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いつもの夜に戻ってきました!

 イザフォエールを離れ、わたしたちを乗せたクロムは夜空を飛んでいた。


「すまんが、そろそろ降りるぞ。さすがにクロムがもうもたない」


 しばらくして、カイが申し訳なさそうに言った。イザフォエールからさほど離れていないせいかもだけど、わたしは気にならなかった。カイがいるならどこだって平気だ。


 カイは川を見つけると、その付近に降りるようクロムに言う。あ、身体洗いたい。せめて顔と手。換気口を抜けてきたんだし、きっと真っ黒だ。

 自分の様子に気づき、わたしは恥ずかしくなった。こんな姿をカイに見せるとか、うわー、失敗だ! 恥ずかしすぎる!


「どうした?」


 突然うつむいたわたしを心配したのか、カイが優しい口調で訊いてくる。そんな一言でドキドキしちゃうんだから、恋愛って怖い。


「うっ、ううん!」

「大丈夫だ、俺がいる。もう怖いことなんて起きないから」


 カイの口ぶりがライナさんに対する態度よりもやわらかくて、わたしの心は浮き立った。いつもはこんな風に密着するくらい抱きしめられたりしてないのに、再会してからずっと離すまいとするかのように抱きしめられているのも嬉しすぎる。やめてー、微笑まないでー! 心臓破裂しちゃう!


 そんな風にわたわたしているうちに、クロムは地面に降り立った。


「カイ、クロム、助ける、ありがとう! 嬉しい」


 二人と対面して、わたしは改めて礼を言う。いやホント、危機一髪だったし、さっき。


「いや、無事でよかった。おまえが消えたときは焦ったよ」


 ですよねー! ただでさえカイの実家の追っ手から逃げてるっていうのに、同じくらい避けなきゃいけないはずの魔法使いに攫われるとか、ないわー。


 クロムは地面につくなり座り込んだが、尻尾でわたしを自分の身体に引き寄せた。ごめんね、疲れたよね。


「クロム、たくさん飛ぶ、大変だったね。わたしのため、ありがとう。クロムきて、わたし幸せ」


 嬉しくて、ぎゅっと頸に抱きついた。うん、あとでたくさんブラッシングしてあげよう! わたしは心に決める。先だってブラシを購入してもらったので、たまにクロムにブラッシングをしているのだ。


 わたしに抱きつかれたクロムは、頭を擦り付けてきた。もー、可愛すぎるよクロム! あれ、カイはなんで微妙な顔してるの?


「クロム、おまえな--いや、なんでもないんだ、ナギ」


 クロムもなんで得意げにしてるの⁇ 長年の相棒であるところの二人のやりとりは、たまに意味不明だ。


 その後、カイがものすごく心配したので、わたしは水浴びを断念した。顔と手足、そして髪も軽く洗う。クロムの裏に隠れて濡らした布で身体を拭きつつ手早く着替えると、ようやく人心地つけた。


「お待たせ、です」

「お疲れ」


 少し離れたところで火を熾していたカイの元へ行くと、やわらかく笑って迎えられた。やめて、不意打ち笑顔は鼻血の元!……って、恋する乙女が鼻血とか言っちゃいかんな、うん。


「ごはん、作るね」

「無理しなくていいぞ?」

「平気! カイはお休みする、いい?」


 カイは気を遣ってくれるけど、いいえ、是非作らせていただきます。もちろんお礼の意味もあるけど、やっぱりお湯スープは飲みたくないっていうか……えへへ。うん、疲れたときにはおいしいもの、食べたいよね!


 カイとクロムにはゆっくりしてもらってる間に、わたしは手早く食事の準備をした。

 今日はとっときのソーセージを使おう。焦げ目が軽くつくくらいに炙って、生食できる香草と一緒にパンに挟み込む。ジャガイモとインゲンは、スライスしてニンニクで炒めた。あ、もちろんそれっぽい野菜ってだけで、名前はまったく違うけど。色だってちょっと違ったりするし。あとは早く火が通るミネストローネを作れば完成だ。


「疲れてるのに悪いな、ありがとう。うまそうだ」


 イケメンスマイル連発のカイは、わたしを殺しにきてるに違いない。ドルフィーではシワが眉間に固定されるんじゃないかってくらい、常にしかめっ面だったのに。

 それにしても、三十路のおっさんの笑顔に動悸が止まらないとか、恋って怖いわー。いや、カイはカッコいいですけどね! たまに怖いけど、顔。


 クロムには保存していた生肉を渡して、遅い夕食となった。は〜、長い一日だった。朝からトラブル続きで疲れちゃった。早く寝よう。

 なんだかこちらに来てから、早寝早起きが身についたわたしである。健康的すぎて、小学生もびっくりだね!


 まったりと夕食を済ますと、わたしは川べりで身支度をして(こっちにも歯ブラシがあったのは幸いだった。むこうに帰ったら虫歯だらけとかシャレにならない!)、カイとクロムのところに戻る。

 クロムはもう寝る体勢に入っていたけど、わたしが近寄ると寝やすいように動いてくれた。


「クロム、今日はいいよ。ずっと飛んで疲れてるでしょ?」


 普段夜に飛ぶなんてことしない上に、ドルフィーからイザフォエールまできてくれたのだ(距離感はわからないけど、朝別れて夜合流となると、だいぶ遠いんじゃないかしら)、疲れてないわけがない。

 そう思って遠慮したわたしにカイが声をかけた。


「気にするな、ナギ。あの心配の仕方からすると、クロムはナギを包んで寝ないと落ち着かないと思うぞ」

「がぅ」


 カイの言葉を肯定するように、クロムも軽く唸る。え、いいの? ホント。


「そう? それじゃ……甘える。ありがとう」


 わたしはありがたくクロムにくっついた。はー、まったりするなぁ。もふもふのクロムの毛皮に顔を埋めて力を抜く。あー、幸せ。このまま寝れるわ。

 わたしがクロムを堪能していると、いつも一人離れたところにいるカイがやってきた。


「どうしたの?」

「どうって、特になにもないが?」


 そういうと、手の届くような近場に腰を下ろす。え、なんなのホント。


「カイ、今日迎えありがと。きてくれた、嬉しい」

「間に合ってよかったよ。おまえもよく逃げだせたな」


 とりあえず会話をしようと話しかけると、リラックスした様子でカイが笑う。

 あー、なんだかいつもの夜が戻ってきた感じだ。この二日間がジェットコースターみたいだったから、なんかホッとするなぁ。


「うん、必死。だってウェリン様、気持ち悪い」

「気持ち悪いって、ストレートだな、おまえ」


 わたしの答えにカイが吹き出す。だってあのおっさん、見た目も中身も気持ち悪いし。必死で逃げましたとも!


「鳥かご、入るして、お風呂の上の道、逃げだせた。庭、木の下潜って外行くしたよ。道で……あ!」

「どうした?」


 思い出した! 逃げ出した先にいた人!

 わたしはふわふわした気持ちがさっと引いていくのを感じた。


「あの、あのね、カイ。道で、いたの。あの人……えっと、ロイユーグさん。ディルス……カイのお家の」


 名字が言えなくて、言い換える。その名を聞いた瞬間、やわらかかったカイの表情が、キッと鋭くなった。


「騎士、言ってた。騎士、なに?」


 ロイユーグさん。一見いい人そうだったけど、カイの実家の人だ。わたしの正体を知ったらどう変わるかわからない。


「騎士は、簡単に言うと選ばれた、特別な兵士だ。王の兵、とでも言えばいいのか。……そうか、あいつ、騎士になったのか」

「ロイユーグさん、カイ、家族?」

「ああ、四つ下の弟だ」


 なんと、やっぱり兄弟だったらしい。似てたもんなあ。なんか納得。


「おまえのことは知っていた感じか?」

「ううん、知らない思う。あまり話すしなくて、カイきたから」

「そうか」


 複雑そうな声だ。弟さんと仲、よかったのかな。


「ディルスクェアの本拠地はパルティアなんだが、あいつはラクトピアにいるんだな。……そうなると、マナツィアに移動した方がいいかもしれないな」


 カイの静かな声に、虫の声がそっと重なった。

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