【挿話】時空の迷い人
最初は十二、三の少女だと思っていた。まさか成人している女性とは思ってもみなかったので、知らされたときは少々たじろいだのは事実だ。
傭兵稼業をしていると、どうしても接するのは男ばかりになってしまうので、俺は正直距離感を測りかねていた。
ナギは見た目は小柄な少女だ。ちょっと力を込めれば折れてしまうような身体は、近寄るのをためらわせる。
が、しかし。その実、内面は結構タフだ。泣き出されたときはどうしようかと焦ったが、彼女の切り替えは早かった。ひとしきり泣くと、彼女は自己紹介をし、言葉を覚えようと努力しはじめた。懸命に耳をそばだて、聞き取れた言葉を口にし、自分のものにしていく。
彼女が“時空の迷い人”と知ったときには驚いた。
“時空の迷い人”は、時折この世界に現れる異世界人だ。特徴として、魔力が飛び抜けて高い。
迷い人は、自分でその魔力を操れるものもいたし、単に保有するだけで宝の持ち腐れとなってしまったものもいた。現れた迷い人はそのほとんどが後者で、彼もしくは彼女たちはすべて魔法使いが伴侶として迎えて、その魔力を子孫に託した。魔法使いとなれる人間は稀だが、迷い人の血が混じると高い魔力を持つ子どもが産まれやすくなるからだ。
ナギもやはり魔力がおそろしいほど高かった。
彼女は、前者か、後者か。どちらにせよ、その存在が知られれば、世界中の魔法使いたちが血眼になって手に入れようとするだろう。
俺は昔読んだある婦人の日記を思い出す。彼女は悲しんでいた。人扱いされないその存在に。子どもを産むだけの存在となった自らのことを、嘆き悲しんでいた。
彼女は俺の先祖で、彼女は--“時空の迷い人”だった。
彼女のおかげで俺の一族は魔法使いを数名輩出し、名を広めた。俺の特殊能力も、彼女がもたらした恩恵だ。
彼女以外は幸せだった。彼女だけが不幸だった。
もしナギが魔力を自分で操れなければ、“彼女”と同じ道をたどるのか。
ナギを不幸にはさせたくない。“彼女”の嘆きの声は悲痛だった。あんな風に嘆く人間を増やしたくない。会ってまだ数刻だが、ナギがあんな風に扱われると思うと怖気が起きる。
自分の先祖が犯した過ちをどうにかすることはできないが、新たな被害者を出すことは食い止めよう。それが俺にできる、“彼女”へのせめてもの手向けだった。
“黒猫亭”について夕食を摂る。ナギは異世界の食料を持っていた。少し分けてもらったが、意外とうまい。特に肉と卵。甘い卵など初めて食べた。
俺が口にするのを見て、ナギもその食料に手を伸ばした。一口食べて俯いてしまう。
[帰りたい、な]
むこうの言葉で小さく呟く。むこうの言葉はわからないが、このときは彼女の言いたいことがわかった。故郷の食べ物を口にして郷愁の念が湧いたのだろう。
「帰りたいよな」
どう慰めていいのかわからず、ナギの小さな頭に手を乗せる。最初のとき以来、彼女は泣かない。
「俺も帰る方法探してやるから。安心しろ。“時空の迷い人”は他人じゃねえ。……無理にこの世界に縛り付けたりしないから、泣くな」
俺がそう言うと、ナギは笑った。ぎこちない笑みだった。
“時空の迷い人”への扱いは間違ってる。力を振るえれば兵器として扱い、使えなければ力の苗床として利用する。そんなの人間にやる所業ではない。
俺は無理やり浮かべたナギの笑顔を見て誓った。力の限り彼女を守ろう。そしていつか、元の世界へ返すのだ。
“彼女”が帰りたがっていたあちらの世界に。




