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残された手紙

執筆者、雪村夏生。

先月のお題小説では終わりを書いたので、今月は始まりを書いてみる。

 これが最後になるかもしれない。そう思ったら、書きとめておかないわけにはいかなくて。だからあの日の昼休みのことを、思い出せるだけ正確にまとめておく。



「最近ね、図書室の本が一冊ずつ減ってる気がするんだよねえ」


 カウンターで頬づえをつきながら、口をとがらせる由美子は受付嬢にはふさわしくない。先ほどから、本を借りるか返すかするためにカウンターに本を持っていこうとして、ためらっている生徒を見かける。彼女が進んで図書委員をやったわけではないことがばればれだ。由美子は読書量が多いというだけで、クラスメイトに押しつけられたのだ。

 とはいえ、進んでやりたいと立候補したこちらとしても、昼休みと放課後にカウンターで貸し出し手続きをするのは、面倒なことこの上ない。


「一冊ずつ減ってるって、どういうこと?」


 貸し出し手続きなど一人いればできてしまうことだから、由美子に任せて隣で鶴を折っている。もう五羽目。


「あんたは興味ないかもだけどさあ、棚に隙間が増えてんの」おっくうそうに指を前方に差し向ける。先には辞書の棚。「わかる?」


 折る手を止めて、眼鏡のブリッジを押し上げる。一冊分の隙間ができていた。他のところも似たような隙間が多いから、後で見てみな。不機嫌そうなのは、本がなくなっていると疑いを持っているからなのか。

 辞書の棚にできている隙間は、確かに変だった。ちょうど辞書と辞書の間にできているせいかもしれない。メガネの度が合っていないので、何の辞書の間かまでは見えないが。


「由美子って、意外に見てるよね」鶴作りに戻る。「あんたさあ、このぐらい見てるうちにも入らないから」ため息を漏らされた。「辞書って、いっつも棚の端から端まできっちり入ってたでしょ。異変に気がつかない方がおかしい。眼科行ってきたら」


 目を伏せて咳払いを一つ。由美子はいちいち言うことがひどい。


「先生が減らしてるのかもよ」


 由美子はかぶりを振った。「訊いたけど、そんなことしてないって」


 また一羽完成した。わきにどかして、新しい鶴を折り始める。

 誰かがやったのではないか、と言うのは阻まれた。由美子がその考えに至らないはずはなかったからだ。言わせたいのだと思う。同意見が欲しいのだ。


「借りたいのだけど、いい?」


 制作途中の鶴から顔を上げる。同じ学年カラーのリボンをつけていたが、見知らぬ女子だった。一学年六クラスもあると、まだ顔も名前も知らない同級生は一杯いる。

 あっ、のだっち。隣で親しげに名前を呼ぶ。由美子の友人か。名字はノダなのだろう。本を受け取り、貸し出しの手続きを始める。折りかけの紙に目を落とす。


「ゆーみん、今面白いこと、言ってたね。本がなくなっているって」

「そーそー。のだっちも思ってたっしょ」

「それね、変なうわさがあるの」

「変なうわさ?」


 由美子とほぼ同時に、心の中で訊き返した。聞き耳を立てる。


「真夜中に、本が飛んで燃えるって」


 なんだそれ。少し期待をしてしまった自分が馬鹿らしくなった。由美子も似たようなことを思ったに違いない。もっとうまい怪談話の作り方があるでしょうに。ため息まじりに吐き捨てる。


「ゆーみん、これは馬鹿にならない話よ? 校庭に燃えた跡もちゃんと残ってるんだから」

「じゃあ、飛ぶって何」

「さあ。それはうわさを広めた人に訊かないと」


 のだっちさんが去ったあと。鶴も八体目に差しかかり、十までいったらやめようかなと考えていたときだった。


「今夜、学校に行ってみようかな」


 折る手を止めて訊き返した。少し声を張ってくれたが、言葉は一文字も変わっていない。すぐに影響されるのが由美子の悪いくせだ。中学のときにも真夜中に学校に行って、階段から滑り落ちたことがあったわけだし、もう夜の学校なんてやめときなよ。無駄な思い出話は、彼女の何かの火に油だったらしい。逆に行くと言ってやまなくなった。だったら一人で行きなよ、と思っていることとは反対のことを口走ってしまい。とうとう昼休みは終わった。


 翌日、家の電話が鳴った。担任の先生からだった。今日は臨時休校なのだそうだ。なぜだかわからないが、休みが一日増えたことに喜んだのも束の間、友人からスマートフォンに電話がかかってきた。学校で焼身遺体が見つかったのだという。

 しかも校庭のど真ん中で。

 どうして臨時休校なのか気になって、わざわざ学校に様子を見に行ったのだそうだ。


由美子はこのことを知らない。今日まで連絡が取れずじまいだし、おそらくこれからも会うことは愚か、連絡を取り合うこともできない。


 彼女があの夜に見たものは、なんだったのだろう。

 同時に、どうして意地を張って本当についていこうとしなかったのだろう。


 衝撃の朝から、五日が経っている。そろそろ、今さらだけど夜の学校はどんな感じなのだろう。見てこようと思う。



   ***



 これは宣言であり、遺書ではない。死ぬ気だったのではなく、復讐する気だった。読んだ感想だ。


「内田さん、辞書が減ってるって思ったことあった?」後ろでクローゼットの中をあさっているポニーテールに問いかける。探る手を止めることはなく、ただ首を縦に振った。


「えっ、いつ頃?」

「さあ。一週間は前だったと思うけど。それがどうかしたの、委員長」


 持っている手紙を持っていってあげる。ようやく手を止めて、こちらを見たかと思ったら手紙をかっさらった。


「どうするつもり?」しばらくして読み終わったようで、つき返してきた。おずおずと受け取って返事に窮していると、また同じ質問。


「行くよ、夜の図書室」


 納得したのか内田さんはうなずくと、私もついていくから。素っ気なく言い放ち、クローゼットの扉を閉めた。


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