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逃げ切った!

本日二本目。


 などと入学当時は考えていたな。


 正直、すまなかった。


 いつ襲われても対応出来る(戦える)ようずっとエレアノーラ嬢のことを観察していたのだが、そんな事は一度もなかった。

 むしろ絶対に外せない用事でもなければ決して私に寄ってこない。

 人畜無害とはこういうことを言うのだろうな。


 私以外の生徒が何らかの被害を受けているという噂は度々あった。

 だが一部始終を目にしたことがあるのだが、彼女は本当に何もしていなかった。

 勝手に取り巻きが騒ぎ立てて被害者を作り上げ、被害者は勝手に学園を去って行く。

 エレアノーラ嬢は庇うような言葉も発していたな。おかしな解釈をされていたようだが。


 何故おかしな解釈だとわかるのかと言えば、それは私が彼女のことを観察した結果だ。

 どんなときでも無表情のエレアノーラ嬢だが、全く感情を表さないわけではない。

 特に目を見ればわかる。

 一人で居るときは機嫌が良いようだし、取り巻きが居ると面倒そうだ。

 そしておかしな解釈をされたときは、よくわからないがそのどちらでもなかった。

 少なくとも嬉しそうではなかったから、希望に沿った結果ではないのだろう。


 まぁ、ただの想像にすぎんがな。


 本人に確認したわけではないのだし、案外本当に陥れたかった可能性もある。

 機会があれば聞いてみたいと思うが、そんな機会は決して来ないだろう。

 今でもエレアノーラ嬢の前に立つと、恐怖で体が動かなくなりそうになる。

 私にとってはそれほどの人物だ。むしろそんな話をする機会など来て欲しくない。


 ……来て欲しくないが、だがこの者と話すくらいなら、いっそそのほうがどんなにマシなことか……。


「殿下ー、今日も良い天気ですねー」


 挨拶しながら私の元に来る、アイナ・ハリマー男爵令嬢。

 にこにこと笑顔を浮かべながら、はしたなく走って、手を振りながら。

 それでいて視線は『獲物は絶対逃がさない』と言わんばかりに私に固定している。

 どこの魔物ハンターだと言いたい。


「アイナ、そんなに走っては危ないですよ」


「天気が良くて機嫌が良いのですね。元気なアイナらしい」


「走る姿も可憐だな、アイナは」


 その後ろからやってきたアイナ嬢の取り巻き(戦利品)である、宰相子息、騎士団長子息、宮廷魔法士長子息の三人。

 しかもアイナ嬢の取り巻きはこれだけではない。

 身分の高いこの三人が牽制しているが、本当は二桁を超える。

 今も廊下の影から視線が向けられているな。


 近寄れないにも関わらず、なお彼らはアイナ嬢から離れようとしない。

 どれほど彼女が“女”として優秀なのか、伺い知れるというものだ。


 この点はエレアノーラ嬢とは比べるまでもない。

 不思議なことに、エレアノーラ嬢からは“女”というものを一度として感じたことがないからだ。

 だからこそ一年以上に渡って観察できていたのだが。


 だがアイナ嬢の、そのなんと狡猾なことか!

 彼女の恐ろしいところは、その“女”の部分の隠蔽方法にあるだろう。

 アイナ嬢も普段はあまり“女”というもの感じさせない。

 だからほとんどの男は無警戒に、そうでない者でも若干の警戒しかしないまま、彼女に近づく。

 そして男の僅かな隙を見つけたその瞬間、強烈に“女”を解放するのだ。

 不意を突かれた男はあっけなく彼女にやられ、彼女の物となってしまう。

 恐ろしく洗練された手際だ。


 私にも向けられたことがある。

 というか毎日向けられているのだが、生憎と私は女性の前では決して気を抜かない。

 隙を突こうとしても無駄だ。

 だが彼女は手を替え品を替えては迫ってくる。

 毎日。


 毎日毎日。


 毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日…………。


 これに比べたら、エレアノーラ嬢と相対するのは野生のグリーンドラゴンに餌を与えに行くようなものだ。

 どんなに恐ろしかろうと餌を与えれば(用が済めば)追っては来ないし、日を改めて襲いかかってくることもない。

 いかに恐ろしい恐怖でも、いつか終わるとわかっていればそれだけで気が楽になる。

 なのにアイナ嬢は……っ。


 そもそもどうして私を狙うのか。

 そんなに男を所有したのにまだ欲しいのか。

 一体どれほど所有したら気が済むのか。


 “女”というものの恐ろしさは、やはり私風情には到底理解できないということか……。




 そんな私にとっての恐怖を余すことなく体現したとも言えるアイナ嬢だったが、学園長の要請ににより調査したところ多数の不正が発覚。

 荷担した者たちと一緒に、そのほとんどが退学処分となった。

 そのことが決まったとき、私は心の中で一言だけ呟いた。


 私は逃げ切ったぞおおおおおおおおおおお!!!!


 呟きと言うにはあまりに大きいが気にするな。

 どれだけ嬉しかろうが一瞬で済ませたのだから呟きでいいのだ。


 いくら自業自得とは言え他人の不幸をあざ笑うのは良くないことだが、その一言くらいは許して欲しい。

 恐怖の存在は居なくなり、アイナ嬢にうつつを抜かし成績を下げていたくせに権力ばかり誇示する邪魔な男どもも居なくなったから良いことずくめだったのだ。

 許されるなら一日中喜びに浸っていたいほど、全てが丸く収まった。


 ……いや、本当に全てではないのだが。


 というのもアイナ嬢を学園長室に連れてこようとしたその日、彼女はエレアノーラ嬢に無実の罪を着せようとしていた。

 愚かにもほどがあるが、それはどうでもいい。

 学園長が少し話しただけで終了したからな。


 問題はその後だ。

 騒ぎが終わってアイナ嬢の取り巻きたちがこそこそ去って行く姿を見ていたが、全員が絶望の表情を浮かべていた。

 あまりに重すぎる雰囲気に耐えきれず教室に入ったら、そこには先に入っていたらしいエレアノーラ嬢の姿があった。


 拙いと思ったときにはもう遅かった。

 私に気が付いた彼女はこちらに視線を向け、捉えて放そうとしなかった。

 もちろん私も放さなかった。

 確かに彼女は女性の中では無害なほうだが、この状況で僅かでも視線を逸らせばどうなるか、わからないのもまた事実。


 隙を見せた瞬間、ヤられる。


 私は、緊張の時間を過ごすことになってしまったのだ……。




 一体、どれほどの時間そうていたのか。

 実際はそこまで長くなかったはずだが、一瞬たりとも気を抜けなかったので恐ろしく長く感じる時間だった。

 いつ終わるとも知れない、張り詰めた空気。

 それを破ったのは、エレアノーラ嬢の一歩だった。


スッ

スッ


 しまった、と思ったときにはもう遅い。

 こちらに踏み出すエレアノーラ嬢から距離を取るため、つい退いてしまった。


 これでは私が不利な立場だと知られてしまったようなものではないか!!


 まさか不意を突いた一歩でここまで有利な状況を作り出すとは……さすがはサースヴェール家の者ということか……。

 だが勝負は始まったばかり。まだ巻き返しは出来るはずだ。

 次の動きはどう出るか、全神経を集中しろ。

 さぁ、どうする?


スッ

スッ


 先ほどと同じように一歩踏み出すエレアノーラ嬢に対し、今回もまた一歩退く私。

 ……どういうことだ?

 先ほどの一歩で自分の優位性はわかったはずだ。

 なのに今の一歩からは試すような様子しか感じ取れなかった。


スッスッ

スッスッ


 まただ。二歩になったがやっていることは変わらない。

 何かを確認するような、その動き。


スッ……スッスッ

スッ……スッスッ


 次はタイミングを替えてきたが、やはり一緒だ。

 なんだ? 何を調べている?

 どうしてそこまで慎重に事を進めている?


 まるで、私に近づくことを恐れているかのような――


 そこまで考えが至ったとき、ようやくエレアノーラ嬢の行動を理解した。


「殿下、一つ提案があるのですが」


 そして彼女に告げられた提案には、一も二もなく飛びついた。


 そして理解したお互いのこと。

 思い返せばヒントはいくつもあったのに、お互いがお互いを警戒していたからこそ今まで判明しなかったそれは、まさかとは思いつつもこれ以上ないほど納得させられるものだった。


 形は違えど、彼女と私は似た者同士だったのだ。


 語られた彼女の過去。

 正直信じがたい部分はあるが、だが否定する理由も無い。

 転生など絶対にあり得ないと言えるほど魔法や世界の理を理解しているわけでもないし、何より彼女が人を苦手とする事実は変わらない。

 今に至った理由など、些細なものだ。


 しかしそうか……私が自らの状況に嘆いて努力していたのと同様、エレアノーラ嬢も努力していたということか。

 エレアノーラ嬢から“女”というものを感じなかったのも頷ける。

 自分を主張することよりも他人の動向に気を配り、危機を回避をすることこそが最優先なのだから。


 そういえば私と彼女が直に接する機会というのは非常に少なかった。

 彼女自身も私を観察し、避けていたからなのだろうな。

 お互い観察していたからこそ、先ほど相対したときお互いの考えていることを理解できたのだろう。

 私が彼女の考えを察することが出来るのと同様、彼女も察せられるのだろうしな。


 それにしても何やら清々しい気分だな。

 入学以来ずっと懸念していたものが消え去ったのだから当然か。

 それにお互いを理解できるというのも良いな。

 騎士物語に出てくる、長年共に戦った熟練の騎士仲間のようだ。

 しかも彼女からは“女”を感じないのだから、そういう者となら一緒に居ても……。


 ……私は今、何を考えようとした。


 おかしいだろう。いくら“女”を感じないとはいえエレアノーラ嬢は女性だ。そんな者と一緒に居ることなどあり得ない。

 大体どうして長年共に戦った騎士仲間なのだ。むしろ終生のライバルだろうっ。

 清々しさを感じる? どうして女性と一緒に居るのにそんなものを感じるのだ私は!


 いや待て、確か書物にこんな場面があったな。

 お互いが秘密を打ち明け共に理解し、何故か相手のことを好ましく思いはじめるシーンだった。

 だがあれはいくら突き放そうと付き纏ってくる女性の精神攻撃に屈して自らの秘密を吐き出してしまい、女性はそんな男を絶対に逃さないと死刑宣告する流れだ。

 あまりの恐怖に一周回って正気に戻った男は、絶望しかない状況を改めて思い知ってしまい精神が崩壊し始め、そして自分の精神を守ろうとする本能的防衛能力により女性のことを好ましいと思い込む、そういうシーンだったはずだ。


 確かに私も秘密のようなものを打ち明けた。

 だが私は精神攻撃をされたわけでもなければ何かに絶望したわけでもない。


 ……まさか、あれは本当に好ましく思うシーンだったのか?

 もしそれが事実で、それが現実でも起こりえるとしたら。


 本当に私は、彼女のことを――


 ダメだ! それ以上考えてはいかん!

 今一度思い出せ、エレアノーラ嬢は女だ。私にとって恐怖の存在だ。決して相容れる相手ではない!

 エレアノーラ嬢だとてそうだ。他人を恐れる彼女が私を受け入れるはずがない!

 ってどうしてそんな話になる!! 彼女に受け入れられたところでどうしようもないだろうが!!


 いかん。とにかく今はこの場を離れるべきだ。何はともあれそうするべきだ!


「で、殿下のお言葉は嬉しく思います。ではお話も終わりましたので……」


「あ、ああそうだな。私も戻らねばならんな……」


 そうだ、話も終わったのだし今すぐこの場を去らなければならない!

 だがどうして動かないエレアノーラ嬢! そちらから去ると言ったのだから私から動くわけにはいかんのだぞ!


 ああくそっ、こうなったらどうでもいい。

 何より今はこの場をは慣れるのが先決。この程度の無作法には目をつむるべきだ。

 行くぞ!


「「っ!!!!」」


 どうして同時に振り向くのだッッッ!!!!


 大体どうしてそんなに赤い顔をしている!

 どうして恥ずかしそうなのにどこか嬉しそうな目をしている!!

 そんな目は他の女どもで何度も見たのに、何故エレアノーラ嬢の目は嫌な感じがしないのだ!

 いつもは全てを見ているかのような恐ろしい金色の瞳も、何故か今日に限って恐ろしさはなく、むしろいつまでも見ていたくなるかのような……。


 だからどうしてそうなる!!


 拙い! とにかく拙い!

 一刻も早く逃げなければ!!


「……で、でんか……わ、わた……や……へや……」


「……そっ…………だな……もど……もどら……ば……」


 意味をなさない言葉を発した気がするのだが、今となっては何も覚えていない。

 気が付けば部屋に居た。


 微かな記憶ではエレアノーラ嬢と寮まで歩いて帰ってきたような気がするが、間違いなく気のせいだ。

 でなければ女性と一緒に居た私が無事なはずがない。

 だから気のせいなんだ……。



3/17 誤字修正しました。


きっと殿下的には、


恋愛小説=男の心を折るための101の方法。


として認識していることでしょう。


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