ライナさんの婚約者!
「なにを言ってるんだ、ライナ! だいたいそいつは誰だ!」
「セントルからお話がいってますでしょう? カイ様ですわ」
「ならんならんならん!! お前はウェリン殿に望まれて嫁ぐのだ! 他の男を選ぶなどならん!」
……あーあ、親子ゲンカ始まっちゃった。
「イヤですわ! お父様もわかっておりますでしょう!? わたくしとウェリン様では、親子ほどに年が違うと! いくらエリートとはいえ、わたくし、おじさんの後添いなんて、断固拒否いたします!」
「魔法使いの妻というステータスを、お前はまったくもって理解しとらんのだ! 贅沢し放題だぞ!? 一生金には困らんのだ! そんな貧乏臭い男と添うなど、一生苦労し通しだとわかりきってるではないか! だいたいお前! カイとか言ったな、お前は若いうちの娘を誑かして恥ずかしいとは思わんのか!」
カイ、とばっちり! わたしは焦って隣のカイを見る。ついでにちょっとばかりライナさんパパの怒声が怖かったので、カイの袖をつかんでみた。
「お言葉ですが、領主殿。我々はご息女に脅されてここに連れてこられた旅のものです。たまたまいざこざに巻き込まれただけで、ご息女を娶る気も、そういう間柄になるつもりもありません」
「なんだと!?」
「ダメです、カイ様!」
「我々はここの領民ではない。この街から出たくとも出してもらえず、仕方なしにここにいるだけです。このままでは職業ギルドが動くでしょう。領主として、それは避けたいのではありませんか?」
静かな声でカイが告げた。
カイ、怒ってる。これは相当怒ってる。丁寧な言葉の端々に、めっちゃ怒りが滲んでる!
「そ、そうか。それは……ライナ」
カイの威圧に、ライナさんパパはちょっとひるんだようだった。
「彼の言うことはどういうことだね? 出られない、とは」
「…………」
痛いところを突かれたのか、ライナさんが黙りこくった。うーん、やっぱりお父さんの権力を勝手に使ったとか、そんなとこ? ふてくされても可愛いとか、うらやましい限りだ。
「とにかく、わたくしウェリン様には嫁ぎとうございません。カイ様が好きなのです!」
「いや、でも彼にはその気はないようだが……それにそのお嬢さんはだれだね?」
ライナさんパパは、長身のカイに隠れるようにしていたわたしの存在に、ようやく気がついたらしい。
「お邪魔虫ですわ!」
お邪魔虫? ちんちくりんといい、ライナさんからは聞いたことのない単語がポンポン出てくるなあ。
「とにかく、親子ゲンカはよそでやってくれ。他人の俺たちを巻き込むな。領主殿、門の封鎖は解けたと思ってもよろしいですね? それでは我々はこれでお暇させていただきます。ナギ、行くぞ」
カイはライナさん、ライナさんパパにそれぞれ声をかけると、わたしの手を引いて部屋を出ようとした。
「だ、旦那様!」
部屋から出ようとしたわたしたちの前に、昨日出迎えてくれた執事さんが現れた。なんだかひどく慌てている。
「ザルツェ・ウェリン様がお見えです! お嬢様を迎えに来たと……」
「ウェリン殿が?」
ライナさんパパが訊き返すのと、その人が部屋に入ってくるのは同時だった。
「やあ、我が花嫁殿におかれましては、ご機嫌麗しゅう! 今日も白薔薇のように可憐だね! 君が来ないので、わし自ら出迎えにきたぞ」
「う、ウェリン様……」
ウェリン様を見たライナさんは、顔を青ざめさせながら、ヘナヘナと床にしゃがみ込んだ。相当会いたくなかったようだ。
うん、わたしも会いたくなかったよ!
噂のウェリン様は大層肉付きのいい、脂ぎった、汗だくの色白の……例えて言えば、人相の悪いマシュマロマンみたいな人物だった。いや、マシュマロマンに失礼か。汗ばんでも脂ギッシュでもないしね、マシュマロマン。
「さあ、ライナ。我が屋敷へ行くぞ。もう準備はできているのだ。我が領民たちも、美しい我が妻がくるのを、今か今かと待っておる」
「あ、い、イヤ……カイ様!」
どうしても逃げたかったのだろう。ライナさんはカイにすがった。男の名前を耳にして、ウェリン様の眉が跳ね上がる。
「だれだ、貴様は!」
「この騒ぎに巻き込まれた通りすがりのものです」
「その割には、ライナから親しく名前を呼ばれておるではないか! 貴様、我が婚約者に不埒な真似を……!」
「するか、んなもん。早く回収しろ。迷惑だ」
カイが吐き捨てるように言うと、ウェリン様の眉は更にキツくなった。
カイ、不機嫌さをちょっとは隠して! それじゃ相手を煽ってるから!
わたしは二人のやりとりを、ハラハラしながら見守った。




