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プロローグ兼、解説回。

三話まで短編時の内容となります。

内容に一切違いはありませんので、既読の方はスキップしてください。


 クロエフォルン王国。

 肥沃な大地を持ち、三方を海に囲まれた精霊に愛されし国。

 豊かさは世界でも随一を誇り、国力も三本の指に数えられる。

 その素晴らしき国を支えるは優秀なる者達。

 優秀なる者達はその肥沃な大地を奪わんとする他国からの侵攻を決して許さず、やがては属国とするまでに至るほど。

 優秀なる者を育成するべく、王は教育に心血を注ぐ。


 王立エイレイン魔法学園。


 国中に学び舎は数あれど、その中でも随一の、いや世界でも最高峰とされる学園。

 そこで学ぶに必要なものは学力は当然、身分も要される。

 高貴なる者達はその責を全うする為、日々精進を重ねる。

 実力、精神、身分。

 その全てが必要とされる学び舎である。


 今その学園には、創立以来の天才が在学している。

 それも二人同時にである。

 得意分野の異なるその二人は次代を支える二柱と呼ばれ、学園でもとりわけ特別な存在として君臨している。


 一柱はエレアノーラ・サースヴェール公爵令嬢。

 全属性の魔法を操る至高の才女。

 家柄・魔法・座学、全てが完璧。

 それに加えてその素晴らしい容姿が、彼女を完全無欠として存在させていた。


 腰まで伸びた煌めく黒髪は、まるで夜の闇を彷彿とさせつつも抗えない魅力を放ち。

 鋭利さを感じる目。そこに金色に輝く瞳は、まるで全てを見通すかのようで。

 細く整った輪郭。唇は艶めき、そこから発せられる言葉には否応ない力を感じさせる。

 人形のように精緻で、冷たく、しかし時に苛烈。


 『冷徹人形』


 彼女は、そう呼ばれていた。





「お許しください! エレアノーラ様!」


 場を乱す大きな声。

 発するは地べたに這いつくばった女子生徒。

 その前には、地に落ちた教科書が散らばっていた。


「何と無礼なことを! エレアノーラ様を突き飛ばすなど!」

「エレアノーラ様にもしものことがあったらどうするのです!」

「貴方の首などで済まされることではありません! 一家をして償いなさい!」

「エレアノーラ様はこの国に無くてはならないお方。貴方などとは比べていい存在ではないんです!」


 (わたくし)を囲う方々から、つぎつぎと非難の言葉が浴びせられる。

 言葉を挟む間など無い。

 事が始まってしまえば、主役は糾弾者(取り巻き達)になるのだから。

 私はといえば、ただその状況を眺めるだけ。

 何も考えず、何も感じす。

 ただ行く末を見ているだけ。

 ふと、這いつくばっていた女子生徒がこちらを見上げるように顔を上げた。

 誰かが顔を上げるように言ったらしい。

 そうして上げられた顔は恐怖に満ちており、そして私の顔を見た瞬間、


「ひっ!」


 零れるように出た小さな悲鳴と、恐怖を通り越し、絶望に染まった表情。

 見えたのは一瞬。

 顔は、力が抜けたように地面へと吸いついていった。


 氷結の仮面。


 その目の鋭さと輝く瞳、一言もしゃべらずとも相手を屈服させる力。

 私の表情は、そう呼ばれているそうですよ?


 初めて聞いた時フツーに笑った私、悪くない。

 何よその中二な称号は。

 いくら何でもないない。

 それがこの世界の流行最先端だとしてもない。

 どーせ次は 零度の女王(アブソリュート)みたいな言い方に変わるって分かっててもない。

 氷結の仮面(笑)って。

 面倒だから早く終わんないかなーって、無表情にしてるだけですが、何か?

 ほんとないわー。


 貴方も怖がり過ぎだって。

 私はただの無表情。

 ただちょっと目が切れ長で冷たく見えて。

 瞳は金色でそれをマイナスに強調して。

 でもって黒い髪がそれらを増幅して。

 確かにちょーーーーーっとだけ、冷たく見える顔かもしれないけど。

 これは無表情、デフォ、標準装備なんです。

 怖がる必要はないんですよー。

 地面しか見てない人には分からないわな。


 にしても早く終わんないかなー。

 いや私だってかわいそうだなーって思うよ。

 ちょっとぶつかって教科書落としただけじゃん。

 なーに下らないことでグダグダ言ってんのさ。

 私の時間を無駄にする方がよっぽど罪だっつーの。

 でもここで口を開くと碌なことにならないって分かってからは、成り行きに任せることにしている。




 あれは入学してすぐのころだ。

 同じように糾弾され始めたので取り巻き達を止めようと口を挟んだことがある。


「私は気にしていません」


 そう言った言葉は、『“私は”気にしていないが“家”としては容赦しないので覚悟するように』と意訳された。

 何故だ。




 しばらく後にもう一度あった。

 その時は自分や家のことは出さないように気を付けた結果、次の言葉を選んだ。


「こんなことをするのは時間の無駄です」


 『お前のようなものが居ること自体が損害なので学園から消え失せろ』と誤訳された。

 意味が分からない。




 さすがに私の悪評は広まり始め、取り巻きと取り入ろうとする生徒を除いた全ての人間は私に近寄らなくなった。

 だが数か月後にもう一度起こってしまった。

 その相手は上級生。

 さすがに今回は大丈夫だろうと思いつつも、慎重に言葉を選んだ。


「私の不勉強によりご不快な思いをさせてしまいました。つきましては、私に指導を頂くことはできないしょうか」


 あわよくば先輩に取り入って、私より上の人の力を使ってこの現状を抑え込もうという作戦。

 これなら誰のメンツもつぶさず、そして今度も安泰になるに違いない。

 そう思っていた時期が、私にもありました。

 私の言葉は、『ここでは私がルールです。知らなかったで済む問題ではありません。生きたければ死ぬ気で学びなさい』と変換された。

 どうしてこうなった。




 それ以来、私は学園で最も恐ろしい生徒と認識されるようになった。

 だが不運な生徒は居るもので、そんな危険物()に対してやらかしてしまう生徒がまた現れた。

 その時はどうしようかと考え続け、考えに考え続けた結果――。


 いつの間にか取り巻きが追い払っていた。


 よく考えれば取り巻きはただのコバンザメ。本人たちには何の権力も無い。

 いや私も公爵家とはいえ正式にはただの令嬢だから権力も無いんだけども、とりあえず取り巻きには何の力も無い。

 という事は何も言わず取り巻きに任せておけば、被害者は罵られるだけで済むと言うわけだ!

 初めて取り巻きが役に立ったよ!

 お前ら勝手にお茶会だとか騒いで私の好きなお茶をがぶがぶ飲んだり(月一の贅沢。超高い)、お供が必要ですとか言ってパーティの時くっついてきてかと思えば、イケメン捕まえて消えていく(その後私はボッチになる)ことしかできない連中だと思ってたが違うんだな!

 でもそもそもお前らが原因でこんなことになってるんだよな。やっぱり邪魔だ。

 お前らのせいで私の評価は、『座学も魔法も完璧なのに権力を笠に着る傍若無人な冷徹人形』なんて言われてるんだよ!

 あーやってらんない。

 早く終わらないかな……げっ。もっと面倒なのが来たよ……。


「やめて下さい! どおしてこんなに酷いことができるんですかぁ!」


 そろそろ終わろうとしていた罵詈雑言のなかに、一人の女子生徒の声が聞こえた。

 小柄な体から発せられたその声は、どことなく甘ったるいトーンの高い声だった。

 アイナ・ハリマー男爵令嬢。

 使い手の希少な光属性の魔法を使える生徒。

 ストロベリーブロンドの髪はお菓子のような甘さを感じさせる柔らかさ。

 大きめの瞳に小柄で可愛らしい顔。

 全身から保護欲をそそるオーラでも出しているかのようですらある。


「一体この方が何をしたっていうんですか! 何があったか知りませんが、何も悪いことをしてない人をいじめるなんてサイテーです!」


 何も知らないのに突っ込んできたんかーい。

 今あったことといえば、私にぶつかって、私の教科書が落ちて、運悪くそれを相手が踏んでしまった。たったそれだけ。

 別に泥のついた靴で踏んづけた訳でもないし、拭き取ればすぐにきれいになる程度の汚れだ。

 そんなことで怒る気もない。

 なのに勝手に取り巻き共が騒ぎ始めて、本人は私の顔見て人生を諦めて、そろそろ終わるところだった、今ここ。

 うん、私悪い事してないね。

 何も悪いことをしてない人をサイテーって言うなんてサイテーです!

 真似してみたけど可愛くないわ。きもっ。


「同じ人として可哀そうだと思わないんですかぁ……」


 なんか涙ぐみ始めたけど。

 勝手に喋りだして勝手に泣き出した。

 うちの取り巻きよりレベル高いな。

 ちなみにこの間、アイナ様は色々言ってたけど取り巻きは言い返してない。

 何故取り巻きが言い返さないかといえば、向こうにも取り巻きが居るからだ。


「彼女の言う通りです。貴方には貴族としての誇りは無いのですか?」

「貴様はいつも弱者しか狙わんな。その貧弱な肉体には、高潔な魂は宿らないという事か」

「いくら魔法が使えると言ってもこれでは……。精霊に見放されるのも時間の問題でしょうね」


 順に、侯爵家の宰相子息、伯爵家の騎士団長子息、伯爵子息の宮廷魔法士長子息。

 もちろん全員イケメン。

 正面から見たら目がつぶれるくらいに光ってる。眩しいからこっち見んな。

 いや見てなかった。

 全員一言ずつ文句言ったら泣き始めたアイナ様を慰め始めた。

 うわーここまで甘ったるい囁きが聞こえてくるし。サ、サブイボがっ。


 アイナ様は今年度の新入生。

 私の一つ下の学年になる。

 初めは身分が低いくせに光属性を使えるとあって、性別に関わらずやっかまれていた。

 が、何故かすぐに身分の高いイケメンどもを中心に多数の男を侍らせるようになり、いつの間にやら学園のアイドル的ポジションに落ち着いてしまった。

 幸い私には彼氏も婚約者も居なかったから何の被害も無かったが、令嬢の中には婚約者から見向きもされなくなった者も多数居た。

 どっちかってゆーとアイドルよりビッチだな。


 そして(アイドル)があれば(比較対象)があるのは当たり前。

 はーい私が学園の闇担当! 誰もが恐れる冷徹人形でーっす☆

 うわぁ、自分で言ってて死にたくなってきた。

 とにかくアイナ様が来てからただでさえ悪かった評判が毎日ストップ安。

 日々最安値を更新し続けているわけだ。

 廊下ですれ違えば騒ぎ出し、何かあったらいつもその場に現れて泣き出し。

 何があろうと私とアイナ様がセットになると私の悪評が増えていく。

 あれ、私風評被害受けてね?

 まぁこんなくだらないことで騒ぐほどでもないか。

 でも今のこの構図って、


 アイナ様→ヒロイン

 私→悪役令嬢


 なんだよねー。

 もしかして風評被害どころか、破滅の危機だったりする?

 うーん。

 まぁいっか。何とかなるって。多分。


 で、あんたら何しに来たの?

 寸劇とイチャコラしに来ただけならもういいよね。私帰っていい?

 ダメですかそうですか。

 ですよねー。だってまだ一人残ってるし。


「私の声は届かないんでしょうか……アークレイル様ぁ……」


 取り巻きからの慰めを受けつつ、その潤んだ瞳を向けたのは彼女の背後。

 学園に君臨する次代の一柱。

 アークレイル・クロエフォルン。

 その名の表す通り、この国の王族にして第一王子である。


 さらりと流れる銀髪はいかなる時でも輝き続けその高貴さを体現し。

 翡翠色の瞳を湛えた涼やかな目元は、決して冷たそうには見えず、どこか慈しむようで。

 端整な顔立ち、引き締まった体つき。

 正に王子という理想像を体現したかのような存在。

 『銀翠の剣』

 そう呼ばれる存在だ。


「エレアノーラ嬢」


 王子から低くすぎない、耳障りのいい声が届いた。

 表情は硬く、その宝石のような瞳は私を貫くように見据えている。

 私は微動だにせず、その視線を受け止める。


「なんでしょう、殿下」


 やや間を置いて返す答。

 私から出た言葉は、王子とは正反対の堅さを含んだ声だった。


「これ以上続けるか?」


 かけられた声はたった一言。

 意味は十分に込められている。


「必要ありません」


 ならば真っ向から返すが最善。

 言い訳などする必要は無いのだから。

 その言葉を受け、しばし私を見据える殿下。

 張り詰める空気。

 高まる緊張。


 しかし、それを破ったのは私と殿下。


 別れの言葉も無ければ会釈すらない。

 ただ突然に。

 しかしまるで必然のように。

 二人同時に、正反対へ向けて歩き出した。


 残されたお互いの取り巻き立ちは慌ててその背に追いつき、口々に言葉を並べ立てた。

 だが今の私はそんな言葉を聞いている場合ではない。

 そもそも今は自室に戻るところだったのだ。

 私は、取り巻きに適当な言葉を並べ、自室の扉を閉じた。





 こっ、こっ………………。




 怖かったーーーーーーーーーーっ!!




 何あの目! 奇麗すぎて刺される心境だったっていうか刺されたよ!

 全く目が逸らせなかった……いやあの場合逸らしたらまずいから助かったんだけど!

 まっすぐ見返してた? 違う! ビビって逸らせなかっただけ!

 微動だにしなかった? ちがーう! 体が震えてるのをバレないように抑えてたから!

 一言で黙らせた? そんな訳ないわーーー! 声が震えるから一言しか言えなかっただけ! それだけ!

 しかも最後ビビってテンパり過ぎて挨拶もせず背を向けちゃったし!

 学園内だからよかったけど外なら不敬罪もんだ……あっ、考えたらもっと震えてきた……。


「お茶のご用意が出来ました」


 ベッドに突っ伏して震える私にかけられた声。

 顔を向けなくても相手は分かる。


「リーエ……今はいらない……」


 専属メイドのリーエ。

 この学園は全寮制で、全ての生徒は例外なく入寮している。

 だがもちろん貴族の利用する寮なのだから、ただ部屋があって寝られればいいと言うものでもない。

 当然それなりの設備と、世話をする者が必要だ。

 申請すれば学園が用意するメイドを雇うこともできるが、それをするのは子爵以下の下級貴族ばかり。

 それ以上は屋敷から専属の者を複数人連れてくるのが当たり前だ。

 私でさえ二人連れてきたが、公爵家の者がこの人数は過去最低だと言われた。

 大して広くない部屋にそんなに何人も入れる方が息が詰まると思うんだけど、どうやら生粋の貴族様たちは違うらしい。

 私なんて未だにこんなお世話されることに慣れてないってのに……。


「レア様の好きなミルクティーを淹れましたから。一杯だけでもいかがですか?」


 な、なんですと?

 いやいやそんな物に釣られるこの冷徹人形様ではありませんとも。


「ルーエがクルミのクッキーを焼きましたから、そちらもご用意してありますよ?」


 ちょっ、卑怯だぞそんな!

 私の弱点を容赦なく狙ってくる貴様らは何者だ!

 あ、私のメイドだった。弱点なんてバレバレですね。

 あーいやしかし一度口にしたことをこうもあっさりと覆すのは貴族としてダメなのではないか?

 いやそうに違いない。なので私は毅然とした対応をすべきなのだ!


「……飲む」


 口から出た言葉は中身も声も正反対だった。

 欲望には勝てませんて……。





 今までの言葉から察した人も居ると思うが私は転生者というやつだ。

 前世はとある理由で死んでしまって、次に目を開いた時には知らない天井だった。

 起き上がってみればやっぱり知らない部屋。

 鏡をのぞいてみれば残念ながら見たこともない顔。

 そう、残念だった。

 起きて、見まわして、自分がどうなってるかまで確認したら、転生だという事までは理解したんだよね。

 前世はどこからどう見てもオタクだったし、転生モノなんてそれこそ漁るように読みまくったしね。

 知ってる人も居るだろうけど転生モノっていくつかパターンがある。

 死んだら神に依頼されるとか、何の前触れも無いとか。

 私は後者だった。

 それで転生後の世界は全く未知の世界か、ゲームや小説そのままの世界に行くか。

 これは前者だった。

 私は後者が良かったんだよ……。

 そういうのは逆ハー狙ってざまぁエンドが最近の主流? それは知ってる。超大好き。

 私は逆ハーはバッドエンドと同等! って人間だからそれはどうでもいい。

 そういうの抜きにしても、未来のことを知ってるっていうのはやっぱり大きな武器になると思ったんだよね。

 それこそ両親が危ない目に合うとか、国が滅びそうになるとか、大儲けのチャンスとか。

 お金は大事だよ?

 でもまぁ転生先は幸いにも裕福な公爵家だったからその辺は問題なかった。

 しかし公爵家そのものが、私にとっては問題だった。

 転生当時五歳だった私は、当然多数の大人から面倒を見られた。

 着替えは立ってるだけ、お風呂も浸かってるだけ。

 骨一つ無い魚料理を食べつつ、何も言わなくても注がれるグラス。

 それが問題なのかって?

 大・問・題・だ!

 はっきり言おう。


 私は、極度のっ、コミュ障なんだーーーーーーーーーーっ!!


 人が怖い。

 知ってる人でもまともに話せない。

 知らない人とか同じ部屋に居るのも無理。

 会話とかマジ拷問。

 体に触られるとか自殺を考える。

 そんな私が、メイドさんたちに甲斐甲斐しくお世話される。

 いやホント、何度死のうと考えたか……。


 そんなのでまともな前世が送れてたのかって?

 無理だったに決まってんじゃん。

 中学入る前に引きこもって以下略。

 うわっ……私の人生、短すぎ……?

 三行どころか一行で終わっちゃったよ人生。

 略の部分に多少アレコレあったけどそこは忘れたいのでやっぱり略。


 とにかくそれほど他人と接したくなかったわけだ。

 なのに今世はそれが許されない立場。

 もうね、毎日が地獄。

 朝メイドさんに起こされる。テンション下がる。

 そのまま着替えさせられる。鬱になる。

 食事、付きっ切りで給仕される。死にたくなる。

 私の一日は朝の時点でいつもライフはゼロだった。


 当然引きこもろうとした。

 転生して三日目。

 自分としては頑張った方だ。これ以上我慢したら何やってたか本気で分からない。

 なので家は金持ちだし、一人くらい自宅警備員が居た方がいいよねっ、と自分を納得させて作戦を実行した。

 ドアの前にバリケードを張り、何人も立ち入れないよう封鎖し、要求が受け入れられるまで立てこもると五歳児らしく宣言した。

 が、今世の母は強かった。

 ドアをバリケードごと魔法で吹き飛ばし、容赦なく部屋の中へ。

 私は強制的に連れ出され、母の自室(拷問部屋)へ連れてこられ、容赦なく尻を叩かれた。

 とんでもなく痛かったけど、泣いたのは最初だけ。

 あとは恐怖で震えるだけだったよ。

 だってほとんど知らない人に抱えられてお尻出されて叩かれてるんだよ?

 私よくあの時精神崩壊しなかったな……。


 しかし今世の母がすごいのはここからだった。

 私が恐怖で震えていることを察した母は、優しく事情を聴いてくれた。

 今世の母とはいえ、顔を合わせたのは食事時のみ。

 会話らしい会話も無くまだ見知らぬ人同然だったので、もちろん話なんてできなかった。

 いつまでも顔色を伺うだけで何も話そうとしない私を、しかし母は根気強く待った。

 具体的には二十日ほど。

 会話は無くても一緒に居るだけで多少は慣れてきた私は、一言ずつ、事情を話していった。

 やっぱり二十日かけて。

 転生とか頭おかしくなったと思われるんじゃないかと思ったけどそれも話した。

 けれど母は受け入れてくれた。

 真実かどうかは置いといて、自分の娘がそういうものだと受け入れてくれた。

 そしてそのうえで――。




 地獄の日々(超スパルタ教育)が始まった。




 顔を合わせて挨拶が無ければ平手。

 目を合わせなければ平手。

 顔が引きつれば平手。

 言葉がどもれば平手。

 ひたすら平手が飛んできた。

 その後すぐに母の魔法で治療してくたからすぐに痛みはすぐに消えたけど、打たれた瞬間はめちゃくちゃ痛かった。

 しかもすぐに自分の魔法で治すようにと言ってきたのでそれも無くなった。

 はっきり言って虐待の日々と言って差し支えないほど平手が飛んできた。


 だけど、母は私を見捨てなかった。

 諦めなかった。

 転生して約十年。

 年は十五になり、学園に入学する頃。

 私は、見知らぬ人とでも目を合わせれるほどに成長していた。

 他人が居るのも嫌なコミュ障から、他人は怖いけどなんとかなりそうなコミュ障へとレベルアップしていた。

 あんまり変わってなくねって?

 これでも自分ではものすごい進歩なんだよ!




「はーお茶が美味しい……」


 普通紅茶には何も入れないのがいいらいいけど、飲むのは私なんだから知ったこっちゃない。

 ミルクどぱどぱ。砂糖どっさり。

 激甘ミルクティーをふーふーして飲むのがマイジャスティス。

 落ち着くわぁ……。


「さっき聞きましたけど、また今日もやったんですか? レア様」

「私は何もやってないー」

「そこに居るだけで悪。そんなレア様を私は尊敬します」

「ルーエ、そんな尊敬はいらない」

「そうよルーエ。レア様は崇拝するものです」

「リーエ、私は何時から神になった?」

「「この世に生を受けた時からです」」

「……そうっすか……」


 この双子、本当に私のメイドなんだよね? 信者の間違いじゃないよね?

 ちなみにリーエとルーエは双子のメイドで私の事情も知っている数少ない人間。

 そのこともあって私専属になった。


「でもすごいですね、アークレイル殿下。レア様の視線を受けても平気でいられるなんて」

「まさにオリハルコンの精神力」


 ミスリルくらいなら視線で壊すとか言いそうだなお前ら。

 いくら私でも魔法無しでそんなことできるかっての。

 魔法有りならオリハルコンでも余裕だけどねー。


 でもアークレイル殿下か。

 確かに凄い人だと思う。

 生徒は例外なく、先生たちですらまともに目を合わせられる人は少ないのに、殿下だけはいつも平気そうにしている。

 それに視線を受けても平気、なんていうと冗談にしか聞こえないが、魔法が使える私にとってはシャレになってない。

 視線に魔力を込めればそれだけで影響を及ぼす。

 例えば、野外実習時に偶然現れた上級魔物のマンティコア。

 A級ハンター十人がかりで倒す魔物が、私の視線に十秒と持たず腹を見せやがった時にはどうしようかと思った。

 いやいくら私でも殿下を見る時に魔力なんて込めてない。

 そんなことすれば不敬罪どころじゃ済まないし、そもそも学園には魔法の使用を探知する魔法具が存在する。

 必要時以外の魔法の使用は固く禁じられているのだ。

 ただでさえ悪評まみれな私がそんなことすればどうなるか。

 きっと家に報告され、その報告は母の耳に届き…………ガクガクブルブル。


「レア様いけません! それ以上考えてはダメです!」

「大丈夫ですここは学園です。お母様は居ませんお母様は居ません」


 はっ。

 幻? 私の前で手の平にハーッと息を吹きかけてスタンバイしていた母の姿は幻?

 本当によかった……いつの間にか脂汗でぐっしょりしてるけどそれでもよかった……。


「レア様、入浴の準備をしてまいりますので少々お待ちください」

「レア様、今日はレア様の好きなクリームシチューですから期待しててください」


 私のことをよく理解している二人がすぐに動き出す。

 本当に優秀なメイドでよかった。

 二人が居なかったら私はどうなっていたことやら……。


「ありがとう、二人とも……」


「「レア様がデレてくれるのなら、どんなことでもして見せます!」」


 理解しすぎるのもどうなのだろうと、本気で考えてしまった。



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