お別れしましょう?
温泉騒動のあと、わたしたちはぎこちないままだった。カイは一定距離を保っていたし、わたしも恥ずかしさから目を合わせられなかった。見てないって、見てないって絶対ウソだし! ぎゃ〜〜!!
日が暮れて、ふたたび夜営に入る。言葉少なに夕食を終え、無言のままわたしたちは焚き火を囲んだ。
焚き火のむこうには、カイがいた。普段なら隣でおしゃべりに付き合ってくれるけれど、今日は焚き火を挟んで向こう側。ちょっと遠い。
顔を合わせづらくて、わたしはクロムのもふもふの毛皮に顔を埋める。クロムは仕方ないなぁというように、わたしに寄り添って座り込んでくれる。キミ、なんていいヤツなんだ……!
恥ずかしい。ホント恥ずかしすぎて死ねる。ああ、なんであのときタオルを押さえてなかったんだわたし。押さえながらカイのとこに行けば、あんな醜態晒さなかったのに!
Bカップのさみしい胸に目をやる。見せるにはあまりにも貧相な身体。いや、ボンキュッボンでも見せたいわけじゃないけどさ。胸もね〜、カタチはいいんですよ? なんちゃって。
しかし、いつまでもカイを避け続けても仕方ないのは事実。翌日まで引っ張ることじゃない。気恥ずかしいけど、あれは事故として処理せねば。
カイと会話をするためにも、わたしはかねてから心のうちにあった疑問をぶつけてみることにした。第一、昼間のことを思えば、そろそろそこから目をそらし続けるのは限界だった。
「カ、カイ……」
「お、おう」
意を決してカイに近づくも、お互い距離感を測りかねてどもる始末。もー、このぎこちない雰囲気イヤ! 誰だ作ったの! わたしだよ! あとカイ、あなたですよ!
「あの、あー、その、聞いてほしいこと、ある」
「……なにをだ?」
カイの目が、焚き火の灯りを受けてさらに金色に染まる。綺麗なその色を見据えつつ、わたしは口火を切るために息を吸った。頑張れ、わたし!
「カイ、なんでわたしを助けてくれた? パルティア、はじめて現れたとき。あと、“時空の迷い人”わかったあとも。家、狙ってるって知ってたら、別れた方が安全」
胸の内の苦いものを出し切ったわたしは、少しホッとして息を吐いた。よし、訊ききった! よくやったわたし!
うん、正直気になってたんだよ。偽名を使ってるってことは、カイは実家から遠ざかりたいんじゃないかって。なんか嫌ってるっぽかったし。なのにその実家が狙ってるわたしとずっと一緒にいるのはどうしてかなって。
実際狙われたときも、覆面男たちはわたしを攫おうとしてカイと戦闘になった。……わたしは言葉もおぼつかないし、生計を立てるあてもない。ただでさえ足手まといなのに、さらに足を引っ張るのは、さすがに図々しすぎた。わたしと一緒にいなければ、カイは実家と関わらなくてすむし--なにより人と斬り交えなくてもすむ。
気にかかりつつも、今まで訊かなかったのは、やっぱり怖かったからだ。
言葉もわからないわたしは、帰るためにはカイにすがりつくしかなかった。迷惑かけてるとわかりつつも、カイに助けてもらわなければ生きるのも危うい。でも。
--そのためにカイが人を斬るのは、ダメだ。そこまで負担をかけるのはやりすぎだ。
はじめて野盗に襲われたとき、カイはためらわず相手を斬り捨てた。産まれてはじめて死体を見て怯えるわたしに、旅をしていればこういうこともあるし、相手もわかっていてかかってくると教えてくれた。カイ一人でもたまにあることだと。
そのときも、思ったんだ。旅をしてなかったら遭わないんじゃない?と。でも、離れるのが怖くて見ないフリをした。置いてかれるのがイヤで、わたしはカイが人を手にかけることを是としてしまった。
ここ数ヶ月一緒に旅をしていてわかっていた。カイは優しい。あったかい空気を持った、情に篤い人だ。たまたま拾ったわたしを気にかけてくれて、無償でなにくれともなく面倒を見てくれている。わたしが落ち込めば頭をなでてくれるし、言葉の練習にも丁寧に付き合ってくれる。帰る方法を探して、一緒に旅までしてくれている。恩人と言っていい人だ。
でもさ、そんな恩人に、わたしがいなければしなくてよかった殺人まで犯させて、それでいいの? よくないでしょ。
「今までごめん。もう、見ないできない。カイに悪い。人、殺させたくない」
「……ナギ」
「イヤだったよね。ごめん。家、避けたいよね。血、避けたいよね。わたしいなかったら、平気。カイ大丈夫」
ダメだ、怖い。勇気を出して訊いたものの、怖くてカイの顔が見れない。
でも、頑張れ、わたしのなけなしの勇気。帰りたいがために、カイを犠牲にしちゃダメだ。これはわたしの問題なんだから。
「言葉、だいぶ覚えた。街の人、わたしイセルルートの人間思う。最後、どこか図書館ある街で仕事教えて。わたし、働いて自分で調べる。あ、ホースクル以外でお願い」
図々しついでに、仕事の斡旋の手伝いまでお願いしてみた。さすがに一人で探すのは厳しいし。
うん、これから仕事を見つけて、働いて生活をしつつ、図書館で帰る方法を探そう。
ホースクルのあのもっさり陰険眼鏡司書とは会いたくないので--だって絶対カイの実家に知らせたの、あのもっさりだもの!--できたら他の街……欲を言えばニーニヤとかがいいです。図書館が近場にあればだけど。
わたしの決意表明を聞いて、カイは黙り込んだ。しばし沈黙がわたしたちの間に落ちる。膝を見つめながら、わたしはカイの答えを待った。