クジラの図書館
著:影峰柚李
暗闇にボウっと浮かぶオレンジ色の街灯が少女の歩みと共に
道を照らして行き、来た道を消していく。
そして、どこだか分からない場所へと少女を導く。
微睡みに落ちた頃、大きなドームが見えてきた。
大きな口を開けて、少女の到着を待っている。
おいで、おいで、と手を招く猫に導かれ、
少女はそこに吸い込まれていった。
中も真っ暗、相変わらず街灯は足元しか照らしてくれない。
足を止め、ぐるりと辺りを見回した。
すると、街灯がパッと輝き、全体がはっきりと見えるようになり
全てを照らし出した。
〝図書館ではお静かに〟
目に入ったのはそう書かれた沢山の看板と
宙に浮く大量の本や本棚。
目の前に現れた透明な階段を上へ上へと登って行く。
途中、本を熱心に読んでいる犬に出会った。
少女は立ち止まり、声を掛ける。
「こんにちは、その本は面白い?」
声を掛けられた犬は迷惑そうに少女を見た。
「面白いかもしれないし、面白くないかもしれない。
要するに君には関係ないってことだよ。
そんなことより、声を小さくしてくれないかな。
ここは図書館なのだから」
また、本を読み始める。
ごめんなさい、と小さく言って少女はまた階段を登り始めた。
暫くして、少女は本を読むカエルに会った。
今度は小さく話しかける。
「こんにちは、その本は面白い?」
カエルはギョロッとした目で少女を見ると大きな口を開いて答える。
「君が嫌いな本だよ、きっと面白いけどね。
でも、君は嫌いだと思うよ」
「あら、読んでみないと分からないわ」
少し食い気味に答えた少女を、気味の悪い目で睨みつける。
「ここは図書館だ、静かにしてよ」
少女は、ハッと口を押さえてカエルから目を逸らした。
それ以上何も言わないカエルには話しかけず階段を登る。
暫く行くと、今度は狐に会った。
「こんにちは、その本は面白い?」
狐はニヤリと笑って「面白いよ」と答えた。
「なら、私もその本を読みたいわ」
少女が近づこうとすると、狐はキッと少女を睨んだ。
「いけない、いけない。これはあまりに面白いからね。
きっと動けなくなってしまうよ、さあお行き」
少し残念に思いながらも、少女は狐と別れて階段を登る。
一歩、また一歩と登る少女の横で逆さまになりながら
ケケケ、と笑うコウモリがいた。
コウモリは横をついて行く。
「まだ登るのかい」
「ええ」
「登らない方がいいんじゃない?」
「どうして?」
「さあね、登った方がいいかもしれない」
「言ってることがめちゃくちゃね」
「当たり前だろう、図書館なのだから」
それもそうか、と納得して、少女は更に上を目指す。
いつの間にかコウモリは消えていた。
登って、登って、更に登って、登り続けていると
口に血をつけた狼に出会った。
狼は少女の行く先を塞いで座り込んでいる。
「こんにちは、そこを通りたいのだけれど」
少女がお願いしても、狼は動こうとしない。
もう一度、頼んでみる。
「そこをどいてくださらない?
通りたいの」
ようやく狼は腰を上げる。
だが、その場を動こうとはしない。
少女がもう一度お願いしようとした時、狼が口を開いた。
「この先には行かない方がいいよ」
「どうして?」
「羊は僕が食べてしまったからね」
ペロリ、と口の周りを舐める。
それでも少女は通りたい。
「お願い、通りたいの」
「……そうかい、なら行けばいい、羊はいないけれど」
狼は飛び降りてしまった。
少女は階段を登りだす。
羊は狼が食べてしまった。
羊はいない。
それでも少女は登って行く。
大分、大分登った頃、ふくろうが首を斜めにしながら
何もいない檻を眺めていた。
「何をしているの?」
ふくろうは目を細めて少女を見る。
パサっと翼を広げて飛んでくると、また首を斜めにした。
「ここに、羊がいたはずなのに、どこに行ってしまったのだろう」
狼が食べてしまったということを知っていながら
少女は何も答えなかった。
ふくろうは更に近付く。
「羊を連れて行かなければならないのに、どこに行ってしまったのだろう。
ああ、鈴を鳴らさなければ、羊を呼ばなければ」
檻に掛かっていた鈴を取ると、勢いよく鳴らし始めた。
鈴の音が図書館いっぱいに響き渡る。
「羊はどこに行ったのだろう、ああ、帰ってこない」
ふくろうは鈴を鳴らし続ける。
その音に、図書館は怒りだす。
いけない、いけない、図書館ではお静かにと書いてあるのに。
焦りながら鈴を鳴らすふくろうに注意をする。
「ふくろうさん、羊は狼が食べてしまったのよ。
鈴を鳴らしても羊は帰ってこないわ」
ふくろうは鈴を鳴らすのを止めて、また首を斜めにした。
「そうか、そうだったのか、言ってくれれば良かったのに。
ああ、猫が怒るだろう、クジラが起きてしまう」
ふくろうは急いで飛んで行く。
少女も後を追って登って行く。
少し登ったところで、階段が終わった。
広い部屋の中心に猫が本を持って立っている。
「図書館ではお静かにと、何度も、何度も言いました。
誰ですか?
クジラを起こそうとするのは」
とっさに、ふくろうが少女の前に飛び降りて
「犯人はこの人です、この人が嘘をついたのです」
と言った。
鈴を鳴らしたのはふくろうだ。
「私は何もしてないわ」と否定すると、
猫は本を閉じて、目をキッと尖らせた。
「どちらにせよ、もうクジラは起きてしまうでしょう。
あんなにたくさん羊がいたはずなのに!
ああ、何ということだ、この夢はもう終わりだ。
起きなくてはならない、ああ、夢が終わるのは嫌だ」
猫は本を片手にウロウロウロウロウロウロウロウロ……
「そうか」
ピタッと歩みを止めてヒゲをピンっと伸ばす。
ガタガタ揺れ始めた夢を留めるため、猫は良案を思い浮かべた。
「新しい夢をあげれば、もう一度夢を見るかもしれない。
そうだ、そうしよう」
猫は少女を手招きした。
少女は近付かない。
ふくろうが背中を押しても、動かない。
「何を警戒しているんです?
さあ、こちらへいらっしゃい」
首を振って、足を踏み止める。
行ってはいけない、だって、羊はもういないのだから。
動かない少女に猫が近づいて行く。
「この図書館は、夢なのです。
そう、夢、全てはクジラのためにあるべき」
「こ、来ないで!」
「なぜです、折角あなたも
〝夢の一部になれる〟というのに」
少女は駆け出した。
登ってきた階段を、下って、下って、くだって、クダッて……
目が、少女を睨む。
口が、少女を非難する。
そして、ニヤリと笑い、入り口を閉めて行く。
「やめて!閉めないで!私はまだ……ッ!!」
バタンッ。
嬉しそうな猫の鳴き声が聞こえる。
ああ、夢が続いて行く。
今度こそ、クジラは起きない、起こさせない。
図書館では、お静かに。
動物夢占いを見ると分かりやすいかもしれない。