先輩➀
俺には好きな奴がいる。
彼女は俺とは正反対で、とても真面目そうな子だ。
彼女は覚えていないだろうが、俺と彼女が初めて出会ったのは彼女が入学したばかりの頃だった。
俺は当時髪を茶色に染め、髪型も今とは違っていた。
制服も着崩し、見るからに不良と呼ばれる格好だった。
俺はその日、他校のヤツらに喧嘩を売られた。
売られた喧嘩は買う。
もちろん俺が勝った。
だが、俺が1人に対してヤツらは5人。
さすがに無傷とはいかず、帰り道途中の公園でうずくまることになってしまった。
そんな時、見るからに関わり合いたくなさそうな姿の俺に話しかけてきたのが彼女だ。
「あ、あの、これ使って下さい。」
彼女は俺の目をしっかり見て、俺に濡らしたタオルを差し出した。
「それから、少ししみると思いますが……」
彼女は俺の負傷して血と泥が付いている腕にペットボトルの水をかけ、傷口を何故か持っていた消毒液で消毒してガーゼと包帯を巻いてくれた。
「良かった、顔色は悪くなさそうですね。家まで帰れそうですか?」
俺は無言で頷いた。
口の中も切っていたから話しづらかったのだ。
「そうですか。では、お大事に。」
彼女はそう言ってその場を離れた。
…………これで惚れなきゃ嘘だろ。
俺は初めて自分から女を好きになった。
今まではそれなりに近づいてきた女と付き合ったりしたこともあったが、あいつらは俺の外見しか興味がない。
彼女は薄汚れた俺にも優しくしてくれた。
しかしここで困ったことが起きた。
俺は彼女のことを何一つ、名前すら知らない。
たまたまこの公園で会えたのが奇跡だったのだ。
数日後、そんな俺に再び奇跡が起こった。
なんと彼女を校内で見つけたのだ。
靴の色から彼女が俺の一つ下の一年生と知った。
俺はあまりの嬉しさにその日一日終始笑顔だったのを覚えている。
だがそんな俺を友人達は、怯えた表情で見ていた。
まあ、そりゃそうか。
いつも不機嫌な顔の俺がそんな顔を見せたんだからな。
俺は見てくれは不良だが、何気に友人は幅広くいた。
真面目系からチャラい系、もちろんちょいワル系も。
そんな友人の一人が俺に質問してきた。
「な、なあ、なんでお前そんなに笑顔なの?なんか悪いもんでも食ったか?」
とりあえず一発殴っておいた。
「イッテェ〜〜。いきなり殴ることないだろう?お前があんまり変だからみんなから聞いて来いって送り込まれた俺にあんまりの仕打ちだ!」
「ああ?そんなにおかしいか?」
そいつと、周りにいた奴らも力一杯頷いている。
俺のことを何だと思っているんだ?
「とりあえず、理由を言え。その機嫌の良さの理由がわからないと怖くてしょうがない。」
「…………好きなヤツが出来た。」
ガタガタッ!!
ガッッターーーーン!
クラス中が慌ただしくなった。
椅子を倒している奴が多数、大きく馬鹿みたいに口を開けている奴もいる。
「何だよ、そんなにおかしいか?」
「お、おかしいだろう!どんなに綺麗な彼女が出来てもぜんぜん嬉しそうにしてなかった奴が、好きな人が出来たって一日ご機嫌だなんて、あるわけねえだろう!」
友人が叫んでいる。
「そ、それよりお前を落とした子って誰だよ。どんな美人なんだ?」
「…………名前はまだわからん。一年生だ。」
「な、名前知らねえの?おいおいどういうことだよ?」
俺はとりあえず面倒くさくなってきたから、この間彼女と会った時のことを話した。
「はあ〜〜、今時珍しいくらいの良い子ちゃんだな。んで、告白すんの?」
俺は無言で首を横に振った。
「何でだよ。お前が自分から好きになるなんて奇跡、もう起きないかもしれないんだぞ。」
「いきなり告白なんかして困らせたくない。」
「んじゃ、どうすんだよ。」
俺たちが押し問答していたら、クラスの真面目系の友人が話しかけてきた。
「ねえ、とりあえずその相手ってどの子なんだ?もしかしたらクラスにその子の知り合いがいるかもしれないし、情報が増えるかもしれないから教えてくれないか?」
それもそうかと思った俺は校庭を指差した。
ちょうど彼女が校庭で体育の後片付けをしているところだったのだ。
ちなみにさっきから話している最中もチラチラと見ていた。
俺が指差すとクラス中の奴らが彼女を見た。
ホウホウと頷く奴もいれば、カワイイと言った奴もいる。
今、カワイイって言ったの男子か?後で話し合いが必要だな。
そして何人かが彼女のことを知っていると言い出した。
「あ、あの子、私と同じ図書委員だよ。スゴく本好きで、進んで本の貸し出しの当番もしてくれるの。確か前に好きなタイプは本が好きな人って言ってたよ。」
「あの子、俺の妹の友達だぞ。確か名前は篠宮凛ちゃん。」
なんか続々と情報が集まってくる。
その中に聞き流せない情報もあった。
「なんか、黒髪が好きって言ってたよ。アイドルも茶髪が多いけど、黒髪の人が良いって。」
俺は次の日、髪を黒にした。