早く帰りたいのに!
こちらへ戻ってきて丸二日が経った。明日で三日目。つまり、明日戻ったとしても、むこうではすでに 十ヶ月が経っているはずだ。
とはいうものの、それも推測でしかない。多分十ヶ月。時間によっては一年、もしくはそれ以上か。
明日は皆で写真を撮る。出来上がりはたしか一週間とか十日とかかかっていた覚えがある。最短で出来て一週間。つまり合わせて十日、こちらの世界にいたとして、むこうでは一体どれくらいの時間が経っているのか。
写真を撮ってはいさようなら、とはいかない。撮った写真を携えて行くのがお父さんたちとの約束だ。だから、日程についてはわたしが折れるべきだろう。それくらいしか、わたしが皆にできることはないんだから。
わたしは自室の窓を開けて外を見た。綺麗な満月が一つ。月を見るたびあそことは世界が違うことを思い知らされる。
募る焦燥感を飲み込んで、わたしはただただ空を見上げていた。
※ ※ ※ ※ ※
「凪沙、似合うじゃん!」
お母さんに振袖を着つけてもらっていると、お姉ちゃんが和室にやってきた。
「うーん、改めて見ると、今の季節振袖とか暑そうだよね。わたしのときは真冬だったから問題なかったけど」
お姉ちゃんには着付けの前に事情を話した。お姉ちゃんはアヤちゃんやお父さんたちみたいに泣いたりはしなかったけど、やっぱりすごく黙り込んでいた。
まぁ、黙った挙句の発言が、「異世界でイケメン捕まえるとか、あんたやるじゃん!」だったのにはコメントしづらいけれど。「流行ってるもんね、異世界トリップ」って、それは二次元のお話だと思うんだ……。
「着物は持ってかないの?」
「うん、こっちのものはできるだけ持ち込まないほうがいいかなって。皆の写真と、災害用の充電器くらい?」
多分わたしのスマホはまだカイが持っていてくれているはず。
むこうでは使わないけど、保存してある動画なんかが見たくなったときのことを考えて、手廻しの充電器は持って行くことにしたのだ。
「もうちょい持ってきなよ。もしすぐ会えなかったらどうすんの? むこうでも換金できそうなものと、食べ物、必要最低限のものは持ってくべきだと思うよ?」
「換金……でも、こっちのものってオーパーツになりそうで」
「たとえばさ、アクセサリーとかさ、あとは調味料に……あれは? 飾りのついた角砂糖なんか。売れそうじゃない?」
「売れるかなぁ?」
「だってさっきの話だと、中世ヨーロッパみたいな世界なんでしょ? 機械とかじゃなきゃイケるんじゃない? ダメなら自分で消費すればいいし」
わたしの着付けを見ながらお姉ちゃんは楽しそうに提案を続ける。
「あとは、昔ながらの香袋とか〜、金平糖なんかもいいよね。ビンはあるんでしょ? そしたらビン入りのヤツならおかしくないんじゃない? あとで桐くんに車出させるから色々買いに行こうよ!」
「いや、それはお義兄さんに悪いからいいよ」
「桐くんオタクだから大丈夫!」
お姉ちゃん、意味がわからないよ……。
「さあできた!」
お母さんが締め終わった帯をポンと叩いた。髪は襦袢を着たときにすでに結い上げているので、これで完成だ。うん、正直暑い。エアコンが入っている和室はいいけど、六月近いし、外は大変そうだなぁ。
お母さんたちとリビングに行くと、お父さんとお義兄さんがソファから立ち上がった。
「凪沙、綺麗だな」
「ありがとう、お父さん」
眩しそうに目を細めてお父さんは笑った。
「桐くん、こっちのものを中世ヨーロッパ的異世界で売るとしたら、なにがいいかなぁ?」
「マナ、いきなりなんなの」
「今風のものはダメだよね。布とかはどうだろう?」
「あのさ、仮に布を持ってくとしても、化繊はダメだよ。絹織物だとしたら、今でもそれなりのお値段だし、なにより重いよ?」
「それはダメだ〜」
お姉ちゃんはお義兄さんになにを相談してるの?
「お姉ちゃん!」
「凪沙、お姉ちゃんに任せて! わたしには桐くんというブレーンがついてるの!」
「だから、一体なんなのさ……」
事情を知らないお義兄さんは話についていけていない。話してもいいんだけど、異世界云々を信じてもらえる自信がなくて、お義兄さんには話してないんだ。
「まぁ、仮に異世界……に行くならさ」
お義兄さんは異世界という部分で顔を赤らめた。恥ずかしかったんだろうな、いい大人が異世界について真面目に語ることが。ごめんね、お義兄さん。
「持ってくとして、調味料は必須だよね。醤油とか味噌、お米、カレー粉。ここらへんは食べたくても手に入らなくてジレンマ、みたいな話はよくあるし。いざとなったら異国の調味料ですって少量を売ってもいいけど、まあこれは調理方法がわかってないと無理だから、まず売り物にはならないかな。あとは金? 異世界だから違う鉱石もありそうだけど、大概通貨は金貨銀貨銅貨だったりするから、換金できそうな感じはする。宝石も同様かな。場合によっては砂糖や塩、胡椒が高級品扱いって作品もあるよね。上白糖や雪塩とかなら売れるかも。あとね……」
恥ずかしそうにしたわりに、お義兄さんは饒舌だった。ズラズラと意見を上げていく。
「ね、桐くんオタクなブレーンでしょ?」
お義兄さんの演説に圧倒されていると、お姉ちゃんがニヤっと笑って耳打ちしてきた。
うん、お義兄さん無口でおとなしそうとか思っててごめん。
わたしたち姉妹が眺める中、お義兄さんの話は延々と続いたのだった。




