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ラスボスに喧嘩を売る!

「さあ、帰るぞ」


 オードリアスさん家族のお部屋を出ると、カイが軽く伸びをした。晴れ晴れとした表情には申し訳ないけど、わたしにはもう一つやることがある。


「あのね、それなんだけど」


 やっぱり帰る前に一言言いたい気持ちが抑えきれなかったわたしは、ダメ元でカイに提案をした。


「帰る前にカイのお父さんに会いたい」

「ダメだ」


 見事なまでの断言! いや、ちょっとは迷うとかないんでしょうか。

 とはいえ、わたしもここで折れるわけにはいかない。今後の生活を心置きなくするためにも、ちょっかいかけてきそうな人には釘を刺しておきたいのだ。


「言いたいことがあるの。カイが会いたくないなら一人でも」

「一人はダメだ」

「ですよね。なので二人で」


 話の間に間髪入れず却下が入るけど、どうにか言い募る。


「ちゃんと終わりにしたい。ここで生きていくためにも」


 いつまでも守られてばかりじゃダメだ。

 わたしはこの世界で生きていくんだ。自分のできることは自分でしたいし、これから築き上げる家庭を守りたいのは、なにもカイだけじゃないのだ。わたしはカイのご先祖様みたいな目には遭いたくないし、それを許容する気もない。それは伝えなくては。


「わたしはカイの……んー、なんていうの? おばあさんのおばあさんのおばあさん」

「先祖か?」

「そう、それ! 先祖の迷い人みたいな扱いを受け入れる気はないの。わたしの旦那様はカイだけだって言いたい。だからどうしても会いたいの」


 数ヶ月経っても子どもができないから他の人をあてがわれるとか、人間の所業じゃないよ。そんなのは断じて受け入れられないって伝えておかないと。だいたい産むのはわたしだ。強制される謂れはない。


「もう逃げるの嫌」


 まっすぐカイの目を見据えると、ため息とともにカイが折れた。


 ※ ※ ※ ※ ※


 執事さん(すごいよね、生執事だよ生執事!)を介して面会を要請すると、意外にすぐOKが出た。こんなに簡単に会えると思っていなかったので、少しびっくりだ。

 貴族の当主に会うにあたって普段着はマズいんじゃないかと思ったけれど、カイが会ったらすぐ帰る!と意気込んでいるので、着替えずにそのまま部屋に向かう。なんだか朝からお屋敷の中をぐるぐる歩いてばかりいる気がする。


「中でお待ちです」


 部屋まで案内してくれた執事さんは、重厚な扉に手をかけると一礼する。

 ロイユーグさんやオードリアスさんたちに会ったときは案内なんてなくカイと二人で訪ねたのに、さすがに当主に会うとなると案内がついた。それともこの執事さんはお父さん専用なのかな? 執事さんと触れ合う生活を送っていないので、そこらへんよくわからない。


 部屋に入ると、中は予想外にシックな感じに整えられていた。ラスボスの住まいはもっと派手かと思ってたのに、なんだか拍子抜けだ。


「……久しいな」


 そこにいたのは痩身の老人だった。後ろに撫で付けた髪は白く、茶色味の強い琥珀の瞳は意外にも穏やかだ。

 どことなくカイに似た面立ちのその人は、わたしたちの姿を認めると、かけていたソファからすっと立ち上がった。


「その娘が、迷い人か」


 す、と琥珀の瞳に鋭い光が射す。さすがにラスボス。眼光だけで多大なる威圧感が。

 わたしは、わたしを背に守ろうとするカイを手で制した。そのまま一歩前に出て、ラスボスと対峙する。

 だってこれはわたしの戦いだ。守っていてもらうだけじゃ勝てない。


「ナギと申します。会うのは初めまして。ですが、今まで色々としていただいたようで」

「ほう、存外に気の強い娘よの」


 負けるもんかと睨み返すと、愉しげに目を細められた。


「あなたに、会いたかったんです」


 負けない。貴族とかそんなのは知ったことじゃない。“時空の迷い人”の恩恵が欲しいこの人は、なによりもわたしが欲しいはずだ。

 わたしは一瞬だけカイを見る。負けない。カイがいてくれる未来のためにも。


「言いたいことが、たくさんあるんです。聞いてもらえますか?」

「よかろう」


 人を従わせ慣れた声が、わたしの提案を受け入れた。わたしはかすかに震える両手を握りあわせると、背筋を伸ばした。


「わたしは、カイと結婚します。認めてもらえますね?」


 返事はなかったが、気にせず続ける。


「あなたがわたしを必要としているのは、魔法使いを産ませたいから。相手はディルスクェアの人ならいいと思っているのかもしれませんが、わたしはカイ以外の人の子どもを産むつもりはありません」

「……できなかったらどうする」

「しりませんよ、そんなこと。産むのはわたしです。誰の指図も受けない。無理に産まそうとするなら、死んでも抵抗させていただきます。そうしたら、迷い人の恩恵を受けた子どもは産まれない。わかりますよね?」


 緊張で喉が渇く。カラカラになった口を動かして、必死に言葉を紡ぐ。


「一族の誰の手も出してこないようにしてください。わたしたちをそっとしておいて。ストレスは妊娠の敵ですよ。ちょっかいを出すようなら、子どもができても会わせません」


 できてもいない我が子を盾にするのは憚られるけれども、この場合許して欲しい。


「わたしはわたしを駒として見るあなたには会いたくないです。迷い人は人間です。あなたと同じ。そして、先祖の迷い人とわたしは、違う人間です。あなたたちの意のままに動く気はまったくないです。この命をかけても、抵抗させてもらいます」

「ナギ」


 命をかけてという部分で、カイがなにかを言いかけたけれど、それを振り切って話を続ける。


「あなたは、魔法使いを産んで欲しい。わたしは、カイと添い遂げたい。あなたのお願いを聞いて欲しいなら、わたしのお願いも聞いてください」


 ありったけの語彙を掻き集めて話したけれど、伝わったかな?

 若干不安になりながら、わたしはラスボスを見た。


「--面白い、な」


 しばらくの間、黙ってわたしを眺めていたラスボスは、不意に沈黙を破って笑った。


「カイアザール、おまえが見つけた迷い人は面白き娘よの。このわしに向かって、いっぱしの口をききよる」

「父上」

「よかろう、迷い人の娘よ。おまえが我が願いを叶えるなら、わしもおまえの願いを聞き入れようぞ」


 笑いながらラスボスは鷹揚に頷いてみせた。


「子どもは、手元で育てますよ。渡しません」

「ディルスクェアから魔法使いが出るのが大事だ。恥ずかしくない教養を身につけさせるなら許そう」

「なら、おじいちゃんとして会いに来てください。それならいつでも大歓迎です」


 そう言うと、忍び笑っていたラスボスが、弾けるようにカラカラと笑い出した。


「おじいちゃんか。このわしを捕まえてそんなことを言うのはおまえくらいだろう。愉快な娘よ。それなら今しばらくおまえに時間をやろう。その間に我が願いを叶えてみせよ。期待しておるぞ、カイアザール」

「……ナギは渡しませんよ」

「おまえは変わらんな。本気で気に入ったものにはとことん執着する気質は昔のままだ」


 威嚇するカイの姿に笑いを引っ込めたラスボスは、当初の厳しい顔を緩め、柔和な笑みを浮かべてカイを見た。なんだかんだ言ってお父さんなんだろうな、この人も。陰険眼鏡とそのお母さんへの仕打ちを思うと腹立たしいけど。

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