お兄さん家族によろしく!
ロイユーグさんと別れると、今度はお兄さん夫婦のところへ挨拶へ行く。てか、奥さん産後直後なのにいいのかな。
「カイ、お義姉さん赤ちゃん産んだばかりなのにお邪魔するの悪いよ」
「そうか? まぁ、顔だけ出してすぐ出るか」
あくまでもお父さんには会わないつもりですか。
結婚するなら挨拶した方がいいのか。でもわたしを追い回して、陰険眼鏡を追い詰めた張本人だと思うと、会うのは微妙な気持ちもあるし……どうするべきかなぁ。
悩んでいると、お兄さん夫婦がいるという部屋に着いた。今度はノックに対して応答があってから入ったところを見ると、さっきの態度は相手がロイユーグさんだからなのかな。
「カイアザール」
さらさらの金髪に瑠璃色の瞳をした男性と、以前カイといるところを見た栗色の髪の女性、そして女性によく似た面立ちの、小さな男の子がわたしたちを出迎えてくれた。
「やあ、そちらが我が義妹殿だね。もう身体はいいのかい?」
カイのお兄さんはニコニコしながら近づいて来た。
「はい、ナギと申します。今回はお世話になりました。すみません、お時間を取っていただいて」
「いや、なんでも私がアルディスの付き添いを頼んだせいで揉めたんだってね。申し訳ない」
カイ、なんてこと吹き込んでるの!
貸し云々をまさか当人に告げているとは思わず、わたしは横目でカイを睨んだ。だが、咎め立ててもカイはどこ吹く風だ。
「ごめんなさいね、わたくしが悪かったですわ。やはり自分で行くのではなく、品物を持ってきてもらえばよかったですわね」
「だから言ったろう、アルディス。本当にあのときのカイアザールの剣幕ときたら、相当のものだったんだからね。私は敵ではないというのに」
もしや、あの凶相ですごんだの、カイ……。
くつくつと喉を鳴らしながらお兄さんは可笑しそうに笑うと、改めて挨拶をしてくれた。
「はじめまして、ナギさん。私はオードリアス・ディルスクェア。カイアザールの異母兄だ。こちらが妻のアルディスと、息子のシザーディアス。シザー、ご挨拶なさい」
「はじめまして、ナギ。シザーディアス・ディルスクェア、七さいです」
栗色の髪と瑠璃色の瞳をした少年は、七歳ながらほぼわたしと同じくらいの背丈だった。お母さんのアルディスさんもすらっとしてるし、異世界の人たちって皆おっきいんだね……。
「ナギはおじさんとけっこんするの? ぼくのほうがとしがちかいよね?」
ぱっちりとした目を興味深そうにこちらへ向けながら近づいてくると、シザーディアスくんはわたしの頬にキスをした。おませさんですね!
「ぼくにしない? って、イタタタタ! おじさん! いたい!」
「人の嫁にコナかけるたぁ、いい性格してんなぁ? 兄上、教育的指導は許されますよね?」
真顔でアイアンクローをシザーディアスくんにかましたカイは、オードリアスさんをギロリと睨めつけた。待って、子どもになにしてんの!
「カイ、子どもいじめちゃダメ! シザーディアスくん、わたしは子どもじゃないよ? こう見えて二十歳なんです。それに、結婚相手はもう決めてるからごめんね?」
慌ててカイの腕を取ると、不承不承だけど手を離してくれた。子どもと張り合わないでください。いい大人なんだから。
「シザー、おじさんが家に戻ってきてくれたのはこの人のおかげなんだから、無茶を言わないよ? ナギさん、弟をお願いします」
「あっ、はい、こちらこそよろしくお願いします」
そういえばカイはずっとこの家に戻らなかったのに、どうしてここにいたんだろう。あとで訊いてみよう。
オードリアスさんとお互いに頭を下げあっていたら、奥さんが窓際のゆりかごからレースの産着に包まれた赤ちゃんを連れて来てくれた。
「こちらが先日産まれた娘のルルーシェですわ。ルル、カイおじさんと、おじさんの奥さんのナギさんよ」
いえ、まだ奥さんじゃないんですけどね。
どうもこのお屋敷の中のわたしの立ち位置は、カイの婚約者ではなく奥さん扱いのようだった。カイ、どんな紹介をしたの……。
産まれたばかりの赤ちゃんは、顔も手もとてもちっちゃくて、甘いミルクの匂いがした。爪なんかミニチュアみたいなの。顔も赤くて、“赤ちゃん”って赤いから赤ちゃんなのか!と、妙に納得したり。
ぱっちりした二重の目はお母さん譲りかな。睫毛長っ!
「可愛い……」
ちっちゃなお口をむにむにする様が可愛くて、夢中になって眺めていたら、アルディスさんがうふふっと笑った。
「ナギさんもすぐですわ。楽しみですね! 相談事があれば、わたくしを姉と思って、いつでも話してくださいね!」
「あ、はい……よろしくお願いします」
そっか、結婚したらお母さんになる可能性が高くなるんだよね。まだそんなこと想像もしてなかったけど、カイとの赤ちゃんか……どんな風なんだろう。う、ヤバイ想像したら照れる!
「あら、赤くなりましたわ。か〜わいぃ〜!」
「それくらいにしておいてくれ。じゃあ、俺たちは帰るから。兄上。息災で」
「もう戻るのか? ルルーシェのお披露目までいるかと思ったんだが」
「貴族の面倒くさい付き合いは苦手なんだよ。もう二十年も遠ざかってたんだ、今更顔出すのも面倒だ。ナギが帰ってきた今、例の書物はもう不要だし、ここには用はない」
真っ赤になったわたしを見かねたのか、カイが助け舟を出してくれた。
「ナギ、おじさんにあきたら、いつでもぼくんとこおいでね!」
「永遠にそんな日はこねぇよ」
カイとシザーディアスくんが同レベルの戦いを始めたのをきっかけに、わたしたちはお暇することにした。
それにしても赤ちゃん、可愛かったなあ。




