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【挿話】騒乱の種

「ナギ、行くぞ」


 食事を終え、ナギを連れてギルドへ向かう。目的は魔法が使えるかどうかの判別だ。

 魔法が使えれば、ナギは“時空の迷い人”の膨大な魔力があるだけに、他の魔法使いは手を出せなくなる。もしここで生きるにしても、比較的自分で人生の選択ができるだろう。過去の迷い人が残した資料を見に行くことだってできるかもしれない。


 問題は魔法が使えなかったときだ。“時空の迷い人”であることを隠して生きるためには、それを本人が理解しないといけない。今の言葉が不自由なままでは、いつなんどき他者にその秘密がバレるかわからない。バレたらその身が危ない。魔法使いはどんな手を使ってナギの身を手に入れるかわからないからだ。

 ナギは見た目は幼くとも、結婚が可能な妙齢の女性だ。“彼女”のように監禁されて無理やり婚姻を結ばされる可能性は高い。そして一生その一族の者に蹂躙され続けるのだ。それだけは避けたい。


「ナギ、魔法を使ってみよう」

「魔法?」


 俺の提案に、ナギは首を傾げた。彼女は耳がいい。それに加えて記憶力もいいので、初歩魔法の短い呪文なら、すぐ覚えて口にできるだろう。


「これが使えるか使えないかで、これからの行動が変わる。使えるといいんだが……。俺は魔力がほぼないから魔法は使えないが、使い方を教えることはできると思う」


 幼い頃、さんざん練習させられた手法を思い出して俺は言う。


 俺はあの一族の中でも特殊だった。“彼女”の恩恵が中途半端な形で現れた子ども。魔力が極端に少ないが、ないわけではない。初歩魔法の、さらに使えないくらいの弱さのものなら撃てるけれども、それ以上はできない。魔法の適性はあるのに魔力がないために魔法使いにはなれないという残酷な結果に、幼い俺は打ちのめされたものだ。


 俺はナギの手を取った。魔力が感知できる俺は、魔法使いにはなれなかったものの、家を飛び出すまで一族の子の鍛錬に駆り出され、魔力を引き出す手伝いをさせられた。それができるとわかってからは、忙しい一族の魔法使いの手を煩わせないために--なにせ魔法使いは貴重なのだ--さんざんやらされたものだ。


「初歩魔法だ。魔力の誘導くらいはできると思うから、俺と同じ言葉を言え。わかるか?」


 つないだ手から誘い水のように魔力を流し、それでナギの魔力を引っ張り出すと、途端に奔流のように魔力が溢れ出した。


「《光あれ》」

「《光あれ》」


 俺とナギがそう唱えた瞬間、光とともに魔力が弾けた。


「どういう……ことだ⁉︎」


 愕然とした。どういうことだ、これは!

 信じられない気分で、俺は自分の掌と目の前に具現化した光球を見比べた。本来なら光球は弱い光のものがひとつ浮かぶだけだった。だが、目の前には明るい光を放つ光球が五つある。

 背中を冷たい汗が伝う。普通なら俺の魔力はナギの中に飲み込まれるだけだった。しかし、今の感触は……。


 鳥肌が立った。なにかの間違いであってほしかった。


「ナギ……さっきの呪文を一人で言ってみろ」


 俺の言葉に、聡いナギはすぐ反応した。


「《光あれ》」


 高い声が歌うように響く。

 --しかし、ナギの魔力は持ち主の声に反応はしなかった。

 呪文を唱えてもなにも起こらないのを見たナギは、困ったような顔をして俺を見た。


「ナギ、手を貸せ」


 俺は再びナギの手をつかむと、祈るようにその言葉を口にする。頼む、なにかの間違いであってくれ……!


「《光あれ》」


 閃光が奔った。目の前に具現化した光球の数が増える。おびただしいそれは、部屋を光で満たした。


「……《疾く戻れ》」


 ナギの手をつかんだままそう小さく唱えると、光球は一気に霧散した。部屋が薄暗くなる。揺れるろうそくの灯りを見つめながら、俺は声を絞り出した。


「……ナギ」

「《光あれ》」


 名を呼ばれ、気を回したのか再度ナギが呪文を唱える。


 --結果は、同じだった。光球はやはり現れなかったのだ。


 残酷なその光景に、俺は歯を食いしばった。なんてことだ……なんてことだ!

 --本人には使えず、他者にのみ使える膨大な魔力。

 そんなものを持っていると知れたら、どんな目に遭わされるか!

 魔法が使えず、魔法使いにその血脈を利用されるよりさらに酷い道があるとは思っていなかった。過去にそんな迷い人はいなかった。魔法使いとなるか、魔法使いを産み出すか。そのどちらかでしかなかった“時空の迷い人”たち。まさか魔法使いの糧となりつつ魔法使いを産む迷い人がいるなんて。


「ナギ!」


 どうしたらいい? どうしたらナギを守れる?


「今後、魔法使いの側には近寄るな。いいな、魔法を使ってるヤツの側には寄るんじゃない! 自分の身が可愛いなら、その魔力をだれにも知られるんじゃないぞ!」


 ああ、こんなに長い言葉をまくしたててもナギはわからない。頭の片隅の冷静な俺が囁く。


「頼む、約束してくれ。魔法使いにその魔力のことは知られるな」


 違う、知られてはいけないのは魔法使いだけではない。すべての人たちだ。

 無邪気な様子で俺を見上げるナギに、そう悟る。自分の価値がわからないナギは、誰も彼もに力を分け与えかねない。少しでも力を希うものに、その力はあまりにも魅力的すぎる。


 --その力を知られたら最後、おまえを狙うのは魔法使いとその一族だけではない。国、魔導師団、傭兵……果ては一般市民まで。その魔力を自分のものとして使えるならば、誰もかれもが彼女を利用しようと躍起になるだろう。

 彼女を手にしたものは、彼女を常に傍に置いて力を吸い出し、かつ新しく魔法使いを産ませるために延々と孕ませ続けるに違いない。かつての“彼女”のように閉じ込められはすまいが、常に血腥い戦場に置かれることは想像に難くない。

 ナギを狙って世界が動き、ナギを手に入れたものが世界を制する。


 秘すべき騒乱の種が、そこに在った。


 --ニーニヤ《ここ》には長くいてはいけない。

 俺は覚悟を決めた。ニーニヤは王都までは

 いかないが、比較的大きく栄えた街だ。身を隠すには適していない。元からそう長居するつもりはなかったが、こうなったらできるだけ人目につかないよう、人里離れたほうがよさそうだ。

 ギルマスにどう話そうか思案しつつ、俺はナギの手を引いた。


「ナギ、旅に出るぞ」

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