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プロポーズは慎重に行いましょう!

[いやあああッ!!]


 切り裂くような悲鳴で目が覚めた。


「ナギ、大丈夫だ」


 耳元で大好きな声が囁いた。低くて響きのいい、わたしだけの甘い声。ぎゅっと抱きしめられると、カイの匂いでいっぱいになる。


 目が覚めた先は宿だった。肌に感じるリネンの肌ざわりに一瞬ぞっとしたけれど、身体に回されたカイの腕を感じ、白くない木の天井を目にして、わたしはようやく自分が助かったことを理解する。


 カイにすっぽり包まれている自分を確認して、わたしは無意識に入っていた全身の力を抜いて、カイに委ねた。

 しかし、ようやく自由を取り戻した身体はまだ完全にわたしの思う通りにはならず、おこりのように細かく震え続けた。


「大丈夫--大丈夫だ。もう怖いことはない」


 優しく背中をなでられて、知らず詰めていた息を吐き出す。震える手を動かして、カイの服をつかんだ。


 身体が動く。声が出る。カイがいる。

 そう思った瞬間、わたしの涙腺は決壊した。


「カイ--カイ!」

「うん、ここにいるよ。もう平気だ。あいつは捕まったし、おまえは無事だった」


 とりすがって泣くわたしの頭をなでながら、カイは優しく囁く。


「こわ、怖かったっ。動けっ……なくて、声、出なくてっ、気持ち、わっ、わるっ……」

「うん、かかってた魔法は解いたし、あの男は保安隊に捕まって今牢の中だ。だからもう安心していい」

「うっ、ひぃっ、く……っ」


 カイの説明を聞いて、あの悪夢は終わったんだ、とわかった。今わたしを見てるのは、同じ金色でもわたしに危害を加える目じゃない。


 カイはわたしが落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。布越しに聞こえる心音に、ようやく落ち着いてきた頃、カイの声がした。


「大丈夫か?」

「う……ん」


 泣きすぎて顔がすごいことになっていそうで、わたしは上が向けなかった。


「怖い思いをさせてすまなかった。あの男は魔法使い用の牢に入れられたらしいが、不安なら俺たちだけでもローゼンから離れるか? ラズとサジがそれでも構わないと言っていたが」

「え……」

「ナザフィアに戻ることもできる。ラズとサジがじっちゃんから預かった魔石を割れば、迎えの船を寄越してくれるらしい。今割ってゼクトに戻れば、着いた頃に船もくるだろう」

「うん……」


 犯罪者は捕まったそうだ。そりゃそうだ。誘拐、監禁、強姦未遂。やりたい放題やって捕まらないのは問題だろう。イケメンだからってなにをやっても許されるのは、ネット上の都市伝説だ。


 ナザフィアと違って追っ手がいないからって油断しすぎた。いまやイセルルート大陸も、わたしの安住の地ではない。ていうか、あの犯罪者が牢から出た場合、追っ手がかかろうともナザフィアの方がマシなような気がする。


「ナザフィアに戻るなら、一度父と話をしようと思う」


 おもむろにカイがそんなことを言い出した。


「え?」

「ディルスクェアの目的は、多分一族から魔法使いを出すことだ。俺が知る限り、今の一族には、力の弱い老齢の魔法使いが一人いるきりだからな。ディルスクェアの追っ手を抑えるには、“迷い人が一族の血を受けた魔法使いを産む”のが一番だ。つまり--」


 カイは一度言葉を切り、ため息をついた。


「くそっ……ああ、こんな風に言うつもりじゃなかったんだが--ナギサ」

「!」

「俺と結婚してほしい」

「!?」


 なんかカイが爆弾突っ込んできたー!?


 あまりの衝撃に、完全に涙が引っ込んだ。なんでこのタイミングでプロポーズ⁇


「いや、おまえが帰りたいのはわかってるんだ。この世界にいる間の偽装で構わない。ただ、偽装でもあの家の手を緩めるにはこれしかない。俺と所帯を持って子どもを孕んだ風を装えば、少しはゆっくり過ごせるはずだ」


 ……なにそれ。


 猛烈に腹が立ってきた。この唐変木、今なんつった。追っ手を誤魔化すためだけの結婚?


「……つまり、ニセモノの夫婦にしかなりたくないと?」


 絞り出した声は、我ながら低かった。


「そんな訳ない! そんな訳がないだろう!」

「だってそう聞こえた!」

「俺はおまえを誰にも渡したくない!」


 唐突なプロポーズにかぶせてきたのは、どストレートな要求だった。


「他の男に一指たりとも触らせたくない! 誰にも譲る気はない! イェルク・フィスタールとかいうあの男も、細切れにしても許せないくらいに腹が立ってる!」


 確かな怒りと、どうしようもないくらいの激情が、金の瞳を燃え上がらせている。


「ナザフィアでも今まで通り逃げ回ることは可能だ。だが、それだと今回みたいにおまえの身を危険にさらす可能性が高いんだ。あの家は手段を選ばない。わかりやすいかたちで彼らの悲願を満たすフリをしなければ、追っ手はなくならないだろう。……ただ、おまえの枷にはなりたくない。おまえを俺だけのものにしたいのは本当だ。でも、本当に夫婦になってしまえば、俺は自分をとめられない。結果子どもができてしまえばおまえは戻れるのか? 無理だろう? 元々、おまえがこちらに残る決心がついたら言うつもりではあったんだ。俺はおまえ以外との未来は望まない」


 ごめん、とカイはまた謝った。


「ワガママでごめん。余裕のない大人で呆れたよな。でも、他の奴に譲るなんてできない。大事なんだ。俺がおまえを譲るのは、おまえにだけだ」

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