異文化コミニュケーション!
シチューはおいしかった。ちょっと野性的というか、なんか普段食べてたシチューとは味が違ったけど、でもおいしかった。たくさん野菜が入っていて、じっくり煮込んだ味。
一方パンはめちゃくちゃ固かった。カイがシチューにつけて食べていたので、わたしも真似て、ちぎったものをシチューにつける。そうするとちょうどいい加減になったので、そういう食べ方をするパンなのかもしれない。
「シチュー」
「うまいか?」
「うまいか」
味についてかな? カイがなにか言った。短いセンテンスなので丸呑みしてしまう。違ったら訂正されるだろう。
「……おいしい?」
「おいしい!」
案の定、なにか違ったようでカイは言い直していた。小さい子が大人と話すときってこんな気分なのかな。その単語がなにを表すかわからず、経験で飲み込んで習得していくのは、ちょっとスリリングだ。意味違ってても調べられないし。
「カイ、シチュー、おいしい!」
「よかったな。これはタイス……メルルの旦那なんだけど、タイスの自慢の品なんだ。うまいだろ」
からっぽのお腹に、あったかいシチューはおいしかった。ここの季節はわからないけれど、元の世界の季節--五月の終わりだった--とあまり変わらない気もする。とにかく暑くも寒くもない季節なので、あったかいものも美味しく食べれる。
シチューを何口か食べたところで、お弁当に箸をのばす。最初箸を見たカイはすごく不思議そうにしていたが、操ってみせるとカトラリーの一種だとわかってくれたらしく頷いていた。
「カイ、これ、食べよう?」
「いいのか?」
特に傷んでいる様子もなかったので、興味津々で覗き込んでいるカイに勧めてみる。シチューのボウルみたいなお皿しか手元にないので、お弁当箱の蓋をお皿代わりにして、入っていたオカズとご飯を少し分ける。
[和食だけど大丈夫かなぁ。わたしが作ったやつだし、こっちとは食材も味付けも違うからおいしいかどうかわかんないけど……よかったらどうぞ]
「おう。……異世界の食べ物か。初めて見るな」
[えっとね、これがわかめご飯。これはレンコンのはさみ焼き、これが唐揚げ。これが卵焼き。甘いやつね。で、これはほうれん草のおひたし。なんかクセのあるオカズばっかでごめんね]
元からそう量は多くないので、どれも一口二口だ。そんな少量でも、カイは物珍しそうにまず唐揚げをスプーンですくって口に運んだ。
「うまいな、この肉。ナギ、これおいしい」
「おいしい!」
よかった〜。どうやら口にあったようだ。
わたしもお弁当を食べる。いつもの味がなんか切なかった。これが現実だとしたら、この味も食べ納めかな? 似たような食材と調味料ってあるんだろうか。
[帰りたい、な]
気がついたらポツンとそうこぼしていた。帰りたい。今切実にそう思った。
「帰りたいよな」
うつむいていたわたしの頭に、ぽんと大きな掌が乗せられた。
「俺も帰る方法探してやるから。安心しろ。“時空の迷い人”は他人じゃねえ。……無理にこの世界に縛り付けたりしないから、泣くな」
カイの低い声は、あったかいシチューより身体に沁みた。