ごはんですよ!
宿屋でオーナーらしきメルルさんと話してるというシチュエーションからして、カイはここで泊まる気なのかな。
--えっと、わたしはどうしたらいいんだろう? 一緒に泊まるの? まさかここでバイバイとか⁇
さすがに後者は勘弁してほしいところだった。しかしながらこちらがついて行きたいと思っても、宿泊はお金がかかる。異世界では無一文なわたしに選択肢はない。
そう、今思ったけど、わたしは無一文だった。日本のお金は使えないし。言葉も通じないし、お金もない。お弁当とお菓子はあるけど、そんなのすぐ尽きるし。これはヤバイね、カイに見捨てられたら詰むわ……。
「まず部屋に案内するよ。ナギちゃん不安そうだし。言葉が通じないなら泊まるとこ心配してるかもだろう? おいで、ナギちゃん」
カウンターから出てきたメルルさんは、わたしの手を取ると階段の方へと誘った。引かれるままについて行くと、二階へ案内された。やっぱりここはホテルで間違いなさそうだ。
「アンタの部屋はここ。隣がカイだよ」
[ここに入るの? カイは隣? わたしここのお金持ってないので、皿洗いでもなんでもやります!]
メルルさんは扉を開けてそれぞれ指差して教えてくれた。なんて親切なんだ。
住み込みにしろ、宿泊にしろ、どうにか今夜の宿は確保できそうだ。よしよし。あとでお金を請求されたら労力で返させてもらおう。
泊まるところが決まってホッとしたのか、お腹がくぅ、と鳴った。恥ずかしい。
「お腹空いたよね。ほらカイ、連れてってやんなよ」
「ナギ、夕飯食いに行くぞ」
あ、さっきの「行くぞ」が出てきた! この流れならごはんか、もしくは仕事場だな。
しかしわたしとしては手持ちのお弁当が気にかかった。食べないと傷んじゃうし。
[あの、わたしお弁当持ってるんだけど……]
異世界のものを軽々しく人目に触れさせていいのか判断できず、わたしはカバンを開けてカイにお弁当箱を見せた。外を見てもわからなさそうだったので、包んであったナフキンを解き、蓋を少しずらしてみせる。
「食べ物持ってたのか。んー、姐さん、悪いが食事は部屋に持ってきてもらえないか? ちょっとナギに地図なんか見せたいし、食堂だと他の客に迷惑だろ。タイスのおっさんに怒られそうだ」
「あいよ。黒猫亭自慢のシチュー、食べとくれよ、ナギちゃん!」
メルルさんはカイになにか言われて階段を降りていった。なにかわたしに言った様子だったが、なんだろう?
「えっと、とりあえず部屋に行くか。あ、安心しろよ、飯食うだけだ」
「食うだけ」
「……食べるだけ」
「食べるだけ」
カイと意思疎通に励んでいると、メルルさんが大きなお盆に木の器と丸パン、木のゴブレットと黒い瓶を持ってやってきた。あ、さっきのはこのやりとりだったのか。
「野兎のシチューだよ。熱いから気をつけな」
「シチュー、熱いから気をつけな」
「シチュー。これだね。うちの自慢の一品さ。熱い、わかる?」
あ、シチューね! なるほど。
「シチュー、熱い」
「偉いね、言葉を覚えようとしてるのかい。あとで手が空いたらあたしも教えたげるよ」
あ、なんか褒められたっぽい?
ニヤつくわたしに素敵な笑顔を残して、メルルさんは去って行った。
メルルさんを見送ると、カイは手にしたお盆を、部屋にあったテーブルに乗せた。わたしも追随してお弁当箱を乗せる。
「食べるだけ、これ」
「これを食べよう」
「これ、食べよう」
そうして、異世界における初めての夕食は、シチューとカンパーニュみたいなパン、そしてわたしのお弁当という異文化コミニュケーション的なメニューとなったのだった。




