先輩➁
俺はクラスメイトの笠井の家に来ている。
何故ならば今日、この家に篠宮さんがやって来ることになっているのだ。
「ほ、本当に篠宮さん来るのか?」
「うん、来るよ。薫に頼んだからね。」
薫というのは笠井の妹で、篠宮さんの友人だ。
「たぶん、ご飯作ってくれるよ。うちと篠宮さんの家は共働きでお互いの両親が遅い時は一緒に夕飯食べることがあるんだよ。そういう時はいつも篠宮さんが作ってくれるんだ。」
くっ、手料理だとぉ〜〜。
俺だって食べたことがないのに……。
俺の悔しそうな顔に気づいた笠井は笑顔でこう言った。
「あ、今日もきっと作ってくれるし、それに工藤の分も作ってくれると思うよ。」
「ほ、本当か?」
「うん、前にも俺の友達が来た時に作ってくれたから。」
誰だ?篠宮さんの手料理を食いやがった奴は。
俺は笑顔になったり、しかめっ面になったり忙しい。
そんな俺の顔を見て笠井は笑っている。
「篠宮さんって凄いね。工藤にそんな百面相させるなんて。今まで女性がらみでそこまで感情出すことなかったよね?」
まあ、確かに今まで付き合っていた女相手にこんなに感情を出すことはなかった。
そもそも好きかどうかも怪しかったからな。
今思えばひどいことをしていたと思う。
篠宮さんに会ってからその思いが強くなった。
「………彼女は特別だから。」
ガチャガチャ
玄関が開く音が聞こえた。
どうやら笠井の妹が帰って来たみたいだ。
耳をすませば声が聞こえる。
…………篠宮さんの声も聞こえた。
笠井が小さい声で俺に話しかけてきた。
『隣が妹の部屋なんだけど、壁が薄くて声が聞こえやすいんだ。たぶん隣の会話が聞こえてくると思うから静かにしていてね。』
俺は無言で首をブンブン縦に振った。
盗み聞きなんて申し訳ないという気持ちはあったが、しかしそれよりも篠宮さんが俺のことをどう思っているかが気になった。
少しでも好かれていたい。
せめて良い先輩と思っていてほしい。
俺は祈りながらその時を待った。
隣で笠井がお腹を抱えながらベットの上で笑いたいのを我慢している。
とりあえず近くにあったクッションを力一杯投げつけておいた。
話し声とタンタンタンと階段の上ってくる音がする。
そして隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
ゴクッ、いよいよだ。
俺は笠井の勉強机の椅子に座り、静かに耳を澄ませた。
隣の話し声が聞こえてきた。
どうやら宿題をしているらしい。
ああ、出来ることなら隣に座ってじっくり教えてあげたいが今日はそんなこと出来ない。
事前に笠井が妹に頼んで篠宮さんが俺をどう思っているかを聞き出す寸法になっているんだ。
『…………だから………好き……なの?』
笠井妹が質問しているようだ。
そ、そんな直接的に聞くのか?
俺は心臓を押さえながら篠宮さんの返答を待った。
ここで好きじゃない、なんて言われたら俺は…………たぶん号泣する。
『……好きだよ。』
ガタ!ガタン!
俺は驚きのあまり椅子を倒してしまった。
慌てて椅子を直す。
その様子を見て笠井がまたベットの上で笑うのを我慢しながら転げ回っていた。
いつもなら一撃をくわえるが、今は非常に気分が良い。
俺は嬉しすぎて顔がにやけてくるのを止めるのに必死だった。
しかし俺のにやけ顏が凍りつく事態が起こった。
笠井妹と篠宮さんが会話を続けていたようなんだが、
『…………後輩のうちの1人みたい。』
待て待て!
確かに後輩だよ。
だけどその前にイロイロつくから。
「大切な」とか「1番大事」とかそれから「愛している」なんてのもある。
俺は篠宮さんの誤解を解くために隣の部屋に向かうべくドアをバターーン!と開けたが、すぐに後ろから首根っこをつかまれ部屋に戻され、バターーン!とドアも閉められてしまった。
『おい、笠井何するんだ。俺は篠宮さんの誤解を解きに……』
『何するんだ、はこっちのセリフ。今隣に行ったら盗み聞きしていたのバレるだろう。良いのか、篠宮さんにストーカー認定されても。』
うっ、それは困る。
せっかく好意を持っていてくれているようなのに、台無しだ。
『す、すまん。つい。』
『わかれば良いよ。とにかく今日は大人しくしていて。ご飯も部屋で食べよう。』
隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。
そして階段を下りていく音もする。
「ふう、たぶん下にご飯の用意に向かったみたいだ。普通に話しても大丈夫だよ。」
笠井の言葉に、気づかないうちに緊張をして強張っていた体も力が抜けた。
どれだけ篠宮さんの言葉は破壊力があるんだ。
「なんか、いろいろすまんな。」
俺の言葉に笠井が笑顔でこう言った。
「気にしなくて良いよ。俺も楽しかったし。さあ、あとは篠宮さんのご飯を食べてパワーチャージしていって。そして早くストーカー卒業してよ。」
……笠井、地味に傷つくぞそのセリフ。