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お久しぶりです!

 式までの間、わたしはバルルークさんのお家に住ませてもらうことになった。カイは黒猫亭--メルルさんのところだ。

 メルルさんにはわたしも会いたかったので、カイについて宿に挨拶に行くことにした。


「いらっしゃ--おや、カイのぼうやかい」


 久しぶりに会ったメルルさんは、変わりなさそうだった。今日も編み込んだ髪をくるりと頭に巻きつけた髪型に、花の刺繍の入ったワンピース。前は若草色だったけど、今日は深い緑だ。


「ナギちゃんだったね。おや、少し大人びたかい? ああ、アンタは成人してたんだっけ。ごめんよ」

「いいえ! あの、お久しぶりです!」

「まあまあ! しばらく見ない間に随分と上達したもんだ!」


 挨拶すると、メルルさんはコロコロとおかしそうに笑った。


「カイ、アンタの乱雑さが移らなくてよかったじゃないか。で、部屋は二つでいいのかい? それとも食事に?」

「あ、泊まるのは俺だけだ。てか、タイスいるか?」

「アンタだけなのかい? ナギちゃんはどうするのさ? で、タイスかい? いないわけないだろ、この時間。今仕込みをしてるよ」

「ちょっと話があるんだが。二人に」

「はぁ!? ……まぁいいけどね。タイスは手離せないから、アンタたちが来ておくれ。こっちだよ」


 そう言うと、メルルさんはカウンターの奥に案内してくれた。

 そういやタイスさんって聞いたことあるな。えっと、シチュー作ってた人だっけ? 今日なんかは結構寒いので、シチューがおいしく食べれそうだ。


「前は会わなかったよな。タイスはメルルの旦那で元傭兵で……俺の師匠だ」


 なんと!


「で、タイスの兄貴分がバルルークのじっちゃんだ」


 なんとなんと!!

 仲がいいな〜と思ってたけど、そんな関係とは思いませんでした!


「俺はふらふら各国を放浪してたけど、暇なときはこのニーニヤにいたんだ。タイスやじっちゃんがいるからな。だからまぁ……住むとしたらこの街かな、とは思ってるが、どうだ?」


 カイはわたしにも訊いてくれるが、知人はこの街にしかいないわたしに否応があるわけがない。


「いいと思います!」

「じゃ、決まりだな。あとで空き家について訊きに行くか」


 頷くと、カイはポンとわたしの頭に掌を乗せた。

 しかしながら、なんかトントン拍子に決まっていってちょっと不安になる。こんなに簡単に決まっていいの?

 そんなことを考えてる間にいい匂いのする場所についた。どうやら台所のようだった。


「タイスー! カイがなんか話したいらしいよー!」

「あん?」


 鍋をかき混ぜている細身の男の人が、メルルさんの声に反応してこちらを振り向いた。白髪交じりの濃い焦げ茶の髪を一つにひっつめて、つり目がちのグレーの瞳は、大きいけれどこちらをねめつけてるように鋭い。


「なんだボウズ、随分とご無沙汰じゃねぇか」


 カイの姿を認めたタイスさんは、黒いギャルソンタイプのエプロンで手を拭くと、すいすいっと足音もさせずに近寄ってきた。

 黒い服にあのしなやかな動き、つり目がちの大きな目……つまりはこの人が“黒猫”さんなのか。


「悪いな、結構忙しくてな」

「仕事があるのはいいことだな。まだ傭兵やってんのか」

「まぁな」

「おまえもそろそろ身を固める気はねぇのか? もう三十超えたんだろ? だれか紹介したほうがよけりゃ、メルルに探してもらうが?」

「その話なんだが……ナギ」


 その流れで紹介するのやめてほしいかも。

 いや、他の人紹介されちゃ困るからいいんですが!


「あの、はじめまして。ナギです」


 こちらで生きるにあたって、川浪凪沙と自己紹介していいのかわからなかったので、名前だけ名乗る。ゼウェカの姓は馴染んでないせいもあって、名乗るのがためらわれるし。


「婚約者だ」

「婚約者……婚約者ぁ!?」

「おやまあ!」


 黒猫さんの目がさらに大きく見開かれ、メルルさんは嬉しそうに笑ってくれた。


「おま、マジか!」

「こんなことで嘘ついてどうすんだよ」

「十五……六か? まだ成年までには間があるようだが、どこのお嬢さんだよ。年下にもほどがあるだろうが!」


 まじまじとわたしの全身を観察した黒猫さんが、呆れたような声を漏らした。あれ、ここ来てからずっと十二、三って思われてたけど、ちょっと成長した⁇


「姐さんには言ったが、ナギは二十歳だ」

「二十歳ィ!? マジか! サジあたりが食いつきそうだぞ!」

「……年の話はいいよ。とにかく、一月後くらいに式するから。黒猫亭ここがあるから出席は厳しいだろうから、終わったら顔出すよ」


 年の差をなじられた(?)カイが訂正したけど、黒猫さんはにわかに信じられないようだった。

 うーん、そんなに幼く見えるのかな、わたし。たしかに胸はささやかだけどさ。ただでさえ年の差があるのに、なんか自信なくなりそうだ。


「花嫁さんの準備は誰がすんだい?」

「シャリルさんにお願いすると思う。バルルークのじっちゃんが張り切ってるから」

「あたしも抜けられそうなら手伝うよ。ナギちゃん、こいつはあんまり女心のわからない朴念仁だけど、いい奴なんだ。姉代わりとして挨拶させてもらうよ。よろしくね。なんかあったらいつでもうちにおいで。あたしが叱ってやるから」


 メルルさんがわたしの両手を握ってそう言ってくれた。お母さんみたいなあったかさに、ちょっと懐かしくなって泣きたくなる。


 この世界に来て、マシュマロマンや陰険眼鏡、犯罪者など、嫌な人たちとも遭ったけれど、バルルークさんたちやメルルさんたちといった優しい人たちと会えたことは幸せだと思う。

 だからきっと、わたしはここで生きていけるはずだ。力のことさえ隠していれば、普通の人間として生きられると思う。

 わたしは隣のカイを覗き見た。すぐにわたしの視線に気づいたカイは、ふわっと笑みを浮かべてくれた。

 うん、わたしにはカイがいる。カイがいてくれるなら、怖いことはないよ。

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