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9/11

長く緩やかな愛

明けましておめでとうございます♪本年もよろしくおねがいします。

 エリアルが女に見えないと気付いたのは十二歳のときだったという。ずっと、エリアルが好きでグレンリズム領に来ていると思っていたけれど、随分早い時期に……と私は驚いた。


「覚えているだろうか。あの年の雪祭りの日、子供達はその日の馬レースの優勝者であるクレイン様からプレゼントをもらって、もう寝るように言われたけれど、おれたちも少しの時間だけ大人の時間に混ぜてもらったのを」


 そうだったと思い出す。グレンリズム領では毎年雪祭りがあって、馬で競争をするのだった。クレイン兄様はもう既に大人だったからレースにでて、優勝をした。子供達は、その夜に伯爵様からのプレゼントを配っていた。私達は最後だったんだけど、その時のプレゼントが小さい子が着る余所行きのドレスだったのだ。私とエリアルは色違いのお揃いで、それを着て、村の大人達や身分など余り気にしない伯爵様の友人などで踊り明かしている舞踏会のようなものに出てもいいと言われた。


 エリアルは青いドレスで、私はピンクのドレスだった。フリルがとても可愛くて、嬉しくてたまらなかったのをよく覚えている。

 そして覚えたての輪舞を混ぜてもらっていた。

 まだ子供だったハール様も少しの時間だけだといって、同じように初めての舞踏会を嬉しそうに見ていた。


 エリアルは軽やかに踊るけれど、私はまだ慣れていないステップに戸惑って泣きそうになっていた。輪から連れ出してくれたのが、ハール様だった。


「リリスにはピンクが似合うね。エリアルの青はやっぱり汚れてもいいようにかな? 風の精霊のようだよね。あの年で大人を相手に踊れるなんて、凄いよ」


 輪から外れた後、飲み物を渡してくれて、二人で椅子に座っておしゃべりをした。



「あの時、あまりにリリスが可愛くて……おれはエリアルを馬鹿みたいに褒めていたんだ。覚えてる?」


 意味がわからない――。私が可愛いのにエリアルを褒めていたの?


 ただ、ハール様が赤い顔をして、一生懸命エリアルを褒め称えていたのを覚えている……。


「恥ずかしかったんだ。リリスが今までよりずっと可愛いから、リリスを褒めたら、そこからおれの気持ちが溢れていってしまいそうで、怖かった……」


 エリアルへの愛が溢れていると思っていました……。



「怖いと思って……考えた。おれは何がそんなに怖いんだろうかと」


 ハール様は、鼻の頭をかいて、照れていた。


「何が怖かったんですか?」


 急に神の前で懺悔するかのような顔つきで、私のほうを見て手をとった。


「リリスの事が好きだって言うのが怖かった――。結局おれはリリスが言ってくれるまで臆病なまま黙っていた。リリスは、エリアルのことが好きなおれだから安心していたよね? だれも彼もおれはエリアルが好きでグレンリズム領に来ていると思っていた」


 ハール様は、頭がいいからか私にはわからない言葉を話す事がある。


 ただ、私が両親の喧嘩を側で聞いていたので男の人が苦手だったのは、確かだ。

 クレイン兄様は、昔から兄様だから、別枠だったけれど従者や庭師や料理長などの屋敷で仕えてくれてくれているものたちでさえ、少し距離があったと思う。

 ただ、それは貴族の令嬢としてはさして問題もなく、グレンリズム領で会う男の子達もみなエリアルのことが好きだから、私は警戒しなくていいと思っていたのだと、今ならわかる。だから、ハール様が言うのも理解は出来た。



 けれど、私はエリアルの事が好きなハール様だから好きだったわけではない。



 エリアルに殴られても蹴られても大らかに笑っていられるハール様の度量の大きさに尊敬と敬愛を感じ、そのうちに男性として好きになっていることに気付いたのだ。



 この人なら、私の身も心も全て捧げても怖くない。むしろ、貰って欲しい……。



 私が自分の中の気持ちに気付いて、少し赤くなったのをハール様は不思議に思っているかもしれない。


「おれはリリスのことが好きでエリアルの所へ遊びに来ていることを知られてはいけないと思っていた。リリスが怖がると思っていたし。エリアルのことがなければ、貴女に会いにいく理由がないこともわかっていた……」


 正に四方塞がりだったと、ハール様は握っている私の手にそっと口付けた。


 でも気持ちは、正直なもので……とハール様は思い出すように、学園に通っていた時の話をした。


「さっきいたローランドはおれの同室だったんだ。六人くらいで寮監の目を盗んで酒を飲んでいたときにゲームで負けて、『好きな女の子の好きなところを言う』っていうのがあって、気がついたら『優しくて、可愛くて、可憐な人』だといってしまっていた」


 その視線から私のことを言ってるのだとわかって、私はうろたえた。


「エリアルも優しいし、可愛いし、可憐な人だわ」


 エリアルを褒めると、ハール様は、額の包帯を指さして、「優しい人はこんな事はしない」と言った。エリアルの優しさは女の子にしか発揮されないとハール様は呟いた。


「ローランドには、リリスのことが好きだといってたんだけど、どうも他からエリアルのことを聞いていたらしいローランドの姉上に『ハール様の恋人ってエリス様とおっしゃるの?』って聞かれたときには、飲んでいた紅茶を噴出したよ」


 と、カールの恋人の名前がエリスになっていたわけもわかった。


「違うといったんだけどね。あまり知らない人にリリスの名前も言えないからごまかしたんだけど……」


 口には出さないが、ハール様も『柊の園』の存在は知っていたようで、カールの恋人がエリスになっていたときには、困っただろうと思う。

 私は、カールの恋人の名前がアリエルとかじゃなくて、私の名前に似ていて嬉しかったのだけど。

 まぁ、カールはガートランドと結ばれるんだけどね……(照)。



 ハール様は、「おれは馬鹿だろう?」と自嘲気味におっしゃった。


 なんとも私は言えなかった。頭のいいハール様が、らしくなくなるのは私に絡んだときだけのようだったから、少し嬉しかった。


「リリスがエリアルのことを気にしてるなんて、思ってもみなかった。そうだよね、ずっとエリアルのことを想っていると思わせていたのはおれなんだもんね……」


「いいえ、ハール様はちゃんと言ってくれてたのに……」


 私は信頼している人を疑うような性格の悪い女なのだと思う。


「おれは、リリスを愛しているんだ。今日言った事を恥ずかしがらずにもっと早くに言うべきだった――。ごめんね、リリス。……泣かないで――」


 ギュッと抱きしめてくれたハール様に縋りつくように抱きしめらて、私は涙がハール様の上着の肩口に染み込んでいくのを感じた。そのまま、ハール様はずっと抱きしめてくれていた。


「この服、とても似合っている。ローランドはやっぱりセンスがいいんだな」


 私は何も言えないまま、コクンと頷いた。


「今度は、おれに服をプレゼントさせてくれる? それと……もう……ピンクダイヤは見るのも嫌かな?」


 ハール様は、私が嫌だといったら今までの苦労をものともせずに、ダイヤを諦めるのだろう。私のことを想って、彼が考えてくれたプレゼントを私が嫌な思いをしたというだけで拒否をしたくなかった。


「いいえ、きっと見る度に貴方が私に話してくれたことを思い出して、嬉しく思います」


 きっとハール様に失望してしまったことも思い出すだろう。けれど、それ以上に彼がずっと想っていてくれたというこの話と嬉しい気持ちはもっと大きい。


 私の心の葛藤もハール様はわかってくれたのだと思う。


「リリスが許してくれて、おれはもう街中を叫びながら走りたい気分だ」


「だめです。危ないです。傷もあるのに」


「傷は、打ち身と擦り傷だよ。包帯は大げさなんだよ」


 手を振ってみせて、「痛っ」と呻いたハール様が可愛く思えて、私は思わず笑った。


 もう一度、唇が降りてきて、私はそれを受け止めた。チュッっと音をさせて、頬にもキスをするハール様に「くすぐったい……」と言うと、背後から声が聞こえて驚愕した。


「あの……、そろそろ帰ってもよろしいですか……?」


 ヴィスタが、目を逸らしながら許可を求めてきた。


 すっかり忘れていたのだ――。気配を殺せる優秀な護衛というのはこういうものなのかと、私達は驚いた。ハール様もヴィスタの事を忘れていたようだった。


 二人で瞬間立ち上がって、今までのことが恥ずかしく思えて、私は一歩横によけた。

 ハール様は、それに気付いて一歩私のほうへ詰めた。そうだ、この距離感が私達のこれからの姿なのだと、改めてハール様を見つめると嬉しそうに微笑まれた。


「ヴィスタ、今日は本当にありがとう。エリアルに明日会いに行きますと伝えてくれますか?」


「ええ。勿論です。お待ちしております」


 ヴィスタは、優雅に騎士の礼をして、エリアルの屋敷に帰っていった。


「リリス、エリアルによろしく言っといてくれ。そういえば、エリアルだけが『好きな人を大事にしないと後悔するわよ』って昔から言ってたな。リリスのことを好きだとか言ってないのにあいつだけが気付いていた。あれは野生の勘かな?」


 ハール様は、エリアルに失礼なことを言った。本当にエリアルのことを女と思っていないのだと、曇っていた目から零れ落ちるように私はそのことに気付いた。


 エリアルに報告が楽しみだと、帰っていくハール様を見送って、私は長い一日を想うのだった。


やっとここまで・・・。次かその次で終わる予定です。

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