【挿話】思いがけない拾い物
俺の名はカイ・ディルス。しがない傭兵だ。相棒のティガン--クロムと共に目的のない旅を続けている。まぁ、単なる根無し草だ。あっちへふらふら、こっちへふらふらと、好き勝手に生きている。なまじ腕がたつため危険もたいしてないし、行く先々で路銀を稼げば好きな酒も好きなだけ飲める。特に困ったことはなかった。
そんなある日、さびしくなってきた懐のために、俺はいつものようにギルドで依頼を受けた。最近ここらで商隊を襲っているらしい山賊退治だ。俺はソロでしか依頼を受けないため、この場合一対多数になるが、特に問題ないとされた。ランクのせいもあるが、なにより同行している相棒のクロムのおかげである。
クロムはティガンという幻獣だ。個体数は少ないが、ヒエラルキーの上位にいるような驚異的な強さを持つ。火の魔法に優れているため、魔法の使えない俺にはありがたい相棒だ。もちろん言葉は話せないが、幼い頃から一緒にいるおかげで、意思疎通に困ったことはない。
山賊退治に、さほど手間はかからなかった。抵抗をやめたものは生け捕りに、ひどく抵抗をするものは容赦なく叩き潰していく。むこうに魔法使いが一人でもいれば簡単にはいかなかったかもしれないが、なにせ魔法使いは希少だ。たまに産まれる魔法が使えるものも、火力の基である魔力に恵まれているものが少ないため、魔法使いの道を志す人間はほぼいないのだ。魔法使い=エリート。そんな恵まれている人間が山賊に身を落とすわけもない。
「無駄な抵抗はやめろ……っと! おう、こいつで最後か⁉︎」
最後かと思われる山賊を斬り伏しつつ、俺はクロムに向かって訊く。人間より鼻の利くクロムは、俺の問いかけにふいっと更に奥を鼻先で示した。まだ討ち漏らしがいるのだ。
軽く振って血を切った剣を片手に、俺は森の奥へと足を進める。もう一人の相棒であるこいつは、人や魔物の膏で斬れ味が悪くなることも、生半可なことで欠けたり折れたりすることもない業物だ。
「おまえで最後か? 抵抗しなければ命だけは助けてやるがどうだ?」
先に向かったクロムのむこうにいた人物に、俺は切っ先を突きつけた。が、その姿に一瞬鼻白む。
「子どもか?」
クロムに怯えたようにしゃがみ込む小さなシルエットは、十二、三ほどの少女だった。男物の風変わりな衣装を着ているが、髪は長く、骨格は華奢だった。手入れの行き届いた髪や肌を見る限り、裕福な生活をしていたことが窺える。
一瞬誘拐された子どもかと考えた。しかし、少女から漏れ出る濃い魔力を感じ、俺は迷う。魔法使いなのか? それもかなり高位な。
「クロム、こいつか? おまえも山賊の仲間か⁉︎」
山賊に攫われた子どもの可能性と、魔法使いである可能性を考えながら、俺は一旦クロムを下がらせた。
「※⁉︎ ※※※※⁉︎ ※※※※※※⁉︎」
少女はなにかを叫んだが、よくわからなかった。異国--例えばイセルルート大陸か--のものか? ナザフィア大陸の共通語ではない、旅慣れた俺でも聞いたことのない響きだった。
「おまえも仲間なのか⁉︎」
再度問いただすと、ビクッと少女が竦んだのがわかった。そのままその大きな漆黒の瞳に、大粒の涙が盛り上がる。
盛大に泣き出す少女に、さすがの俺も狼狽えた。クロムが「泣かしたな」と言わんばかりに尻尾で叩いてくる。
「ちょ、ちょっと待て! 脅すつもりはなかったんだ! 悪かった、泣くな!」
さすがに子どもを泣かすのは本意ではない。どうしよう、とりあえず撫でるか⁉︎ それで泣きやむか⁉︎
「泣くな! な、泣くな!」
小さな頭をわしゃわしゃと撫でると、驚いたように少女がまっすぐこちらを見た。悪意の感じられない視線。多分この子は山賊の仲間ではない。では攫われてきた子どもか? 魔力が強そうなこの子は、多分魔法使いの一族に売られる予定だったのだろう。魔法使いをよく輩出する一族は、できるだけ強い力を持つ子どもが産まれるよう、魔法使い同士の婚姻を繰り返す。確率は低いが、それでも稀にたいそう強い子どもが産まれるため、それは連綿と続いていた。
俺は魔法こそ使えないが、他人の魔力を感知することはできる。その能力が告げていた。この少女が身に宿す魔力は、半端ない。
しばらく少女は俺の顔を見つめていたが、キッとなにかを決意したかのような表情になると、ゴシゴシと頬の涙を乱暴に拭った。
「※※!」
「⁉︎」
なにかが始まるような予感がした。
「※※※、※※※※※! ※※※※、※※※※!」
知らない言葉でなにかを宣言すると、少女はニコッと笑った。
花が咲いたような笑顔だった。