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船なんか嫌いだ!

「うぅう〜〜」


 ただいま絶賛船酔い中の凪沙ですこんにちは!

 青い空、白い雲、海風は気持ちいい……はずなんだけど、どうしてもダメ。目が回るし、気持ち悪いし、頭痛いし。


「大丈夫か?」


 ダメですね! 陸地が恋しいです!

 カイが心配してくれるけど、返事すらできない。


「きーもーちーわーるーい」


 少し離れたところでは、同じくグロッキーになっているサジさんが、蒼白な顔でぐったりしている。同志よ! 誰よりわかるわ、その気持ち。


「水飲め、水。あ、ナギちゃんはオレが口移しで……」

「今すぐ海の藻屑にしてやろうか、ラズ」

「カイ、冗談くらい許してよ」


 カイとラズさんは非常に元気だ。うらやましすぎる。分けてあげるわこの吐き気。うぅ。


「目ぇつぶっとけ。頭動かすなよ」


 うっそりと元気な二人組を見ていたら、カイの手が伸びてきて目隠しをされた。あったかい。


「今冷やしてやるから」


 カイの手が離れると、しばらくして冷たい布が額に当てられた。気持ちいいなぁ。


「アタシも欲しい〜〜」

「今やってやるからおっさんは黙って待っとけ」

「ひどい……」


 目をつぶって耳を澄ます。ウミドリの声と波の音。日よけの幕の下にいるので、そこまで眩しくないし、クロムに包まれているので寒くもない。


 わたしたちは一月待った。メルルさんのところに行くのかな、と思ったけれど、バルルークさんが招いてくれたので有難くそちらへお邪魔した。

 双子は引き継ぎが忙しかったとかでほとんど家には帰って来ず、わたしとカイはなんだかのんびりした日々を送っていた。この世界に来て初めてゆっくり過ごした気がした一月だったけど、それもあっという間に終わってしまい、年が変わるその前に、わたしたちは双子と共にイセルルートへ旅立ったのだった。


 バルルークさんが用意してくれた船は、意外と大きかった。クロムが乗れるようにと、大きめのものを準備してくれたそうだ。難破しないように、航海が無事終わるように、念入りにバルルークさんが水の魔法をかけてくれて、今のところ順調船は進んでいる。

 ……わたしとサジさんが船酔いしてる以外は、とても順調です。ええ。


「少し食べれるか?」


 わたしは少しうとうとしていたらしい。ぬるくなった額の布を取り替えに来てくれたカイが、心配そうな顔でそう訊いてきた。食べたくない。けど、もう吐くに吐けないほど胃の中は空っぽだ。


「少し食べたほうが楽になると思うが……起きれそうか?」

「うぅ……がん、ばる」


 背中にカイの腕が回される。そっと抱き起こされ、唇にカップが当てられた。お水を飲んで気づく。どうやらわたしは喉が渇いていたらしい。


「ゆっくり飲め。咽せるぞ」


 ごくごくと飲んだら、カイに制止された。口の端からこぼれた水滴を、その指が拭う。


「リーツだ。食えるか?」


 洋梨によく似た見かけの、中身は完全に青りんごな果実を、カイがナイフで小さくして差し出した。料理の腕は壊滅的だけど、ナイフ捌きは完璧なカイは、綺麗に皮を剥いてくれている。


 リーツを口にしながら、カイの金の瞳を見る。心配そうな色が浮かぶそれに、なにより申し訳なさが先だった。あれね、これはもう介護だよね。齢二十にして、好きな人に介護されるとか、どうなの。


「ごはん、食べてる?」


 ひとかけらを飲み込んで、わたしは尋ねた。このメンバー、料理を作れる人間がわたししかいないのだ。そのわたしが船酔いで寝込んでしまえば、元気なカイとラズさんの食生活も知れたものだ。


「そんなこと気にすんな。少なくとも俺よりラズのが上手いから、どうにかしてるよ」


 お湯スープの魔の手からは逃れているらしい。ラズさんは一種類だけ、それも微妙な味わいの焦げ臭い麦リゾットしか作れないので、きっと毎日それを食べてるんだろう。一度食べたけど、あれを三食毎日は気が滅入りそうだ。あれ、おこげって癌の元にならなかったっけ。大丈夫かな。


「元気……なったら、おいしいの、作るね」

「ああ。早く元気になれよ」


 カイの金の目が優しく細められる。うん、早く元気なっておいしいの作るね。なにがいいかな。リゾットはもう見たくないだろうから、パンとかピザとか? パスタもいいよね。あーお米が恋しい。カレーとかないかな、むこうの大陸。


「ね。あと、どのくらい、着く?」

「あと半月かな」


 半月!

 聞かされた事実に慄く。そんなに長く船酔い続いたら死んじゃうかも!


「カイ、半月、ダメかも。死ぬよ」

「慣れるから大丈夫だ。今はまだ身体が揺れに慣れてないだけだから。ラズだってはじめは具合悪そうだったろ?」


 そういえば、船に乗った直後、まず具合が悪くなったのはラズさんだった。続いてわたし、サジさん。サジさんが船酔いする頃にはラズさんはもうよくなっていて、機嫌よさげにわたしの横でアピっていてカイにつまみ出されてたっけ。


「ちょっと、そこ。同じ病人にこの対応の差はなにかしら」


 少し離れたところで船べりにしがみついていたサジさんが、恨みがましい目つきで這い寄ってきた。手にはリーツの実が一つ。


「アタシにも剥いて渡してちょうだいよ。丸ごとかぶりつけとか、絶賛船酔い中のアタシに対しての思いやりがない!」

「サジの担当はラズだろ。あっちに文句を言え。大体おまえのがナギより元気だろ」

「可愛くない弟だわ〜。ここぞとばかりにポイント稼ぎに走ってさ。ナギちゃん愛でるの見せつけないでよ」

「そこかよ」


 でろりと軟体動物のような動きで、膝立ちしていたカイにのしかかる。カイは心底鬱陶しそうに、床に叩き落とした。


「あームカつく。ムカつきすぎて吐きそう」

「吐くなら海にしろ」


 容赦なさすぎである。しかし擁護してあげたくても、もう喋るのすらつらいわたしには無理だ。ごめんね、サジさん。


 そうして、わたしの船酔いはその後一週間続いたのであった。

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