レッツ異世界交流!
名乗ってはみたものの、おっさん、もといお兄さんには通じている様子はない。当たり前か。だがしかし、ここで諦めるわけにはいかない。通じないなら通じるまで努力する。そう、ボディランゲージである。
わたしは自分を指差した。
「凪沙。ナ、ギ、サ」
何度か繰り返すと、わかったというようにお兄さんが頷いた。どうやらそれがわたしの名前だと理解してくれたらしい。大きな手でわたしの肩にぽんぽんと軽く触れてくる。
「ナギーサ」
「違う。ナ、ギ、サ!」
「ナ・ギサ」
お兄さんは一生懸命名前を呼んでくれようとした。
んー、なんか違うんだよね。発音しづらいのかな?
「ナギ」
「ナギ」
「そう! ナギ!」
よっし通じた!
わたしは嬉しくなった。流行りの異世界トリップでも、なんのチート能力もないのならそれは仕方がない。現実は小説や漫画と違ってうまくはいかないものだ。言葉が通じないなら勉強すればいい。努力すれば習得できるからだ。
できたら最初から通じて苦労しないほうがよかったけど、言っても仕方ないことをうじうじ考えるのは時間の無駄だ。
まずは名前を。そのあとは日常生活で目にするものを。読んだり書くのは後回しでいい。これは他の人にお願いすることもできるだろうし、覚える前に帰れるかもしれない。
でも、生きるのに困らず、帰り方も尋ねるには、人と会話できなければどうしようもない。言葉を覚える。それが今のわたしに必要なことだった。
「ナギ」
お兄さんはわたしの肩を叩き、確認するようにもう一度呼んだ。そしてそのあと、自分の胸を拳でひとつ叩くとこちらの瞳を覗き込むようにして言う。
「カイ。カ、イ。カイ。$^|%#? カ、イ」
「カイ?」
「°$€☆*」
最後のは「そうだ」とでも言ったのかな? わたしがカイと呼ぶと、お兄さんは大きく頷いた。
よし、この調子だ。気をよくしたわたしは、おとなしくわたしたちのやりとりを見守っている虎もどきを指差してみた。
「あの子は?」
わたしの指す方向に顔を向けたお兄さん--カイは、すっと立ち上がると虎もどきに近寄り、その首元をぽんと叩いた。虎もどきはずいぶん大きく感じたが、カイの背が高いせいか、並ぶと普通の馬くらいの大きさに見える。
「クロム。ク、ロ、ム。クロム」
「クロム」
「°$€☆*」
おうむ返しに言うと、カイはまた頷いた。やっぱり「°$€☆*」は「そうだ」のようだ。うん、相手の言葉を肯定するときに使おう。
お互いに名乗り合うと、カイは地面に置き去りにしていた剣を拾い、腰に下げていた鞘にしまった。血が付いてたのにそのままにして錆びたりしないのかな? 気になったが今訊くことでもないので黙っていた。
剣をしまうと、カイはわたしに手を差し伸べてきた。
「@&/×」
んー、これは「こい」か「おいで」か「ついてこい」?
頷いて差し出された手に自分の手を乗せる。お手か。ふとそう思って思わず自分の行為に笑ってしまう。飼い主に尻尾を振る犬みたいだ。
普段ならそんな風に見知らぬ人について行こうとは思わないし、知らない男性の手を取ったりもしないのに、なにも考えずにそれをしてしまうなんてどうかしている。異世界マジックおそるべし。
ニヤニヤ笑うわたしに一瞬不思議そうな顔をしたが、不問にすることにでもしたのか、カイはそのままわたしの手を取ってクロムの方へ寄って行った。
「/&>°%#」
「うわっ……!」
カイは一声わたしになにか話しかけると、両脇に手を差し入れてぐわっとわたしを抱き上げた。そのまま虎もどき……ではなく、クロムの上に乗せる。おとなしくわたしを背に乗せるところを見ると、この子は騎獣なのか。しかしやっぱり怖いな。
ぎゅっと毛皮を掴む。怒ったりしないよね?
毛皮を掴まれてもクロムは威嚇したり振りほどいたりしなかった。おお、なんて賢い子なんだ。
わたしを乗せたまま、クロムは立ちあがった。そのまま歩き出す。大きな身体なのに、密集した木にぶつかったり詰まったりしないのは地味にすごいと思う。
「_&○*#」
わたしを乗せたクロムの隣を歩きながら、カイが前方を指差した。