わたしと、結婚してください。
異世界で新年を迎えたわたしは、その後バルルークさんが寄越した船であの恐怖の船酔いと戦い(またか!)、ようやくの思いでナザフィア大陸に戻ってきた。うん、もうしばらくは船旅はいいや。クロムに乗って空を飛ぶのは平気なのに船はダメとか、我ながら謎である。
ニーニヤにたどり着くと、わたしたちは一旦双子と別れた。バルルークさんに報告をと思ったんだけど、ちょうど今忙しいらしく、会えるのは夜みたい。
そして今、カイと二人で、ラズさんイチオシの宝飾店にいます。何故だ。いや、わたしが指輪ねだったからなんだけども。
「こちらなどもお似合いになられますよ」
店員さんに勧められつつ指輪を手に取るけど、もう気恥ずかしさが先立ってろくに見られない。
「や、やっぱカイ、指輪いい……」
「え? 聞こえないなあ」
無駄にいい笑顔で発言を封じられる。なんでそんな上機嫌なの。疎いとか言っといて、実は慣れてるの、こういうの。それともあれか、中身ラズさんと入れ替わってるのか。
「そりゃ可愛い恋人の可愛いおねだりだ。嬉しいに決まってるだろ」
ごにょごにょとゴネていたら、横にいたカイにスパッと言い切られ、わたしは思わず赤面した。男性にストレートに愛情を表現されるのには慣れてない。
「それに、やり直させてくれるんだろ? プロポーズ」
「なっ……!」
わたしたちのやりとりに店員さんが笑いをこらえてるのがわかって、もうどこかに隠れたいくらいだ。なにこの拷問。や、わたしのために選んでくれてるのは嬉しいんだけどね? なんていうの、なんかただただ恥ずかしい。公開処刑ってこんな感じ?
恥ずかしさにいてもたってもいられず、わたしはカイの服に顔を押し付ける。忍び笑いをしている振動が伝わってきて、ちょっとムカついた。なんでそんな余裕なの。
服をつかんでた手がほどかれ、そのまま繋がれた。耳まで暑い。もう絶対真っ赤になってるわたし。
「ナーギ」
「なに」
恥ずかしさについぶっきらぼうな返事を返してしまう。それすら見透かしたようにカイが笑った。
「そういや誕生日聞いてなかったな。いつ?」
「えっと……七月、じゃなかった。熱月の……二十日くらい?」
カイと出会ったときはまだ二十歳になってなかったな、そういえば。
そんなことを思い返していたら、カイがため息をついた。
「もっと早く聞いときゃよかったな。すまん、祝えなくて」
「え、いいよ。わたしも忘れてたし」
この世界に慣れるので手一杯で、そりゃもうスコンと忘れてましたとも!
残念そうなカイの様子に嬉しくなりながら、わたしも訊き返した。
「カイはいつ?」
「俺は芽月の十日だな」
「あと少しだね。お祝いしようね、一緒に」
カイは三月生まれらしかった。今が風月--二月だから、よかった、まだ誕生日きてないね。
「熱月なら蒼星石ですね。こちらなどいかがですか?」
わたしたちの会話を微笑ましげに聞いていた店員さんが、一つの指輪を勧めてきた。アクアマリンみたいな薄い蒼に、星状に光が入っている。銀の台座は植物をモチーフとした華奢な作りで、とても可愛かった。
「蒼月の守護石で、幸せな結婚の意味も持ちますし、いかがでしょう?」
「ナギはどうだ?」
勧められてわたしは言葉に詰まった。本音を言えばかなり好みだ。優しい色合いも、可愛いデザインも。
でもね、高いの! 無職のわたしにこんな贅沢はちょっとね!
「もっと安いのがいいかな〜……なんて」
「値段は気にすんな。宝飾品なんて詳しくはないがな、気に入ったものならそれでいいんじゃないか?」
太っ腹ですね! イセルルートへの四人分の旅費とか、なにからなにまでわたしの分のお金を出してるっていうのに。
「十五から傭兵やってて、酒くらいしか使うとこなかったしな。これくらいなんでもねぇよ」
ガシガシ頭を掻いて、照れ臭そうにカイが言う。
結局、カイはその指輪を購入した。
サイズ調整をしてもらって、お店を出る。こちらも既婚者は左手の薬指に指輪をつけるんだって。同じでびっくりした。
手をつないだまま、わたしたちは歩く。とうとう指輪買っちゃったね。てことは、このあとくるのはプロポーズのやり直しなわけで。
き、緊張するんですけど!
いや、一度言われたけどね? でもやっぱり緊張しますよ!?
連れて行かれた先は街の外だった。城門を出て、クロムと一緒に行った場所は。
「迷いの、森?」
そこはわたしがこの世界に飛ばされてきた場所だった。なんだか懐かしい。
「なんかついこの間みたいな気がするが、あと数ヶ月もしたら一年経つのか」
薄暗い森だと思ってたけど、入り口すぐくらいは比較的光が入って明るかった。今日は晴れててあったかいので、陽が当たるここはあまり寒くない。
「ナギサ」
「はい」
名前を呼ばれて、反射的に背筋が伸びた。緊張と期待とがないまぜになって、心臓が壊れそう。
す、とカイがつないでいたわたしの手を引いた。薬指にさっき買った指輪を通す。
真新しい指輪は、ぴったりとわたしの指に嵌った。
視線を上げると、カイがまっすぐその金の瞳でわたしを見つめていた。光が透けてとても綺麗。
「改めて請う。この手を取ってくれるのなら、一生大事にする。必ず守る。だから--帰らずに、ずっと俺の側にいてくれないか?」
その言葉を聞いて、唇が自然と笑みの形になった。指先に触れるカイの手を、そっと両手で包む。
「はい」
肯定の言葉を返すと、幸せそうにカイが破顔した。