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そういえば美術の成績は3でした!

 その後、皆と食事を終え、部屋に戻ったわたしは、鞄からスマホを取り出した。これはまだ双子には見せていない。

 カイから紙をもらい(ノートを破って描こうとしたらとめられた)、シャーペンを手にとって模写に挑む。


「……ゆがんでる」

「そうだな」


 思えばわたし、美術の成績は三でした! 可もなく不可もなく。とはいえ、筆記で稼いだ部分も多い点数なのも認めざるを得ない。

 つまりなにが言いたいかというと--うん、絵、下手なんだ、わたし。壊滅的とは言わないけれど、微妙な出来の魔法陣に、なんだか悲しくなる。これは紙の無駄だ。


「難しいなぁ」

「ナギ、貸してみろ」


 紙とスマホを目の前にして悩んでいると、横から救いの手が差し伸べられた。

 素直にペンを渡すと、なんとカイは手首を軸にしてペンを固定し、紙をくるっと回して円を描いた。なにそれすごい。


「すごい!」

「いや、円はこうやって描くだろう?」


 どうやらこの世界にはコンパスというものがないらしい。

 訊くと、一応それらしきものはあるのだけれど、一般に普及はしておらず、服飾職人などの職人か、魔法陣を得意とする魔法使いが持つ専門器具扱いになっているらしい。


 感動しながら見ている間に、みるみる魔法陣は完成していく。写真から絵を起こせるとか、すごい器用ですね!


「カイ、すごいね! 上手!」


 拍手をもって完成した魔法陣を迎えると、カイがちょっと照れたように笑った。


「ほら」

「ありがとう」


 受け取った魔法陣は、ステンドグラスに描かれていたものと同じだった。欠けていた部分が綺麗に埋まって、完全な姿を現している。

 完成した魔法陣に組み込まれている英単語は、“return”、それに“home”の二つだった。それ以外の文字はこちらのものなのか、わたしには読めない。


「大元は移動の魔法陣のようだ。こっちの文字は魔法言語だな。これならどうにか読める。移動、時間、世界……見たこともない単語も混じってるが、おまえの国のものか?」

「うん、“帰る”、“家”」


 “家に帰りたい”

 そう願って作られたのがわかる魔法陣だった。

 これを作った彼は、とにかく帰りたい一心で作ったに違いない。故郷を離れ、その帰り道に同行したお姫様は、今のわたしと同じような気持ちだっただろうか。大好きな人と結ばれるために、世界を超えるその強さ。それは今のわたしにはない決断力だ。


 魔法陣を見つめて黙ってしまったわたしの頭に、ぽんとカイの掌が乗せられる。そのまま髪をすべるようになで、頰に添えられた。


「不安か?」

「……うん」


 腰に手が回され、そっと抱き寄せられる。カイの体温を感じて、わたしは目を閉じた。


 不安か不安じゃないかって言ったら、不安だ。怖いとも言っていい。帰りたいのに帰る決心がつかないわたしを追い立てるように、どんどん埋まるピース。


 カイを好きだって自覚してから、どんどん気持ちが膨らんでいく。片時も離れたくないくらいに好きな人ができるなんて、思ってもみなかった。

 狙われたり、攫われたり、この世界は怖いことがいっぱいだ。日本ならわたしは単なる一般人として、のほほんと生きていられたのに、ここでは命のやりとりがあったり、ハラハラすることも多い。

 世界だけ見れば、帰ったほうが断然いい。便利だし、楽しいものもたくさんある。


 それでも。


 家族もなく、知り合いも少なく、命の危険もあるこの世界と。

 家族がいて、友達がいて、気楽にすごせるむこうの世界と。

 どちらも選べないのは、ここにこの人がいるからだ。

 カイの存在が、わたしの心を揺らすんだ。


 むこうに帰っても、いつか誰かとまた恋をするかもしれない。その人と、穏やかにすごしていけるかもしれない。

 でも、きっとどこかにこの人の姿を探すだろう。

 決して抜けない棘のように。


 ああ。

 まだ決心はつかない。みんなの顔を思い浮かべると、まだ心は揺れる。

 でも。

 どうしても、わたしはカイといたい。ずっとこの人の隣で笑っていたい。


 そのために、わたしはこの世界を選ぶ覚悟を決めなくちゃいけない。


 そっと額に、頰に触れるカイの唇を感じながら、わたしは心の中で謝った。


 ごめんね、お父さん、お母さん、お姉ちゃん。

 ごめんね、アヤちゃん。みんな。

 何度謝っても足りない。たくさん愛してくれたのに、たった一人のためにあの世界を捨てようと思ってしまったわたしを許してくれなくてもいい。

 でも、どうしても捨てられないの。離せないの。側にいたいの。

 この人が、他のだれかと笑う未来を想像するだけで、切り裂かれるようにつらいの。


 ねえ、いにしえのお姫様。あなたはなにを思って故郷を離れたの?

 わたしにも、その決断ができるかな。好きな人とすごすために、すべてを手離して知らない世界に飛び込むその勇気が、わたしにも備わるかしら。


 カイ。

 この気持ちが固まって、揺るがなくなったらあなたに打ち明けよう。

 だからお願い、どうかそのときまで待っていて。

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