価値観を押し付けられるような子供には理解しにくい仕事だ。知らぬうちに咲利は他人支配の毒に犯され、小学生になった頃には意思を持たなくなってしまう。親に「もっと可愛く振る舞え」と言われれば愛嬌ある振る舞いをしなければいけなく、ネットで「笑顔がウザい」と指摘されれば笑顔を押し殺さなければいけない。まるで操り人形のような生活を続けた結果、高校の頃にはそれらに耐えられなくなり、ストレス過多で"病気"を患ってしまう。そして15年続けていたタレント生活は終わりを告げ、ついでに通っていた高校も辞めてしまった。これが咲利の人生のほとんどだ。


 その後は語る価値も無い物語である。それまでの鬱憤が爆発したかのように豪遊につぐ豪遊を続け、そして21歳になった今、たどり着いたのがこの異世界というわけだ。


「――何も無い人生だったな、本当に」


 咲利はため息をついた。

 それは社会に対しても、自分に対しても辟易するような重苦しい一息。


「――お兄さんもしかして『無資格者』かい?」


 咲利の前に現れたのは全身をキラピカな鉄で覆う人間。これだけの厚い鎧だけに、兵士や傭兵の類だということを自らが証明しているが、両手両足が白く、非力な面影を感じる。


「ん、『無資格者』? あー、うーん……」


 咲利は顎に手をあて、


「もしかして――『身分証』とやらに関係あるんすか? というか『身分証』ってなんすか?」


 と、素っ頓狂な言葉を出した。それはこの2日間、永遠のように提示を求められた物。現実世界でいうところの身分証とは違う、絶対的な権力を保有している物だ。それが無ければこの街では何も出来ないほどに、重要視されている。

 そんな咲利の言葉に、兵士は目を見開き笑い声をあげた。


「あはは―――――はー、君は面白い事を言うね」


「は、はぁ。別に面白い事は言ったつもりは無かったんですけど」


「こういうのは自覚が無いからこそ面白いんだ――『無資格者』が『身分証明書を持たない人間』なんてのは赤子が喋るよりも早くに覚える常識だよ。それを知らないのは実に愉快だと思わないかい?」


「いやだ、なにそれ。赤子以下ってこと? 超恥ずかしくないすか、俺」


「恥ずかしいなんてものじゃないね。これを知らないならまだ全裸で街中を走り回った方がマシだよ」


「もう止めてください恥ずかしくて死んでしまいそうです」


 兵士の笑い声の意味を知った咲利は、赤く染まる顔面を両手で覆いながら恥ずかしさを隠してみせる。知るはずもないこの世界の事柄だが、知らないなら知らないで恥ずかしいのが『常識』というものだ。自国も他国も異世界も関係ない。


「まあ広場の真ん中で『死ぬ死ぬ』連呼していたからさ、常識が無いのは見て取れたけどね。まさかここまでとは思わなかったよ」


「それはなんていうか面目ない。空腹で空腹で辛くて、冗談抜きに死にそうなんですよ」


 その言葉を発したと同時にタイミングよく咲利の腹が鳴った。

 兵士は軽く微笑んだ後、


「なるほど。やっぱりお金が無いのか」


 兵全てを見透かしたかのような段取りで、鎧の胴と体の間から『灰色の紙袋』を取り出した。それを利咲に手渡す。


「何ですか、これは?」


「炒め物を挟んだパンだよ。ここら辺では庶民的な軽食として人気があるね」


 と、中身の説明を端的にされる。

 兵士の言葉に条件反射なのか利咲の口内は唾液で溢れかえった。それが溢れないように一度に飲み干し、それから中身を取り出してみる。

 出てきたのは食パンが2枚、その間からは玉ねぎやら肉やらが、ギトギトの油を滴りながらはみ出している、なんとも実に胃がもたれそうなハイカロリー軽食だ。普段なら口に入れたくも無い料理の類だが、この時ばかりはそうではない。喉から手が出るほど、胃がそれを欲している


「……た、食べても?」


 咲利の言葉に兵士はただニコリと笑う。それから右手を前に突き出すと、首を傾げた。咲利は促されるまま、そのジェスチャーの意味を調べずにパンに口をつける。


「んっ――う、うめぇ……絶対体に悪いけど、うめぇ」


 味は見た目通り。しつこい油が舌をコーティングしたのち、その上から強めの塩味が降りかかる。そのせいか後から来る玉ねぎやニンジンといった野菜の味が全くといっていいほど感じられない。が、何より空腹という隠し味が料理全体のうま味を増幅させている。結果、なんだかんだ美味しいという評価に値する出来だ。


 咲利の2日ぶりの食事をわずか10秒で終わりを告げる。


「――美味かったぁ……食事ってス・テ・キ……」


 兵士はそんな満足げな咲利の横に腰を下ろすと肩の方から手を回して、


「食べたね?」


 と、ナニワのやくざも股から汁を流しそうなドスの利いた声で呟く。

 唐突な脅しに咲利はどもるような声で続けた。


「え、食べたって、え、脅し? え、だって、これくれたんですよね? え?」


「うーん? 私がいつ食べていいと言ったのだい?」


「いやいや。ほら手を前に出して『どうぞ』ってやってくれたじゃないですか」


「あれは『返して』って意味だったんだけどな」


「ややこしすぎるわ! もうそれ詐欺だよね? 詐欺レベルだよね??!!」


 咲利は空の袋を地面に叩きつけると、兵士はそれを拾って、


「こればかりは君が悪いよね。僕の手ぶりの意味を聞き返さなかったんだから」


「そう言われると言い返せないけどさ……でも、どう考えても『どうぞ』って感じだったし……何より良い人そうだったし……」


「人は見かけで判断しちゃダメだよ。どんな状況でも信用できない人とは『契約』を結ぶべし。4歳で教わるよね、これぐらい。赤ちゃんだってこれぐらい感覚的に分かるよ」


 兵士は片目を瞑りながら、軽く肩を揺らした。その表情は、おもちゃを自由気ままに動かしているような子供のように楽しそうである。


「あのー……さっきから俺のこと、遠回しにガキ以下って言ってませんか?」


「遠回し? どちらかというと直接言ってるつもりだけど」


「ひ、ひでぇ」


 兵士は持っていた空の袋を咲利に手渡すと、


「――ということでキッチリと『対価』は払ってもらうよ? それが物を貰った人間のする義務だ」


 と、兵士は要求を伝える体勢に入った。

 咲利はその言葉に対して待ったをかける。


「ま、待って下さい。残念ながら俺は――ほら、この通り、食い物に困るぐらい何も持ってないんです! こんな支払い能力0の俺から回収するのはどう考えたって無理っすよ?」


 咲利はポケットの裏地を見せては、自分の無価値さをアピールした。


「安心していいよ。僕が欲しいのはお金じゃない。だいたい『無資格者』の人間がお金を持ってるなんて思ってないしね、普通」


「金じゃない? だったら目的はなんすか……ま、まさか奴隷とか言いませんよね? 奴隷は嫌ですよ!」


「奴隷ってまた今日日聞かない物騒な言葉だね……奴隷なんかにするわけがないじゃないか。私が君に声をかけたの"これ"が目的だよ」


 そう言って取り出したのは手のひらサイズの"ガラス"だった。綺麗に象られた長方形は一種のアートを謳っているかのように美しい。

 ティレはそのガラスを傾け、陽の光を咲利の目に直接当ててみせる。


「まぶっ!」


「ふふふ。えっと、これが君の知らない『身分証』ってやつさ。正式名称は『シーヴ』っていうんだけど、どうだい、初めて見た感想は」


「えっと、なんていうか……こいつが無くて餓死しかけたって……まあつまりこれに殺されかけたって考えると……何だか無性に腹が立ってきました割ってもいいですか?」


「あはは。出来るものならどうぞ」


 挑発気味に渡されたシーヴを咲利は何の躊躇も無く両手で押しつぶそうとする。ガラスだから簡単に折れるだろう、その意思に反して身分証は全く折れる兆しを見せず、ヒビさえ生まれなかった。逆に咲利に罪を与えるかのように、骨に軋み音を響かせ、手の平にダメージを蓄積させた。


「いてててぇ、か、かてぇ!」」


「そりゃそうだよ。だってこれ、超級魔法士の【物理緩衝魔法】が掛かってるからね。ドラゴンに踏みつぶされても壊れない程度には頑丈さ」


「っぐ。もっと腹が立ってきた――けど、これだよこれ。誰からも口を聞いてもらえず、挙句の果てに餓死しかけたけど、ようやく『異世界』っぽいイベントに出会えたよ! なんか感激で涙が出そう」


「あはは、異世界ってまた大げさだな。君は早とちるだけでなく虚言癖もあるのかい」


「虚言じゃないんですけど……まあ信じてもらえないっすよね。うーん、異世界テンプレ的に一方通行がデフォって感じか?」


「てんぷれ? 君はさっきから何を言ってるんだい?」


「いえ、何でも無いです。独自の高等魔術術式を言ってみただけです」


「ますます意味が分からないんだけど」


 兵士は咲利の言葉に頭を悩ませ、こめかみを一度二度とひっかく。


「ちなみにこれと同じものって俺も貰えたりしますか?」


「同じもの? 一応貰える事には貰えるけど……これ1個でさっきのパン100万個ぐらいお金かかるよ?」


「ほえ?」


 咲利は頭をフル回転させた。

 異国の通貨を換算するにはまずは自国の物価を取り出すことから始まる。日本の惣菜パンは1つ100円から200円。それが100万なら単純に100×10万すればいいから――


「――い、いい、いいいいちおくぅううううううううううっ!!??」


 タレント時代にもやったことの無いほどの驚愕に、咲利自身もビックリ、兵士もビックリ、それから道行く人もビックリの、ビックリの大バーゲン。咲利の驚き声は悪い意味で人の視線を集めてしまった。咲利は居た堪れない感情を抱くと、咳払いで場を濁してからに体を縮こまらせた。


「急にどうしたんだい。ビックリしたなー」


「ちょっと予想以上に高価なものだったので……」


「まぁ最高級品だからね。しかしこれが1億ベリットかかるってよく分かったね、常識も無いのに。もしかして物価とかには明るいのかい?」


「ええ、なんていうか……地元の物価に近しいんですよ、ここらへん」


 ――こっちの物価って日本円と同じなのか。

 そう思いながら咲利は頷いた。


「首都と同じぐらいの物価となるとどこだろう……まあいいか。それより、もしシーヴが欲しいのならもっと安価な物を選んだ方がいいね。確か一番安い鉄製のシーヴは5万ベリットだったかな」


「なんだ。ちゃんと安いのもあるんじゃないですか。まあそれでもちょっと高いけど」


「そりゃ王国の極秘魔法が掛かってるからね。その手数料としてはむしろ5万ベリットは安い方だと思うよ?」


 魔法なんて言う咲利の世界には無い概念に高いも安いも無いだろう。そんな不満を心で垂らしながら、


「んで、どこで買えるんですか?」


 と、購入場所を尋ねる。それに対して兵士は指を左右に振って、


「私は君と暇つぶしでお話してるだけで、何でも答えてくれるとお人よしだと思わない方が良いよ。だいたいこっちの要求もまだ伝えてないんだから」


「そう言えばなんかそんな話だったな……」


 期待が膨らんだだけに、咲利の残念そうなため息は大きかった。


「んじゃあ私の要求を聞いてもらおうか」

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