立ってただけでラスボス倒したけど、経験値入るの?
短編と同一の内容となります。既読の方はどうぞスキップを。
最近やっと気付いたけど、お前もしかしてストーカーなのか。
誰のことだって?
アイナ様のことだよ。あのアイドルビッチの。
まずおかしいと思ったのは二週間前の昼休み。
取り巻きを撒いた私は、図書室の一番奥で一人静かに『立体魔法陣による高度連鎖型複雑性反応魔法陣理論』を読んでいた。
図書室最奥のこの自習机はめったに利用者が居ないため、誰も知らない私の休憩スペースとなっていた。
なのにそんな所にアイナ様は現れた。
しかも本棚を倒しながら。
ていうかどうやったらこのバカでかい本棚を倒せるのさ。
高さは身長の倍近く有るし幅だって相当だぞ?
しかもアイナ様はいかにも、梯子が無いから上までよじ登ってましたーっていうところに引っかかってるし。
えっ、まさか体重に耐え切れず……?
なわけ無いか。
そんな登場をしたアイナ様は、私を見るやいなや泣き出した。
そして泣き出したと思えば宰相子息が迎えに来た。
子守は大変っすね。
ついでに勉強も見てあげなよ。その子こないだの座学で入試に出てきた問題を答えられなかったって聞いたよ。
先週は廊下を歩いていたら階段から転がり下りてきた。
その後当然のように泣き出し、どこからともなく現れた宮廷魔法士長子息により連れられていった。
な、何を言ってるかわからねーと思うが(以下略)
私はその時、炎魔法学の先生から先生から依頼された『炎魔法による極低温化魔法の実現』についてのレポートを提出した帰りだった。
炎魔法の授業中だが炎魔法については座学も実技も卒業分までの単位を取得しているため、たまに先生からこういう依頼をされるのだ。
あの先生は本当に魔法フェチで魔法に関することなら躊躇なく私に絡んでくる。それ以外は近寄らないが。
とにかくその時は授業中だったはずだ。
なのに何故かアイナ様は階段から転がってきた。
全くもって意味が分からない。
ていうか二人とも授業出なよ。特にアイナ様、光魔法専門だからって他の属性ぼろぼろらしいよ。
そして昨日。
早朝から私は学園の奥にある森へ来ていた。
運動と鍛錬をするためにだ。
嘘つけ貴様がそんなことするわけないだろ。何か企んでるだろって?
そう言われるから誰にも見られないようにこんな所でやってんじゃないか!
森は一応立ち入り自由。
だけど奥の方には魔物が出る可能性があるので基本的に誰も近づかない。
なのにそんな所にもアイナ様は現れたんだよ! こんな朝っぱらなのに!
しかもモンスタートレインしてきやがったよあのビッチ!
ていうか学園側から走ってきたのにどこに魔物居たんだよ。
とりあえず数が多かったので即座に上級闇魔法のダークフィールドを展開、魔物を全て闇空間に閉じ込めてそのまま潰してやった。
両腕で囲えるほどのサイズで展開できれば一級魔法士になれると言われるが、私は十人が輪になるほどのサイズを形成したから余裕だ。
日頃からひたすら魔法式の高効率化と高威力化を追求していたのでこれくらいはできる。
ていうか学園で教えるで標準の魔法式なんて面倒過ぎて使えたもんじゃない。
三桁の掛け算を足し算だけでやるくらいに面倒くさい。
そんなわけでビッチの後ろに居た魔物は全て消してやったけど、魔物にビビって転んだらしく当然泣き出しやがった。
そこに颯爽と現れる騎士団長子息。
ちーっす、お受け取りのサインはいらないんでさっさと持って帰ってくれやがりませー。
あと普段から肉体肉体うるさいんだから、せめて多少は走れるように鍛えてあげればいいのに。
とまぁそこまで色々あれば私でも気付く。
いくらなんでもおかしくね?
図書室でばったりはともかく、授業中とか早朝の森とか、いくら何でも偶然はあり得ないっしょ。
でもなんでそんな事してんの?
毎度毎度、嫌がらせしようとして失敗したの図にしか見えないんだけど、どうしてそこまで失敗すんの?
うーん、コミュ障の私にはアイドルでビッチなリア充の考える事なんて理解できん。
まーとりあえず、今日の授業も終わったし部屋に戻……。
あれ? なんか静か?
いつもなら授業が終わると取り巻き共に囲まれるのに、今日はそれが無い。
まぁ静かなのはいいことなんだけど、ここまで何もないとなんか不気味だ。
……周りを見れば女子生徒が全然いないし。
…………あー。
……いくらなんでもヤバそうだ。
さっさと逃げよう。
そうと決めた私は急いで廊下に――
「どこへ行くのですか。エレアノーラ嬢」
廊下に出た直後、横から声をかけられた。
声の方向に目をやれば、そこにはアイナ様の取り巻き三人と、その後ろに立つアイナ様。
そしてさらにその後ろには、多数の男子生徒の姿。
振り向く際に一瞬だけ見えたが、反対側も男子で塞がれていた。
「私の質問を無視するのですか?」
状況把握のため沈黙していたところを無視していると捉えたらしい。
宰相子爵が質問を重ねる。
「ごきげんよう。まさか上級貴族ともあろうお方から、挨拶もせずにものを尋ねられるとは思いませんでしたので」
努めて冷静に返事を返す。
さすがに状況を察した私は絶対に取り乱してはならないとすぐに理解する。
これは、悪役令嬢糾弾の場だ。
一手のミスが身の破滅に繋がるだろう。
私は冷静に、確実に、正解の選択肢を選び続けなければならない。
冷静に、冷静に、冷静に……。
いや無理だってーの!
怖いよ!
前も後ろも教室もどこ見ても男子しかいないんだよ!
女は私だけ! アイナ様はあっち側だから除外!
コミュ障舐めんなよ!? 視線だけで死ねるんだからな!
こーーーわーーーいーーーよーーー!!
「どの口がそんなことを言う! 貴様のような者が貴族に名を連ねるなど、貴族の高貴さを貶めることに他ならない!」
貶めても何でもいいから早くどけー部屋に帰らせろ―!
「そうですか。では私のような者は部屋に戻らせていただきましょう」
「待て! 貴様は罪を償わなければならないのだ!」
いちいち大声出すなよ怖いんだよ! 罪でも罰でもいいから帰らせろー引きこもらせろーーー!
「ふんっ、何のことか分からないと言った顔をして! 貴様の罪は全て分かっているんだからな!」
怖くて表情が動かなくなってる上に顔面蒼白になってるだけですが何かーーー!
あっ、肌白くて分かりませんかそうですか!
すいませんねこんなやつで! だから帰らせてーーー!
「貴様は二週間前、アイナを図書室に呼び出し、ケガを負わせたな! しかも一歩間違えれば彼女は死ぬところだった! どう責任を取る!」
帰らせろー! 図書室へ帰らせろー! ……図書室?
「先週は階段からアイナを突き落としましたね。まさか授業の途中にまで罪を重ねるとは思いませんでしたよ。お前は学園という場所へ一体何しに来ているんだ!」
いや勉強しに来てますが。
ていうか階段?
えぇ……じゃあこの次はやっぱり……。
「昨日はついに森で魔物に襲わせようとまでしたな。貴様という人間は一体どこまで堕ちれば気が済むのだ! 騎士として貴様のような存在を見過ごすことはできん!」
やっぱりか……。
ってことはあの奇行は嫌がらせ失敗じゃなくて自作自演のつもりだったのね……。
はぁ、なんか一気に気が抜けた。
タネの分かる糾弾ってこんな感じなのかーって気分だね。
いや怖いのは変わらないんだけど、そこに壮大なアホ臭さが漂い始めてどうにも……。
私がビビりながらも呆れていると、次に言葉を発したのはヒロイン様だった。
「待ってください! エレアノーラ様は本当はそんな人じゃありません!」
お前もなー。
「きっと何か、誰にも言えない秘密があるんです……だから私は許します!」
そっすか。ありがとーございまーす。
秘密持ってんのはアンタだけどなー。
「皆さんも……信じる気持ちを忘れないでください……争いからは何も生まないのです……」
おお流石、涙を流すタイミングもばっちりっすね。
そして当然のように感動にふける男共。
これだけの男が一斉に……きもーい……。
これ宗教だったのか……。
まぁめでたしめでたしだよねこれで。
断罪イベントというよりは好感度アップイベントだったのかな。
いやネガティブキャンペーンか。
どっちでもいいや、やっと部屋に帰れる……。
「アイナの言うことはいつも正しい。だが! 俺はどうしてもこいつを許せん!」
そんな感動の空気を打ち壊したのは騎士団長子息。
「この者は悪だ! 必ず世に災いをもたらす!」
そう言って手に持つ剣を、鞘から引き抜いた。
現れた刀身は鈍くあやしい光を湛えた、真剣のそれ。
騎士団長子息は抜いた鞘を私に向かって投げつけてきた。
「貴様が神の元で暮らし、二度と俗世に関わらぬと誓うなら俺も引き下がろう! しかしそうでないと言うのなら、我が騎士道が悪を切る!」
感動の場面が一転、死というものを感じさせる世界へ。
周囲の男達は、まだ突然の事に理解が追いついてないように呆け、動けずにいる。
そして私も、投げつけられた鞘をつい手で受け止めてしまったが、それ以上は動こうとしなかった。
だって全然死ぬ気しないし。
気分はだからどーしたですよ。
やれるもんならやってみろっての。
さっきから偉そうな御託並べてるけど、そういうのは相手見て言おうな?
掲げた剣に向けて言っても誰も聞いてくれないって。
しかも敵が目の前にいるのに目を逸らすとか、アンタそれでも剣術学年二位なの?
あ、だから二位なのか。
騎士団長子息に勝つ殿下すげーって思ってたけど、二位がこれじゃねぇ……。
「何も言わぬはやましき心の証拠! やはり貴様は悪! 我が騎士道のため、我は悪を討つ!」
やっと前振り終わった?
変なポージングと独り言はいいから早く構えてーって、
騎士団長子息が剣を両手で持ち、構えたその位置は――
上段。
しーちゃんが好きだった上段。
よりによってそれを選ぶとか。
ないわー。
かっこいから上段が好きだといつも言っていた。
本人はとても可愛い女の子なのに、その反動からなのか、かっこいいものが大好きだった彼女。
そんなしーちゃんが、私は大好きだった。
たった一人、一緒に居られる人だった。
そんなしーちゃんの上段を見ていた私には。
向かい合うその姿は、とてもかっこいいとは思えなかった。
ならば適当にあしらえばいいだけ。
手の中の鞘は、全く違う物のはずなのにどこか懐かしく。
少しだけ意識をすれば、久しぶりのはずなのに自然と中段の構えへ。
そして正面から向かってくる騎士団長子息。
遅い。
私は特に焦りもせず、上段から面へ向かって振り下ろされる刃の腹を叩き、逸らす。
そして、
「こてぇぇぇぇぇぇぇ!!」
気勢を込めた一撃を、私は小手に打ち込んでいた。
鞘とはいえ素材は木。
衝撃に緩んだ手から、剣は廊下へと滑り落ちた。
たったそれだけで騎士団長子息は呆然としたまま立ち尽くし。
周囲はシンと静まり返り。
私は一人、残心の中にあった。
だからやれるもんならやってみろ(物理)って言ったんだよ。
母の平手より遅い攻撃なんかに当たるはずないし。
ごめんよ騎士団長子息、過大評価してたわ。
つかぼーっとしてないで剣拾いなよ。
本気で一撃入れたわけじゃないからまだ握れるっしょ。
それともこのままだんまり? 一撃でビビって黙り込む程度なの?
しかしいつまでも続くかのような沈黙は、一人の男によって破られた。
「これは一体何事だ」
その存在に気付いた生徒は次々と道を譲り、海が割れるかのような様を見せた。
現れたのはアークレイル殿下。
そしてその横には学園長の姿もあった。
「エレアノーラ嬢」
未だに鞘を構える殿下が、いつものように私を目を貫いてきた。
そのいつもの貫くような視線に、私もいつもの立場へと戻る。
構えを解き、いつものように淑女の礼を取った。
「ごきげんよう、アークレイル殿下。この場は私に贖罪を促すために取り持たれた場と聞いております」
宰相子息はそう言ってたし間違いないはず。
やましいことは何もないのでストレートに行きましょう。
「そうか。悪いがその用は後回しにしてほしい。こちらにも都合があるのでな」
そう言って殿下は私から視線を外してくれた。
やったー石化の視線が無くなったー!
ってあれ、視線の先はアイナ様?
なして……ってそういえば殿下も取り巻きだったよね……。
まさか加勢に来たとか言うんじゃー!?
「アイナ・ハリマー男爵令嬢。貴方は二週間前に図書室で魔法を使用しましたね」
私が戦々恐々としていると、次に声を発したのは学園長の方だった。
「え……私っ、そんなことしてません!」
何かの間違いですっ、と主張するアイナ様だけど……あーそうか、知らなかったのか。
「この学園には、いつ誰が魔法を使用したのかを調べる魔法具があります。その魔法具にはっきりと記録が残っていましたよ」
顔を驚愕に染めるアイナ様を見て、遅れて事情を理解した周囲の男共も驚きだした。
魔法の使用を探知する魔法具の存在は一応伏せられている。
私は自分で調べたから知っていたけどね。
魔法を使用できないので魔法を使われたことを探知できず、図書室で魔法を使われたという事も気付かなかった。
あれだけ大きい本棚が倒れてきたのはそういう事だったのか……。
「それから先週の授業中。貴方は光魔法の先生から大事な話があるからと、他の授業を欠席しましたね。光魔法の先生は貴方に会っていたと証言をしていますが、その時間、二階の階段付近で貴方の魔法の使用が確認されています」
続けられた言葉にどんどん顔を青くしていくアイナ様。
先生まで抱き込んでたから授業中あんなところに居たのか……。
「し、しかし! その時間はこのエレアノーラも廊下に居ました! 私は偶然先生に呼び出されたため現場に居合わせました!」
「その呼び出した先生はそんなことはしていないと証言しています。恐らく誰かが名を騙ったのでしょうね。それからエレアノーラ嬢は炎魔法のレポートを私に提出した帰りに通りがかっただけです。私の部屋で実験的に魔法を展開していただきましたから、これも魔法具の記録に残っています」
宮廷魔法士長子息が弁護するも、論破されるどころか演出として利用されていたことまで告げられ、当の本人は驚愕に染まり黙り込んだ。
炎魔法のレポートを炎魔法の授業時間中に作成したので、既に先生には見せていた。
なのであの時の提出先は実は学園長だったのだ。
作成した私の方が考案した魔法式を安定して展開できるので、実演も兼ねて私が持っていくことにしている。
「それに昨日、森の方で封牢石の使用を複数確認しました。中に封じられていたのは直後に魔物の反応が出たことからそれに間違いないでしょう。そしてその後、上級闇魔法のダークフィールドの展開を確認をしましたが、これはエレアノーラ嬢の反応で間違いありませんでした。エレアノーラ嬢が身を守るために使用したと考えるのが妥当でしょう」
「それは彼女が呼び出したものでは……あんな時間にそこに居ること自体が……」
「これはごく一部の人間しか知りませんが、彼女は毎日、あの時間あの場所へ行っていますよ。魔法を使用した記録は毎日ではありませんが、それでも相当数が記録されています。エレアノーラ嬢が居たとしても、何ら不思議はありません」
騎士団長子息が呆然としたような表情をしつつも聞いてきたが、それもあっさりと覆された。
あの魔法具そこまで範囲広かったのか……これは気付かなかった……。
それに毎日ってとこまでバレてるし、さすがは世界トップレベルの学園だね。
ていうか騎士団長子息、この世の終わりみたいな表情だな……。
「そういったわけで、それらに関してお話を伺いたいと思います。なお拒否権はありません」
そう言って学園長はアイナ様を連れて行こうするが、当の本人といえば……。
「嘘ですっ……これは真実ではありません誰かの罠なのです……アークレイル様なら信じていただけますよね……」
殿下に縋るような目を向け、そして実際に縋りつこうと身を寄せ――
パシッ
「私に触れるな」
触れる寸前。その手は払われ、残るはただ呆然とするだけの少女が一人。
そのまま引きずられるように学園長へ連れていかれ、それを期に他の男たちも一人、また一人と去っていき。
最後に残ったのは、私と殿下の二人だけだった。