ラスボス倒したら裏ボス出るよねそうですよね。
短編と重複はここまでです。
いや私も帰りたいんですが。
帰りたいんだけどさ、男たちと一緒に寮に向かうのは気まずいし教室で待ってよかなーって戻った訳ね。
そしたら何故か殿下も入ってきたんだよ何故か!
しかもそこ出入り口側! 私出れない!
相変わらず目線は私にロックオンしてるし……かといってこのまま待ち続けるわけにもいかないし……。
ええいこうなったら強行突破!
悪役令嬢逆ざまぁイベントを突破した私に怖いものなどない! 私ほとんど何もしてないけど!
いざ第一歩!
スッ
スッ
意を決して殿下に向けて一歩を踏み出すと、逆に殿下は一歩退いた。
……あれ?
……もう一歩。
スッ
スッ
……もう二歩。
スッスッ
スッスッ
……えーっと?
スッ……スッスッ
スッ……スッスッ
いやコントやってんじゃないから!
なんで逃げんの! しかも出入り口の方に向かって!
視線は私に向けたまま外そうとしないし、でも後ろも見ずに下がって……。
……なんか身に覚えがあるな、これ。
どこだったっけ前世は部屋から出なかったし多分公爵家で……最近は帰ってないから結構前で……。
思い出した!
母が怖くてでも視線逸らすと平手だからって、視線を逸らさずにムーンウォークしたときだ!
後ろに向かって歩くなってやっぱり平手だったけど!
ということは、まさか。
「殿下。一つ提案があるのですが」
「聞こう」
「不敬を承知で申し上げます。お互いが後ろを向いて話すのは如何でしょうか」
「提案を受け入れよう」
殿下が言葉を発した瞬間に二人して後ろを向いた。
もうホント同時。ハタからみたら普通に笑えたと思う。
けど今は笑ってる場合じゃなくて確認しなければならない事がある。
ほぼ確定だけど、間違えるわけにもいかないしね……。
「殿下。不躾ながら質問があるのですが」
「答えるのは構わないが、私からの質問にも答えてほしい」
「もちろんです。ではお聞きします。殿下は女性が苦手ですね?」
「エレアノーラ嬢は男性、いや性別にかかわらず人が苦手だな?」
「「…………その通りです(だ)」」
やっぱりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
「刺すような視線はただ緊張から目を離せないだけで、そのいつも整った表情は強張っているだけで、言葉が少ないのは声が震えるからという事でよろしいでしょうか?」
「冷たい視線はひたすら相手を牽制し自分の位置を崩さないためで、人形のような表情は緊張して動かないだけで、いつも黙っているのは相手に理解させられるほど言葉が続かないからだな?」
「「…………そうです(だ)」」
うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
この殿下私と、同・類・だ!
道理でいつも視線を外さないわけだよ!
私が殿下を怖がってたのと同じく、向こうも怖がってたんだから!
怖いんだったら目を合わさないって?
違うね、目を逸らした瞬間相手に主導権を握られるんだから、自分の弱点を晒さないために絶対に視線を外せないのですよ。
そうなってしまえばその瞬間、一言も喋れないコミュ障のヒッキーに強制ジョブチェンジだからね。
でもなんで殿下が?
さっき私が指摘したように、殿下は男性は大丈夫だ。
気付いた瞬間に殿下の行動を思い返してみたが、男性を苦手とするような行動には覚えがない。
私は前世の影響があったからともかく、王城には侍女だって大勢居るのに。
気になるけど聞いちゃまずいかなー。
いやでもこんな時でもないと聞く機会なんて無いしなぁ。
「気を悪くしたなら答えなくてもいいが、何故エレアノーラ嬢がそうなったのか聞いてもいいか?」
おっと殿下から先に攻められてしまった。
転生のこと以外は隠す事ないんだけど、それって何も話せないのと一緒だし……どうしようかなー。
「すまない。そこまでのことを聞くなら、まず私から話すべきだな。私の場合は父上がきっかけで、母上が行ったことが原因だな」
ちょっと待て勝手に進めんなー!
聞きたいけど聞いたら私も話さないといけなくなるじゃーん!
あーでもこんな状況だし、多分殿下もテンパってるんだろうなぁ……。
分かるよー。お互いの姿が目に見えなくても、そこに居るってだけで十分アウトだからねぇ……私も……。
「父上の噂は耳にしたことがあるだろう。その事を懸念した母が、私に女性との接触を禁じたのだ。生まれてから学園に入学する一か月前まで、徹底的にな」
殿下の父上。つまり現在の国王の、噂。
それはアレだよね。
歴史上最高の女たらしってやつだよね。
賢王とか、軍神とか、稀代の英雄とかでなくて、女性の全てを愛でる者とか言われる方だよね。
普通国王にそんな噂があれば女性問題で色々と揉めそうなもんなのに、何故か全て丸く収まってしまうという、あの。
で、息子までそうなってほしくない王妃様により、女性との接触を禁じられたと。
「普通の貴族は性別がどうであろうと、身の回りの世話をするのは侍女の仕事だと聞いた。だが私の場合は男性がその役を担った。それだけではない。私が行く先々には必ず女性の姿が無かった。侍女も、騎士も、文官も、貴族との催物でさえ」
そう言われれば、殿下の話題は非常に少なかった。
この国での成人は十八歳、貴族の場合は学園卒業と同時に成人とされる。
そしてそれまでは、例え王家主催の催物であっても参加するかどうかは基本的に自由。
もちろんマナーも分からない子供を出席させれば家の評判に関わるが、きちんと教育し、その家の当主が許可を出せば出席できる。
多くの貴族子女は学園入学前から親に付いて会に出席し、交友を深めるのが基本だ。
そうでない者は私のように特殊な事例を除けば、遠方の辺境伯のように物理的な意味で難しい者だけだ。
だが殿下に関する話題というものは非常に少なかった。
出席していないわけではない。だが極端に露出が少なかった。
父上から殿下の話を聞いたことはあっても母から聞いたことはなかった。
それが全て、女性対策のため。
「そして入学の一か月前になり真実を聞いた。この世には性別があり、女性というものが存在すると」
この世に生を受け、学園に入学するまで、徹底的に。
十五年間。
言葉では一言で表される短いもの。
だが生きている本人からしてみれば、それが自分の全て。
「その話を聞いた時は驚いた。母上が他の人間と違うという事は知っていたが、それはそういう人間だからと教えられていた。だが世の中の半数の人間は母と同じだと言う」
驚いた、なんて殿下は一言で表現する。
さぞ驚いたろう。
十五年生きてきて全く知らないことを知ったのだから。
だがそれは……。
「それを聞いた時、私は世界が分からなくなってしまった。私の生きてきた今までは何だったのだろうと、な。そして同時に、そんな私の世界を作り上げた母上のことを恐ろしいとさえ考えてしまった。女性という存在は、全てこうなのだろうかと」
十五年かけて形成された自分の世界が揺るがされる。
いやむしろ崩壊と言えるレベルだろう。
存在を知らされず、本人に気付かさせず、殿下だけの世界を完璧に作り上げていたのだから。
それをある日突然に、創造主自らの手で壊される。
「事態に気付いた母上と父上がすぐさま手を打ってくれたおかげで入学は何とかなった。だが情けないことに、根本的な解決には至らないまま入学となってしまった。それから先は、エレアノーラ嬢も知る通りだ」
言葉の調子は最初から最後まで普段と同じ冷静な口調ではあったが、最後は自嘲の念を感じさせる言葉をもって締められた。
世界すら壊す存在が恐ろしくなったとして、一体誰に責められると言うのか
恐怖の対象が蠢く学園に入学し、必死に取り繕う様を誰が笑えると言うのか。
それに比べて、私は……。
「殿下は情けなくなどありません。情けないというのは私の方です」
「慰めはいい」
「そんな無駄なことを言うつもりはありません。お互い言葉を発したくないのはご存知でしょう」
「……それは、そうだが」
「少なくとも殿下は改善に向けて努力していらっしゃいました。困っている女子生徒には必ず手を差し向けていましたし、邪険に扱うこともありませんでした。それにアイナ様が近くに寄ってくることにも抵抗を示していませんでした」
女生徒を気遣う殿下の姿は、少なくとも入学時から今までバレない程度には自然に見えた。
ただ基本的に笑わず、冷静過ぎる対応から誰もが恐縮してしまい、折角の気遣いが実を結ぶことはほとんど無かったが。
いつも殿下の動向に注意を払っていた私は、そのことをよく知っている。
「アイナ嬢については、一応抵抗をしたのだがな……」
「それでもです。本気で抵抗をしていたら、いくらアイナ様でも近寄らせないことはできたはずです。ですのでいずれの場合も、結果はどうあれ殿下の意思が無ければありえないことなのです。それに比べ私は、ただ放置していただけですので」
「……そうか。いつも誰かに囲まれているのでうまく対応していると思ったが、あれは何もしなかったからそうなっていたという事か」
来るもの拒まず、去るもの追わず。
言葉にすると奇麗に聞こえるが、要は何もしなかっただけ。
取り巻きは勝手に私の周りに現れて群れとなり、周囲に影響を及ぼすだけで私にはほとんど何もしてこない。
だから私も取り巻きに何かすることも無く、ただ眺めているだけ。
お互い干渉することなんて実は多くないのだ。
「その通りです。私は五歳の時より母から教育され、他者と交われるよう教育されてきました。ですが十年の教育をもってしても、私は未だ、自分の意思で他者と関わろうと思ったことはありません」
「五歳? そんなにも幼い時から他人が苦手だったのか」
「いえ。正確には覚えていませんが、少なくとも更に十年以上前からです。私は前世を十八歳で幕を閉じ今世に発現した、転生者ですので」
前世の私は一般家庭に生まれた普通の子供だった。
両親共働きのどこにでもある家族だが、何故か私は他人の存在が苦手な子供だった。
そこにきっと大きな理由なんてない。
ただ自然とそう育ち、そしてちょっとしたいじめにあい、引きこもった。
そんな私を見た両親はどうしたかといえば、隠したのだ。
私が引きこもっていることを、世間から隠した。
近所には病気で入院していると言っていたらしく、私を外に出そうとするどころか家に閉じ込めようとする節さえあった。
仕事の面白かった二人には、そんな私が無理矢理学校に行って問題を起こす方が面倒だと考えたのかもしれない。
今考えれば、それは多分正しかったんだろうし。
とにかく私は誰憚ることなく引きこもりライフに突入。
小学生にして自宅警備員にジョブチェンジした。
部屋で毎日ネット、ゲーム、アニメ、漫画、小説、その他二次元の世界に没頭する日々。
通販で買い物しても高額なものでなければ特に咎められもせず、むしろ管理が面倒だったのか限度額の低い私用のカードまで与えられた。
私は一歩も家から出ることなく、そのまま数年を過ごした。
だがある日それは壊された。
事態に気付いた母方の祖父が部屋に突入。
強制的に部屋から連れ出した。
そして何故かそのまま、知り合いの剣道教室へ入らせた。
どうやら学校へ行きたくないのは人と接したくないからで、ならば人と向き合い、精神を鍛えるためと剣道を習わせようとしたらしい。
幸運だったのか不運だったのか、その教室は先生も含め六人ほどと非常に少なく、道場の隅っこで小さくなっている分には何とかなってしまった。
教室のある日は祖父が家と道場を送迎し、私は道場の隅っこで小さくなっている日々が始まった。
その剣道教室で出会ったのがしーちゃんだった。
本当の名前は知らない。皆がしーちゃんとだけ呼んでいた。
しーちゃんは丸くなって震えるだけの私に毎日声をかけてきた。
正直鬱陶しかったけど、そもそも引きこもりのきっかけはいじめと呼ぶのも憚られる程度のもの。
ただ会話に参加しようとしない私を無視して、私だけ除けたグループ分けがされただけ。
私は他人と居るのが嫌だし、皆も私が居ない方がやりやすいだろうとくらいに考えただけ。
だから当時の私は、案外すんなりとしーちゃんに慣れてしまった。
そのうち道場の隅っこで素振りするようになり、次はしーちゃんを前にして素振りをできるようになり、一年経つころには掛かり稽古もできるようになり、二年経つころには試合稽古もできるようになった。
しーちゃん限定ではあったが。
当時の私は剣道教室の日以外は相変わらず部屋に引きこもっていた。
けれど剣道教室に行くことを嫌だとは思っていなかった。
しーちゃん以外には相変わらずだけど、同じ道場内に居ても嫌だと思わない程度には平気になっていた。
私の世界は、自分の部屋と剣道教室。
この二つで構成されていた。
しかしその世界を壊したのは、他ならぬ私自身だった。
ある日しーちゃんは、私にも上段を使ってみるよう勧めてきた。
しーちゃんは上段の構えが好きだった。
先生は基本を大事していたため中段をメインに指導していたが、楽しむことも重要だという事で特に禁止もしていなかったので、私としーちゃんの試合稽古でたまに使ってくることがあった。
本人は見た目は可愛いの女の子なのに、その好みはかっこいいものが基準。
上段も『かっこいいしこれで打ち込むとすっきりするんだよね!』なんてよく言っていた。
前世でも他人の前ではいつも硬い表情をしていた私。
自分がすっきりするように、私もすっきりして表情も緩むのではないかと考えたらしい。
その時の私は、多分安心していたんだと思う。
自分の部屋は当然として、剣道教室にはしーちゃんが居るし、他の人も平気になり始めていた。
私は、私の居る世界が自分にとって害を成したりしないと、安心していた。
時間はまだ指導が始まる前。
生徒は揃い始めていたが先生はまだ来ていなかった。
大人の目が無いという事もあったんだろう。
いつもなら口をつく言葉は『私はいい』『無理』なんて否定的な言葉のはずが、その時は了承してしまった。
そうして初めてとった上段の構え。
しかし振り下ろした竹刀は、まだ防具を付けていない、しーちゃんの頭に当たってしまった。
当てるつもりは無かった。
打ち込む方も打ち込まれる方も慣れていなかったため、想像以上に竹刀が遠くまで届いてしまったのだ。
そして指導が始まる前だったこともあり、まだ面を着けていなかった。
しーちゃんは痛そうにしていたものの、すぐに先生が来てしまいその時は有耶無耶になった。
そして教室が終わった後しーちゃんに謝ったが、本人はもう痛くないからと笑って帰っていった。
それが、しーちゃんを見た最後だった。
家に帰ったしーちゃんは夜中に頭痛を訴え、即座に病院へ。
しかしギリギリまで我慢していたらしく、既に容態は最悪としか言いようが無い状況。
特に手を打つ間もなく、帰らぬ人となった。
原因はただ当たり所が悪かった。それだけだったそうだ。
私がそれを知ったのは次の剣道教室の日。
私を迎えに来た祖父が教えてくれた。
しーちゃんのことと、それを知った先生が剣道教室を閉めることにしたこと。
それだけ言うと祖父はすぐに帰ってしまい、二度と来なくなった。
私は私を部屋から連れ出す人も、連れ出される場所も、連れ出される理由も、全て壊したのだ。
その後のことはよく覚えていない。
ひたすら泣きまくったのか、ただ呆然としていただけなのか、物に当たり散らして暴たのか、それとも二次元の世界に逃げ込んだのか。
恐らく全てだと思う。
気付けば、部屋は見覚えの無い有様となっていた。
そして私を現実に引き戻した理由。
それはしーちゃんの両親の怒りだった。
家の外から聞こえてくる怒声、罵声により、私はしーちゃんが居なくなったことを思い知らされ、現実に引き戻された。
毎日聞こえてくる罵詈雑言。
家にゴミでも投げつけているのか、時折聞こえる鈍い衝撃音。
何も聞こえない時間は二次元の世界へ。そうでない間は恐怖の世界へ。
いくら逃げても一瞬で追いついてくる恐怖と、どんな恐怖でも消し去ってしまう幻。
剣道教室に続き自分の部屋という世界も無くなった私は、新たにその二つの世界を行き来していた。
そんな生活は約二年続いた。
両親は私を置いて違う場所に住み、しーちゃんの両親は変わらず私を責めた。
そしてとうとう我慢が出来なくなったのか、しーちゃんの両親は私の家に火をつけた。
疲れ切っていた私は特に逃げようともせず、酷くあっさりと、前世での人生を終わらせた。
「そうした前世での経験により、私は他人というものが怖いのです。これでも転生当時からするとかなり改善されているのですが、今でも自発的に改善するには至っていません」
これが私の理由ですと、言葉を終わらせた。
結局洗いざらい喋っちゃったよ。
でも殿下なら大丈夫でしょう。
私の事情は陛下には伝わってるはずだし、殿下もこんな話を人に言いふらしたりはしないだろうし。
殿下が妄想乙ってドン引きしなきゃいいくらいかなー。
それにしても隠してる事全部言うのはすっきりするね!
私……実は、筋肉フェチなんだ……って性癖暴露するような感じ? 違うか。
暗いこと言った割に平気そうだなって?
自分でも不思議なんだけどさ、なんかこう、自分のことなのに本の中の話みたいな感じなんだよね。
一歩引いてるっていうか、今世の自分から第三者的に前世の自分を見るような。
あれは間違いなく自分だったという感覚はあるのに、どこかずれてるような。
もしかしたら本気で受け止めるとダメになるから本能的に拒否でもしてるのかもね。
それか母の教育の賜物か。
あの地獄を思い出すと前世が大したことないととさえ思えてくるね……。
いや前世の経験が無ければ地獄にもならなかったか。やっぱ前世怖い。
「……エレアノーラ嬢の過去を信じがたいというのは簡単だが、疑う理由も無いな」
しばらく黙っていた殿下がようやく声をかけてきた。
内心はどうあれとりあえず私がそういう人間だと認めてくれるってことかな。
母といい殿下といい、懐の広い人が多いねこっちの世界は。
「だが一つだけ訂正させてほしい」
お? なんだ?
「エレアノーラ嬢は自発的に他者と関わろうとはしないと言うが、それは間違いだ」
えぇ、気のせいじゃね?
「何故なら今こうして話していている事こそが“それ”ではないか」
……そーなの?
自分じゃそんな気ないんだけど。
ただ殿下が話したから私も話しただけだし……。
「確かに今までのエレアノーラ嬢は他者と関わろうとはしなかった。何かあっても最低限のことしかせず、利を得ようともしなければ害を成そうともしなかった。それは今回もそうできたはずだ」
取り巻きが被害者相手に暴れてる時に加勢してれば、相手から利益を毟り取ることもできたけどそうはしなかった。
だって人と関わりたくないし。
私を目の敵にする人達が結託して面倒ごとを押し付けられたこともあるけど、特にやり返しもせず放っておいた。
やっぱり人と関わりたくないし。
今回殿下に話したのだって、強制はされてないんだから適当に誤魔化して逃げることもできた。
でも、関わってしまった。
「他者と関わろうとしないエレアノーラ嬢はもういない。今ここに居るのは他者と少しづつ関わろうとするエレアノーラ嬢だ」
……私、少しはマシになってきてるのかな?
「私には断言できる。学園に入ってからのエレアノーラ嬢を最も見ていたのは、外ならぬ私だからな」
殿下が、私を見ていた。
それはそうだよね、同級生に公爵家は私一人だったし入学して早々に冷徹人形なんて呼ばれ始めたし、一番警戒すべき相手が私なのは間違いない。
私が権力の象徴である王族を警戒したのと一緒なわけで。
ということは私と殿下はお互い同じような立場から同じような視線で相手を見ていたわけで……。
……何故だ、そんなこと考えたらとんでもなく恥ずかしくなってきたんだが。
私らがやってることって片思い同士の男女と変わんなくね!? 意味は全く違うけど!
しかも私が殿下のこと即座に理解できたように、多分殿下も私のことを理解できるわけで……。
うわーーーー!! なんかこっぱずかしぃぞーーーーー!!
私と殿下もう相思相愛じゃね!? 愛はまだ無いから哀でいいっすかね!!
って私なんで『まだ』なんて付けてんのさーーー!!
よく分からんがこれはまずい!
一刻も早く撤退せねば羞恥で身もだえるかもしれん!
よく考えたら暴露大会も終わったしもう部屋に帰っていいよね!
「で、殿下のお言葉は嬉しく思います。ではお話も終わりましたので……」
「あ、ああそうだな。私も戻らねばならんな……」
そう言うだけで、二人とも動こうとしなかった。
動け私の体ーーー!!
お互いが今まで聞いたことないような上擦った声だったなんて関係ないだろーーー!!
もう挨拶も何も知るか!
いいか私、まず目指すは廊下だ。そこに出てしまえばどうとでもなる。
そこにたどり着ければ後は自室までダッシュだ。
淑女がどうとか言ってる場合じゃねぇ! とにかく殿下から逃げることが最優先だ!
よし動けよ体! いくぞおらぁ!
「「っ!!!!」」
何で丁度殿下も振り返るのさぁぁぁぁぁぁ!!
しかも殿下の顔おもいっきり赤いし!!
形はいつもの冷静な表情なのに顔は赤くなってるし視線はなんか情熱的にこっち見て……。
じゃなあぁぁぁぁぁい!!!!
鏡見なくても分かる!
これ絶対に! 私も同じ顔してるよぉぉぉぉぉ!!!!
しかもいつも見てる殿下の顔が何故か今に限ってめちゃくちゃカッコいいのに可愛い感じもするからずっと見てたいな……とかそんなこと思っちゃだめ!!!!
今は逃げる時! じゃないと爆発する! 何か知らないけど爆発する!
「……で、でんか……わ、わた……や……へや……」
「……そっ…………だな……もど……もどら……ば……」
もうまともに動かない口から出た訳の分からない言葉を聞いた私たちは、お互い完全にフリーズ。
その後何とか無理矢理動き出して寮へと戻った。
もうどこをどう歩いたなんて全然覚えてない。
それぞれの部屋に分かれる直前まで何故か隣に殿下が居たような気がするけどきっと気のせいだ。
そうに違いないんだ……。
気が付けば朝。
昨日の夕食に何食べたかなんて覚えてないけど朝だ。
昨日の放課後の先から何も覚えてないけど朝だ。
「おはようございますレア様。殿下と二人でお戻りになられてから様子がおかしかったですが、特に問題ないようですね」
「リーエ、そんな事実は存在しない」
「おはようございますレア様。殿下と二人でお戻りになられた記念という事で、今日の朝食はチョココロネにしました」
「そんな事実は存在しないけど、ありがとうルーエ」
私は何も覚えていない。という事は何も無かったのだ。それが全て。いいね?
さて何も無かったのだから、当然私と殿下の関係も変わらなかった。
いつものように顔を合わせれば冷静に挨拶をし、要件があれば簡潔に終わらせる。
うん。素晴らしくいつも通りだ。
変わったことを挙げるとすれば、アイナ様が学園から居なくなったことと、それによって私に突っかかられることが無くなったことくらいだろう。
居なくなった理由や行先は正式には公表されなかったけど、実際は修道院に放り込まれたそうだ。
どうやら私にやったような自作自演は初めてではなかったらしく、結構な数の女子生徒が被害にあっていたらしい。
そのこともあって厳罰を受ける可能性もあったそうだが、いろいろ調べられた結果、日本で言うところの精神疾患に近い状態だったため温情が与えられたそうだ。
自分は全ての人を愛し、愛されなければならない(ただしイケメンに限る)存在だとか、そんな感じだったらしい。
ただイケじゃなければまだ救いも……あったのかな?
それから取り巻き三人組は全員が自宅療養という名目の監禁状態なんだそうだ。
彼らは特に罰せられるようなことはしていなかったが、女一人に騙された挙句罪の無い者を陥れようとしたため、家の面汚しを曝したくないという事で強制的に連れ戻された。
騎士団長子息に至っては当主自らが迎えに来たうえその場で切り捨てようとする場面もあったが、学園長の説得によりひとまず保留となった。
剣を抜いた上に切りかかるまでしたんだから当たり前だね。
騎士の名を汚したどころの話じゃ済まないんだから、命があるだけでもマシってところでしょう。
その他、あの場に居た男子生徒の結構な数が家に連れ戻された。
おかげで結構男子が少なくなって肩身の狭い思いをしているらしい。
まぁあんなことがあった後じゃね。男共の株が大暴落するのは当然のことでしょ。
しかしその一方で殿下の株は大暴騰。
アイナ様に騙されもせず、しかもたった一人で真実を突き止め、私を救い出した本物の騎士だとか。
事件のあと怯える私に一人付き添い、部屋まで完璧に守り通した、男性として最高の存在だとか……。
怯えはしたけど守られてないしそんな事実はなーい!
だから取り巻きーズ! わざとらしく空気読んだ振りして殿下と二人にするな! 私を置いていくなー!
あの件があってから周囲には殿下と私をくっつけようとする空気が漂っていて、私が殿下と顔を合わせると誰もがそそくさと去っていくのだ!
いやさっきも言ったけど私と殿下は何も変わらなかった。
二人の関係は何も変わってないように見えるのに、どうやらそれがずっと前から相思相愛だったという事にされてしまってるんだよ!
顔を合わせれば挨拶はするが必要以上は喋ろうとせず、目も合わせるがそれはお互い牽制のため。
ほんっとーに何も変わってない。
もうそんなことする必要ないと思うだろう。
あるんだよ!
少しでも気を抜いてしまうと……こう……あの時の表情が思い返されて……。
違う違うちがーう私は何も思い出してなあぁぁぁぁぁぁい!!!!
とにかく油断すると爆発しそうになるから気が抜けないんだよ!!
相手が油断して一瞬でも顔を緩めると思い出してしまうからお互い気が抜けないんだよ!!
本当にどうしてこうなった……。
やっぱり殿下怖い。もう見たくない。
饅頭怖いじゃないからな! マジで見たくないからな!
やっぱり帰りたいよ! 引きこもりたいよ!
家の外なんて怖いよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!