なりきれ、異世界人!
食事を終え、地図でこの世界の説明を受けていたら、扉が控え目にノックされた。続いてメルルさんの声がする。
「お湯の支度ができたよ。服なんかの用意もしたから、早くおいで」
「すまんな、姐さん! ナギ、部屋に戻ろう。メルルが湯を用意してくれた」
カイが扉を開けると、布を持ったメルルさんがいた。
「娘のお古で悪いんだけどね、平気かい? 下着なんかは買っておいたから、宿代に上乗せしとくよ」
「すまん姐さん。助かるよ。女物にはてんで疎くてな」
「アンタに任しといたらナギちゃんが可哀想だよ。ここはあたしに任しときな。おいでナギちゃん、いろいろ教えたげるよ。イセルルートの国はだいぶこっちと違うって聞くしね、着方なんかわかんないだろ?」
メルルさんは服を広げて見せてくれた。薄藍のリネンのワンピースは、裾に花の刺繍があって可愛らしい。
「姐さんの趣味爆発な服だな」
「うっさいよ朴念仁。女の子は可愛いものが似合うんだよ。靴はどうしようね? 変わった靴を履いてるけど、そのままでいいかい?」
「出来たら靴も頼む」
カイとメルルさんの間で話がまとまっていく。片がついたのか、メルルさんがわたしの手を引いた。
連れて行かれたのは隣のわたしの部屋だった。真ん中に木のついたてとタライが置いてある。タライにはお湯が張ってあり、えっとこれは……お風呂代わり、なのかな? メルルさんを見ると、笑って頷いてくれた。
「これで身体を拭いて。で、終わったら下着を着て、服を着る。あたしはついたての裏にいるから、わからなかったら呼んどくれ」
身振り手振りで身支度の方法を教えてくれると、メルルさんはついたての裏に隠れてしまった。気兼ねなくわたしが支度できるように気を遣ってくれたのだろう。気遣いをありがたく頂戴して、わたしはカーディガンの袖に手をかけた。
お湯を使い、借りた服に手を通す。枚数と、メルルさんの服装から考えて、どうもリネンのシャツの上にフレンチスリーブのワンピースを重ねて着るようだった。生成のシャツに薄藍のワンピースの組み合わせは爽やかだ。スカートなんて久しぶりすぎてなんだか気恥ずかしい。しかも下着は短いドロワーズ……つまりはバルーンパンツだ。
[こういうのはアヤちゃんあたりに着てほしいんだけどなぁ……]
ウエストを幅広のリボンで締めながら、十人中十人が美少女だと認める幼なじみを思い出して、わたしはボヤいた。たっぷりした裾は動くとひらひらしているが、まだフリルがひらひらしてないだけよかったと思おう。
「おや、似合うじゃないか! 可愛いよ!」
メルルさんは笑顔で言った。褒めてくれているようだ。馬子にも衣装というか、服のマジックのせいかな。浮いてないようで内心ホッとする。
「未婚の娘はね、帯はこっち側でこう結ぶんだ」
メルルさんにリボンの位置を直される。メルルさんはリボンの端を中に入れ込んでるのに、わたしは左腰のあたりにリボン結びをしなければいけないらしい。
「髪はこのままで。結婚したら結い上げるけど、娘時代は下ろしとくんだよ。あとで靴を用意してあげるからね。ほら、これでどこからどう見てもパルティアの娘だ」
さらりと髪をひとなでされて解放された。
それにしても普段と違う格好というのは落ち着かない。そわそわして、意味もなくスカートの裾をいじくる。こちらの服を着るのはなんだかコスプレしているようだった。
「カイ、できたよ!」
メルルさんが大声で呼ぶと、隣室からカイがのっそり現れた。
「おお、パルティア人っぽくなったな」
「パルティア人、なったな」
パルティアなんとかって言ってるから、パルティア風になったとかそんな感じかな。ここはパルティアっていう国らしいから、これは民族衣装か流行りの服かどっちかだろうか。
「ありがとな、姐さん。恩にきる」
「メルルさん、ありがとな、姐さん。恩にきる」
「ナギ、ありがとう、だ」
「ありがとう!」
カイの真似をしてお礼を言うと、微妙に言い回しが違ったらしく訂正が入った。よし、“ありがとう”を覚えたぞ! 推測だけど。
「あはは、どういたしまして! ナギちゃん、頑張るねぇ!」
メルルさんはニコニコ笑ってくれた。わたしも笑い返す。意思が(多少なりとも)通じるって素敵!
そうして、わたしの異世界の第一日目は過ぎていった。
 




