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望む結婚、承諾のない婚姻。(1)

 ボソボソと、人の話し声がする。眠いのに、邪魔なことこの上ない。静かにしてくれないかな。だって眠いのよ。

 眠いのに、誰かがわたしの手を取った。ひやりと冷たいなにかが指に触れる。

 なぁに? 冷たいんだけど。やめてくれないかなぁ?

 そう思ったのが通じたのか、指先が拭われた。よしよし、ではそのまま寝かせてくださいな。

 この希望も叶えられたようで、話し声はしばらくしていたものの、気づけば静かになっていた。わたしはこれ幸いとばかりにまどろむ。このうとうととした時間って幸せだよね。最高。

 うーん、今日もアルバイトだっけ。今何時かな。まだ寝れるかな? あれ、今日給料日だよね? カイになにあげよう。カイに……あれ、ちょっと待って?


「……!!」


 飛び起きると、そこは見たこともない場所だった。

 シャリルさんが整えてくれた部屋とも違う、豪華だけれど、整いすぎてどこか冷たいような印象を受ける部屋だ。重そうな総刺繍のカーテンの隙間から、光が射し込んでいる。昼? まさか朝とか?


「ここ……どこ?」


 わたしは寝かされていたふかふかのベッドから降りた。見知らぬ場所。気がつけば服も着ていたものでなく、高級な夜着に変わっている。


「! メルルさん……!」


 なんでここに、と思った瞬間、記憶が途切れる直前の光景が脳裏に蘇った。おばあさんに声をかけたら、わたしとメルルさんは薬を嗅がされたらしく意識を失ったのだ。やばい、これはまた誘拐フラグ? ここんとこいいことづくめだったから、とうとう悪いことのターンに入った?


 それはともかく、問題はメルルさんだ。十中八九誘拐の目的はわたしだろう。さすがに誘拐されるのも三回目だと余裕があった。それよりとばっちり食らったメルルさんが心配でならない。ここにいないってことは別の部屋? それともあのまま? それがわからない限りはここから逃げられない。


 とりあえず様子が窺いたかったわたしは、扉に取り付いてノブをガチャガチャと言わせた。く、やっぱり鍵かかってるし!


 犯人が誰かはわからないけど、可能性が高いのはディルスクェア家。カイの実家だ。こちらに帰ってきてから手紙を書いていたようだけど、行き違ってるのか、はたまたまだその連絡が行き届いてない追っ手がつい攫ってみたのか、もしくは……カイと結婚させたくないと判断されたのか。

 うーん、三番目の選択肢は選びたくないな。わたしが結婚したいと思ったのはカイ一人だ。他の人なんて嫌だ。


 だいたいカイの兄弟って、お兄さんはもう既婚者って言ってたよな? 次男がカイで、三男が以前遭ったロイユーグさん。この世界は基本長男が後継って言ってたし、三男とくっつけられるより、本人たちの希望もあるし、次男のカイとくっつけたほうが面倒はなくていいと思うんだけれど。身分云々はわたしの存在が特異すぎて当てはまらないだろうしなぁ。


 とにかく、今のところ、犯人一味と接触せざるを得ないようだ。目的はさておき、メルルさんの無事を確認しなくちゃ!

 覚悟を決めたわたしは、鍵のかかった扉を叩いて大声で呼ばった。


「すみませーん! だれかいませんかー!」


 呼び声が届いたのか、人が近づいてくる気配がした。かちゃりと鍵が開く音がしたので、わたしは扉から離れる。


 現れたのは一人の男性だった。カイよりもっと年上……四十前後だろうか。亜麻色の髪に茶色味の強い琥珀色の瞳をしていて、ひょろりとした痩身と青白い肌が不健康そうだ。

 でも、どことなくカイの面影がある。とすると、一族の人?だいぶ色合いが違うからお兄さんではなさそうだし、従兄弟とか?


「起きたんだ」


 親しげに言葉をかけられ、反応に困った。敵なのか味方なのか。まあ敵の可能性が高いけどさ。


「ごめんね、手荒な真似をして。結構待ったんだけどね、カイアザールが意外と頑張ったせいで面白くなくなっちゃってさ。ここまで君を守ってみせるとは予想外だったよ」


 もっと早く捕まると思ってたんだ、と、笑いながら男は言う。誘拐犯と仲良くする趣味はないので、わたしはことさら冷たい声を出した。


「……誰、ですか」

「嫌だなぁ、覚えてくれてないの? まぁあのときは人目を避けてたしね、わかんないか」


 遭ったことある人? 人目を避けて……遭ったことのある人……ロイユーグさん? いやいや、あの人の色合いはカイと似てた。金の目は違ったけど。そういやこの人とロイユーグさんの目は同じ色だな。カイより年上そうだし、うーん、やっぱりお兄さん……とか?


「カイの……お兄さん、ですか?」

「うん? あぁ、そうだね。僕はカイアザールの異母兄あにだよ」


 お兄さんでしたか!

 でも、わたし会った覚えないんだけれど……。


「これかけてもわかんない? 髪切っちゃったから印象変わっちゃってね」

「……ッ!」


 胸の内ポケットから丸眼鏡を出して装着したその姿に、わたしは総毛立った。


「もっさり!」

「もっさり?」


 目の前にいた男は、ホースクルの陰険眼鏡司書だった。


 そうだよ、こいつパルティア国にいたんだった! ニーニヤとホースクルじゃそれなりに距離があるから大丈夫かと思ってたけど、全然大丈夫じゃなかった!

 てかさっきなんて言った? カイの異母兄? もっさりが⁇


「まぁ思い出してくれたようでよかったよ。じゃ、着替えて挨拶に行こうか」

「はぁ!?」

「ここの現当主、僕とカイアザールの父親であるカザルフィアス・ディルスクェアにさ。ね、奥さん」


 にっこりと笑ったその顔は、認めたくないけれどカイとよく似ていた。

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