不老不死の少女
ある町に、11になる一人の少女が居ました。
少女は賢くもなければ馬鹿でも無く、運動神経が良い訳でも悪い訳でも有りませんでした。
けれど、少女はとても明るく学校ではいつも回りに人が居ました。少女もそれを当然と思っていました。
そして11歳の夏休み、少女はお父さんとお母さんと一緒に海へと出掛けました。
浮き輪に掴まり、海の上を自由気ままに漂っているといつの間にか回りには人が居なくなっていました。
最初は人で賑やかでしたが、少女の回りには人は全く居ません。少女は怖くなり、浮き輪に必死に掴まりました。
そして顔を上げると、大きな波が少女を飲み込みました。
波に飲まれ、浮き輪を離した少女は口を開けます。すると水が勢い良く入ってきました。
とても苦しく、息を吸うために手足を動かしますが抵抗虚しく少女は沈んでいきました。
少女が目覚めると、少女は陸に流されていました。ぼうっとする頭を抑え、その場にぼんやりと佇んでいました。
暫くすると、水に溺れる感覚と息苦しさが蘇ってきて少女は胃の中の物を吐き出しました。
辺りを見回しても、ビーチの賑やかさはありません。少女は怖くなり、必死に誰か居ないか探しました。
すると、陸に美しい女の人が一糸纏わぬ状態で横たわっていました。
自分と同じ人間が居る事実に喜びながら、少女は女の人の顔をぺちぺちと軽く叩きます。
女の人は苦しそうな声を挙げると、眼を開けました。恐る恐る声を掛けても返事はありません。
体調が悪いのだろうと思った少女は、もう一度辺りを見回しました。
すると、一本の痩せ細った樹が眼に見えました。そして樹の先には橙色の果実が実っています。
樹に近寄り、橙色の果実を二つもぎとりました。皮を剥くと、白い細かい線に囲まれた橙色の果肉が姿を見せます。
どうやらオレンジのようです。そして女の人の口にオレンジをひとふさ入れました。
女の人は最初、飲み込むのも辛そうでしたが、何とかしてオレンジを飲み込むと体を起こしました。
そして少女を見ると皮を剥いていないオレンジを奪い取り、皮ごとワイルドにかじりつきました。
ワイルドな女の人は、ぽかんと呆気に取られている少女を尻眼にオレンジをあっという間に食べ終わりました。
そして少女を見れば、赤い液体が入った小瓶を差し出しました。女の人は喋らず、手を動かして少女に何かを伝えたい様でした。
どうやら、この赤い液体を飲むよう指示をしている様です。少女は何も疑わず、小瓶の蓋を開け口の中に流し込みました。
すると体に電流が走った様な感覚に襲われ、少女はその場に倒れました。そして最後に彼女が見た景色は女の人の後ろ姿でした。
少女が眼を覚ますと、青空が広がっていました。何やらとても騒がしく、横を向くと沢山の人だかりが出来ていました。
そして何が何だか分からないまま泣きそうな顔のお母さんに抱き締められました。お父さんもも力強くお母さんと少女を抱き締めました。
何がどうしたのだろうと思っていると、群衆から声があがりました。
「ああ、息が戻った。生き返った!」
そうすると、次は歓声があがり少女に暖かい言葉が次々と投げ掛けられました。そして、少女は眼を瞑りました。
その後病院に運ばれ検査をした後、少女は数日入院する事になりました。少女はその時、自分が溺れてしまい奇跡的に陸の方まで波で流された事を知りました。
あの時見た女の人の事を話すと、お医者さん達は首をかしげました。そして女の人は幻覚という事になってしまいました。
少女は腑に落ちませんでしたが、心の何処かでお医者さんが言うのならそうなのだろうと思いました。
そして数日後また検査を受け、何も異常が無かった為晴れて少女は退院しました。
家に帰れば、何事も無く友達と毎日遊び宿題をしました。たまに雑誌のインタビューも受けました。
それから暫くは何事も無く、いつも通り幸せに暮らしました。
少女が中学生になると、回りも少女も異変に気づき初めていました。少女は、まるであの時から時間が止まった様に成長しないのです。
勉強にも着いていけますし、ご飯も一日三食食べています。おやつも食べます。
けれど、二年前の出来事から全く体が成長しないのです。友達も、そんな少女を奇怪に感じたのか段々と離れていきました。
少女はお母さんとお父さんに訴え、病院に連れていって貰います。しかし何度検査を受けても、異常はないというのです。
大きな大きな病院に行っても、結果は同じでした。他の同級生は体も大きくなり、声も変わりました。
少女だけが、変わりません。
変わった事と言えば好奇の眼を向けられる様になった事でしょうか。
最初は取材なども受けていましたが、段々と嫌になっていき両親も取材は断りました。
すると、家に押し掛けてきて玄関のチャイムを延々と鳴らすのです。その度に父がカメラに囲まれながら追い返すのですが、お父さんもお母さんも段々疲れが顔にでてきました。
その原因を作っているのが自分という事に少女は苦しんでいました。
だから病院にはよく行きました。病院には一週間に一回来るように言われていました。
表向きは少女の病気を治すため、本当は少女を研究する為。
その事は少女もお父さんもお母さん気づいていましたが、病気を治す為にいきました。
しかし、いつまで立っても病気は解明されません。いつまでたっても成長しません。
テレビなどて取り上げられたのが原因で、家の外からは色々な声が聞こえます。
好奇の籠った声で質問を繰り返すひと。泣き叫び、不老になる方法を教えてくれと繰り返すひと。
少女はこんな生活が嫌で嫌で嫌で嫌で、とうとう死ぬ事にしました。
流石に夜中になると、余程の物好きではないと人は居ません。そこを見計らって、少女はそろそろと家を出ました。
久しぶりに出る外はとても広く、とても少女の眼に美しく思えました。
少女は、病気が治るまで学校に行ってはいけないと言われていた為外に出るのも久しぶりでした。
そして近くの廃墟のマンションに向かえば、屋上へと向かいました。屋上の鍵は壊れており、簡単に入る事ができました。
空は晴れ、美しい星空が広がっていました。思わず少女は涙を流しましたが、直ぐに拭いました。
そして低いフェンスを乗り越えると、下には地面が広がっていました。
少女はひやりとしましたが、今までの辛い事から逃れる為、お父さんとお母さんを楽にしてあげる為、空へと一歩を踏み出しました。
ふわりとした感覚が少女を襲ったあと、少女は地面へと堕ちていきました。
少女が目覚めると、美しい星空が広がっていました。
ぼんやりと星空を見ていると、起き上がり頭を抱えました。
少女は飛び降りました。なのに、何故死んでいないのか。何故痛みが自分を襲ってこないのか。
そして頭の後ろを触ると、どろりとした液体が少女の手につきました。街灯に照れされた液体は鮮やかな赤い色をしていました。
少女は、それを見た瞬間笑い声を上げました。おかしくて、おかしくて、笑いました。
笑ったあとに気持ち悪くなって、胃の中の物を吐き出しました。
服で血を拭うと、もう一度頭の後ろを触ると血は止まっていました。
そして立ち上がると、重い気持ちで家に帰る為に歩き始めました。
家に帰ると、お父さんとお母さんが怖い顔で駆け寄ってきました。そして血に濡れた服をみると、更に顔を強ばらせました。
少女は全てを話しました。廃墟のマンションから飛び降りたこと、飛び降りたけど死ななかったこと。血が速く止まったこと。
お父さんとお母さんは最初怖い顔をしていましたが、お父さんは次第に表情が曇っていきました。お母さんは、次第に眼に涙を溜めました。
そして、あの日と同じようにお母さんとお父さんは少女を抱き締めました。
「ごめんね、ごめんね」
お母さんは泣きながらそう言いました。
「すまない」
お父さんは強ばった表情のまま、そう一言だけいいました。
それから数日後、お父さんとお母さんは、少女を大きな病気に預ける事にしました。
少女はそれを聞かされた時、顔には出しませんでしたがとても悲しいと思いました。
「病気が治ったら帰ってきていい?」
そう聞くと、お父さんとお母さんは涙を流して頷きました。
「帰ってきていいのよ、あなたの家だもの」
そう言われ少女は安心しました。そしてありがとうと一言だけ告げると白衣を来た人達に連れていかれました。
あの日から、六年たった日でした。
病院での生活はとても退屈でした。テレビも見れませんし、ゲームもできません。
何より嫌なのは、壁を一枚隔てた部屋に少女を観察するように白い塊が動いている事です。
そんな日々が続いていると、段々と日が速く感じるようになりました。
白い塊がとても速いスピードで動く様子をジッと見て、出されるご飯を食べます。
そして眠いと思ったらベッドで眠りに着きます。眠りに着いている時に、何やら変な器具が取り付けられている事も知っています。
時々、白い塊が少女に話しかけてきます。少女がそれに答えると、白い塊は紙に何やら書いた後に質問を繰り返すのです。
少女はそれに答えると、満足そうな顔をして白い塊は去っていきます。とてもとても苦痛でした。
病気は相変わらず治りません。錠剤の薬を飲んでいますが、全く効果はありません。
白い塊に何か持ってきて欲しいと頼むと、白いは本を両手に沢山抱えてやってきました。
その本を読んでいる様子を、飽きずに白い塊は観察しています。
その本には、人魚の伝説が書いてありました。人魚の血肉を飲めば不老不死になれると。
ああ、あの女の人は人魚だったのだ。
少女は、そう思う事にしました。
ある日、少女が眠りから覚めると白い天井が広がっていませんでした。
代わりに、黒い空が広がっていました。少女が飛び起きると、横からは喋り声が聞こえました。
何を喋っているのかは分かりません。そして喋り声が此方へ向かってくると、少女の胸ぐらを何かが掴みました。
よく見ると、少女の胸ぐらを掴んでいるのは手で人間が目の前にいる事を少女は悟りました。
しかし、その人間が少女に向ける眼は人間に対しての眼ではありません。まるで物を見る様な冷たい冷たい眼でした。
少女はその手を何とかふりほどくと、がむしゃらに走り出しました。
「わたしが何したっていうの!?なんでわたしばっかりこんな眼にあうの!?」
そう叫びながら、少女は走り続けました。しかし風景は変わらず、暗く憂鬱な森がいつまで走っても続きます。
そして森を抜けると、海が広がっていました。
後ろを見ても、あの人間が追ってくる様子はありません。少女が溜め息を吐くと、冷たい水が少女に触れました。
あの日と同じ冷たい水でした。
空を見上げると、美しい星空が広がっていました。
少女は決意しました。そして、息をゆっくりと吐けば海に向かって走り出しました。
海はやがて少女を飲み込み、少女は海へと沈んでいきました。
あの日と違い、海はとても暖かく感じ息苦しさは全くありませんでした。
そして眼を瞑り、不老不死の少女は深海へと沈んでいきました。