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望む結婚、承諾のない婚姻。(2)

「奥--」

「うん、僕の奥さん。さっき誓約書に誓わせてもらいました。君、寝てたけどね」


 見せつけるように陰険眼鏡は左手の薬指に嵌まる、金色の指輪を掲げた。ざっと血の気が引くのがわかった。見たくないけど感覚でわかる。わたしの薬指にある異物感。カイからもらった婚約指輪は、仕事の間は邪魔になったり傷つけたりしないよう、鎖に通して首にかけてるから、今日はこの指にはなにも嵌めていなかった。


「だから、君はもう“ナギ・ゼウェカ”でなく、“ナギ・アゼレート”だよ。父に認めさせたら、さらに“ナギ・ディルスクェア”に変わるけど。君がなりたかっただろう、“ナギ・ディルスクェア”にさ。よかったね?」


 よかった--よかっただって!? どのツラ下げてよかっただなんて言うの!

 怒りのあまり言葉が出てこない。喉がくぅっと締まって、罵声は胸の内を巡る。

 わたしが、わたしがなりたかったのはそれじゃない! 同じ名前でも、一緒にいたいと願ったのはあんたじゃない! 名前が同じでよかったなんて言わないで。言わないでよ!!


「泣かないでよ。君とカイアザールには悪いとは思うけどさ、僕には僕の事情があるんだよね。取り返さなきゃいけないんだ。本来僕がいるべき場所を。そのためには君が必要--」

「ふざけるな!」


 わたしは手近にあったクッションを、力一杯投げつけた。


「ふざけるな、ふざけるなぁっ! なにが悪いと思ってる、だ! 思ってるならやるな! わたしはモノじゃない! あんたと結婚を誓った覚えもないっ!!」


 手元にあったクッションをすべて投げつけたわたしは、左の薬指から金の指輪を引き抜いた。あの人の目と同じ色合いの指輪。なんでわざわざこの色を選んだんだ。嫌がらせか!


「あんたなんか大嫌いっ……!」


 顔めがけて投げつけた金の指輪は、陰険眼鏡の肩にぶつかって、ころんと床に落ちた。


「ごめんね? できるだけ大切にはしてあげるからさ。当主夫人としてやりたい放題できるよ」


 落ちた指輪は気にもかけず、親切ぶった声音で、陰険眼鏡は近づいてくる。指輪の嵌まった左手をわたしの顔に伸ばしてきたので、力任せにはねのけた。


「いらない! 触らないで、わたしを帰して! わたしがいたいのはあんたの側じゃない! カイのところに帰して!」

「ダーメ。僕さ、長男のはずだったんだよね。なのに母親の身分が低すぎたせいで私生児扱いだったんだ。せめて魔力に恵まれてたらよかったのに、あの女はそれすら叶えられないダメな女だった。どっちかでもあれば、僕はあんな思いをして育たなくてもよかったのに。理不尽だよね?」


 誰よりも理不尽なことをしているというのに、陰険眼鏡は自分こそが被害者だというように肩をすくめた。


「だから最初は君たちを使ってこの家を掻き回そうとしたんだけどね、カイアザールが必死に君を守って隠すもんだから、方法を変えたんだ。せっかく“時空の迷い人”がいるんだ。君を伴侶にして魔法使いを産ませれば、一族の血を引く魔法使いが欲しいこの家は、諸手を挙げて僕を迎えるよね。ふふ、そのときのあの男の顔が楽しみだなぁ。どうしてやろうかな。地に這い蹲らせて、頭でも踏んでみようか。あの男の手で、次男のくせにいけしゃあしゃあと僕の場所を横取ったオードリアスを放逐させるのもいいよね。ああ、楽しみだなぁ。本当に君には感謝しかないよ」


 すごく楽しそうに陰険眼鏡は笑った。

 カイに似た子どもみたいな無邪気な笑顔が、今は誰よりも憎かった。


「ドレスを持って来させるね。それに着替えたら迎えに来るから。いいね?」

「イヤよ!」

「言うこと聞かないと今すぐ孕ませるから。逃げられやしないよ。僕らはすでに神のみ前で誓約を交わした夫婦だ。君は誰の元へも行けない」

「そんな誓約なんて無効よ! わたしは誓った覚えなんてない!」


 くるりと向けられた背中に叫んだけれど、陰険眼鏡は気にもとめず部屋を出て行った。

 床に、金の指輪をぽつんと残したままで。


「--失礼、します」


 悔しくて悲しくて泣いていると、控えめなノックと共に、あのときのおばあさんが部屋に入ってきた。


「お着替えをお持ちしました、奥様」

「そんな風に呼ばないで! わたしはあいつの奥さんじゃない!」

「すみません、奥様」


 おばあさんは手にした薄桃色のドレスを、泣き続けるわたしの傍に置いた。


「--これを、お返しします。あの子には気付かれぬよう、お持ちください」


 そう言うと、おばあさんはしわの浮いた骨張った手で、ドレスの上に金の鎖を置いた。

 カイからもらった、大事な指輪。


「っっ!」

「すみません……謝ってすむことでもありませんが、貴女様には辛い想いを強いてしまいました。どうぞ、憎むなら、望まぬ関係がどれほどつらいか誰よりも知っているのに、それをとめられなかった弱いわたしを憎んでください」


 ひったくるように指輪を手にしたわたしに、おばあさんは頭を下げた。


「一緒にいた方は多分無事です。あそこは人通りが多くないとはいえ、皆無ではありません。すぐ誰かに見つけていただいて、保護されていると思います」

「あなた……」

「すみません。わたしはあの子をとめられなかった。あの子の憎悪は、もうあの子にもとめられないんだと思います。はじめてしまったのはわたしと旦那様。ですが、貴女様なら終わらせられる。どうか、あの子に、ハージナルに悪夢の終わりを教えてあげてください」

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